【ラブライブ!】希「合点承知之助」
- 2020.03.26
- SS

希 「うん、何かな?」
絵里 「そこにあるソース、取ってくれる?」
希 「合点承知之助」
絵里 「ガッテン・ショーチノスケ?」
希 「そうだよ。
ウチは、絵里ちを守るヒーロー、合点承知之助なのだよ」
絵里 「合点承知之助は、どんな人なの?」
希 「絵里ちのお願いを、何でも叶えてくれる人だよ」
絵里 「ハラショー」
優しい彼女は、一人暮らしの私が寂しがっていないかと、気を遣ってくれているのかもしれない。
夕食のあとにすることは、いつも決まっている。
絵里 「ねえ希、今日も本を読んで聞かせてくれる?」
希 「絵里ちのお願い、合点承知之助やで。
さあさあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。
東條希の、食後の読み聞かせタイムの、始まりでござい」
希 「さて、今宵のお話の舞台は、19世紀、ヴィクトリア朝の栄華を誇る大英帝国。
そこで花ひらいた悲しくも美しき恋愛譚は、こんなふうに始まるのです。
……うしろからそれを見るひとの目には、
かの女の栗色の髪は、すてきで謎めいたものに映りました。
黒い羽の束を戴いた毛皮の帽子の下で、かの女の髪の房は、
灯心草のように編みこまれ、縒りあわされ、巻きつけられ、
じつに独創的な作品になっていたのです」
絵里 「ハラショー!
その女の人は、誰にその髪型をつくってもらったの?」
希 「こともあろうに、かの女はその髪型を、ひとりでつくっていたのです」
絵里 「ハラショー!
ひとりで凝った髪型をつくるのって、大変なのよね。
そんな優れた女性が出てくるんだから、きっと素晴らしいお話にちがいないわ。
ところで、このお話の題名は何?」
希 「The Son’s Veto」
絵里 「ザ・ソース微糖?」
絵里 「私が思うに、甘さひかえめのソースの話ね。
アジフライには、たしかにそんなソースが合うわよね。
ああ、どんなステキなアジフライが出てくる話なのか、今からエリチカ、わくわくしちゃう」
希 「せやね。アジフライには、醬油もいいけど、ソースも合うよね。
でも絵里ち、ウチが言うたんは、The Son’s Veto。
直訳すると、『息子の拒否』という、ちょっと味気ない訳になるね」
絵里 「じゃあ訳者さんは、どんなふうに訳したの?」
希 「許されぬ願い」
でもそうすると、この話は、許されぬ願いを描いた話なのね。
ねえ希、その女の人は、どんな願いをもっていたの?」
希 「ふふふ、絵里ち、それを一言でまとめたら、お話をする意味がないやろ。
それにな、ウチが思うに、このお話で重要なのは、許されぬ願いの内容ではないのかも」
絵里 「内容ではないよう、というわけね。
じゃあ、何が重要なのかしら?」
希 「許されぬ願いを抱いた女の人が、どんな思いで髪を編むのか、ということかな」
そこまで言ったあとで、私は所在なく自分の髪をさわって、窓の外に目をそらした。
希 「あ、絵里ち、もう日が沈みそうやん。
秋の日はつるべ落とし、とは、よく言ったものやね。
暗くなるといけないから、お話のつづきは、またこんどにしよか」
ごちそうさま、希。
今日の筑前煮も、とってもおいしかった」
希 「うん。来てくれてありがとう。
今度は、どんなおかずがいい?」
絵里 「アジフライ!」
希 「うふふ、今日のお話の影響やな。
絵里ちのリクエスト、合点承知之助やで」
絵里 「わーい、ありがとう!
さすが私のヒーロー、合点承知之助さまだわ!」
希 「次に絵里ちが来てくれるときまでに、
がんばってアジフライの練習しとくからね。
ほなまた明日、学校でね」
絵里 「うん、ダスヴィダーニャ!」
お風呂に入って、髪を乾かしたあとで、夜用の髪型をつくろうとして、私はふと手を止めた。
さっき読んだ話が、ずっと心に引っかかったままだからだ。
どうにも気もちが落ちつかないので、にこっちに電話をかけることにした。
オレオレ、マッキー」
にこ 「あー希、どうしたの?」
希 「何でバレたん?」
にこ 「何でバレないと思ったん?」
希 「今日の晩ごはん、何?」
にこ 「カレー。そっちは?」
希 「筑前煮。
晩ごはん、また家にぜひ食べに来てな。
遠慮せんと、また妹さんと弟さんも連れてきて、みんなで食べよ」
にこ 「ありがとね。
そう言ってもらえるのは嬉しいけど、
そう頻繁に大人数で押しかけるわけにはいかないでしょ。
かわいくてそれなりにかしこいエリーチカは、今日はもう帰ったの?」
それで、今日ウチが絵里ちに話したことが、自分でもよーわからんから、
にこっちに相談したいと思って」
にこ 「オホホ。いいわよ。
宇宙ナンバーワンアイドルのこの私には、何でも分かるんだから。
それで今日は、何について聞きたいの?」
希 「ザ・ソース微糖」
にこ 「……ごめん、分からないわ。
ワタクシめにも分かるように、訳してくださるかしら」
希 「許されぬ願い」
にこ 「ずいぶん思いきった訳ね。
でも、それが一体どうしたの?」
希 「この言葉を口にして、ふしぎに思ったの。
願いごとのなかには、許されるものと、許されないものがあるの?」
いろんなお願いの例を挙げて、考えてみたら?」
希 「なるほど、そやね。
えーと……たとえば、ウチが小さい頃からもってた望みは、叶いそうだよ。
叶わないと思ってたのに、にこっち達と出会えたおかげで、ちゃんと叶いはじめたの」
にこ 「どんな望みが叶いはじめたの?」
希 「えへへ。それはナイショやで」
にこ 「ふふふ。あんたらしいわね。
ちなみに、その望みは、どんなふうに叶ってるの?」
希 「μ’sのみんなと出会って、いっしょに一つのことをしてるうちに、いつのまにか叶いかけてる。
今にして思えば、ずっと前から、少しずつ、少しずつ、叶いはじめてたんやね」
にこ 「ずっと前からって、いつから?」
希 「階段の踊り場で、初めて絵里ちに声をかけたときから、かな」
その日からずっと、あんたは絵里にゾッコンというわけね」
希 「いやー、にこっち、何言うてんの。
ゾッコンという言葉は、恋人どうしの間で使うんだよ」
にこ 「でもあんた、絵里とずっと一緒にいたいんでしょ」
希 「……」
にこ 「絵里も、同じこと思ってるんじゃないの?」
希 「……」
にこ 「お互いにそういうことを願う人のこと、何て言うか分かる?
恋人って言うのよ」
希 「でも、そんな願いは……」
にこ 「大丈夫。その新しい願いも、ちゃんと叶うわよ」
ずっと一緒にいることなんて、物理的に無理だよ」
にこ 「ふふふ、やっぱりあんた、自分のことになると急に気弱になるのね。
物理的に無理だなんて、超常現象研究会長のあんたらしくもない。
物理的に離ればなれになっても、テレパシーがあるでしょ」
希 「いや、テレパシーて、それは……」
にこ 「スピリチュアルやろ。
大丈夫よ、心配しなくても。
あなたの持ってる願いの中に、許されない願いなんて、一つもないから。
小さいころからの願いごとも、
最近になって芽生えた新しい願いごとも、
ぜーんぶ、叶うから」
希 「……にこっち、ありがとね」
テレパシーって、あるのかな?
テレパシーがあれば、私の新しいお願いも、許されるのかな?
希 「ねえねえ、海未えもん」
海未 「どうしたんですか、希。
言っておきますが、私は四次元ポケット持ってませんからね。
ひみつ道具も、出せませんからね」
希 「でも、何もないとこから、ラブアローを出してシュートできるやん」
海未 「わああ!」
希 「おっと海未ちゃん、恥ずかしくても、可愛い自分を受け入れなきゃ。
大丈夫。海未ちゃんは、ラブアロー・キュートだよ。
そんなキュートな海未えもんに、ウチの分からんことを教えてほしいなあ」
そうしないと凛が……」
凛 「海未えもーん、たすけてよー」
海未 「やっぱり感化されちゃったじゃないですか!
……どうしたんですか、凛」
凛 「真姫ちゃんにチョップされた」
希 「どうして?」
凛 「宿題の答えを丸写しさせてって、凛が頼んだら……」
希 「真姫ちゃんが正しいね」
凛 「そんなわけで海未えもん、考えなくても宿題の答えが分かる道具を出してよー」
海未 「こら凛、そんな不真面目なこと言ってると……」
凛 「お? 打つのかにゃ?
ラブアロー・おしおきシュートが炸裂するのかにゃ?」
海未 「のわあああ!」
希 「まあまあ海未ちゃん、落ち着いて。
それに凛ちゃん、海未えもんに頼る前に、自分で考えなあかんよ。
ウチは、昨日がんばって考えたんやけど、どうしても分からないことがあるの」
希 「テレパシーのこと。
ねえ、テレパシーって、ホントにあるの?」
凛 「希ちゃんらしくないことを言うんだね。
ふだんなら、真っ先に『ある』って言いきりそうなのに」
希 「うふふ。せやね。ウチらしくないよね。
でも何か、よく分かんなくなってきちゃって」
凛 「そもそも、『てれぱしー』って何?」
海未 「離れたところにいる人の心の中が分かることです」
それって、近くにいても、よく分からないじゃない」
希 「でも、近くにいれば、いっしょにお喋りできるでしょ。
遠くにいたら、そういうことすらできなくなっちゃう」
凛 「凛、わかった!
そしたら、テレビ電話したらいいんだよ!
そしたら近くにいるのと同じように、お喋りできるよ」
海未 「でも凛、それは、『てれびじょん』とか『てれほん』とかの道具を使ってるわけですよね。
『てれぱしー』では、そういう道具すら使わないんです」
凛 「なるほど、わかったよ!
つまり、『てれびじょん』も『てれほん』も使わずに、
離れている人の心の中にあるものを知ることができたら、
『てれぱしー』が成功したと言えるわけだね!」
希 「そうやね。
さすが凛ちゃん、飲み込みが早いね。
海未ちゃんと凛ちゃんは、そういうこと、できると思う?」
凛 「凛、知ってるよ。
昔のひとは、『てれぱしー』が使えたってこと」
希 「え、そうなん?」
凛 「うん。かよちんが教えてくれたもん。
昔の人は、たましーを飛ばすことができたって。
ゲンジモノガタリにも、そのことが書いてあるって」
海未 「いわゆる生霊ですね」
希 「誰かの生霊が、光源氏と一夜をともにした夕顔に嫉妬して、彼女に取り憑く。
そんな話やったかな。
言われてみれば、それも一種のテレパシーかもしれないね」
自分のたましーをポンポン飛ばして思いを伝えられるなんて、便利な時代だにゃー」
希 「飛ばした思いの内実は、嫉妬心やけどね」
凛 「きっと練習すれば、もっと楽しい気もちも伝えられるようになるよ!
『ねーかよちん、このごはん、とってもおいしいよ!』とか、
『ああ凛ちゃん、このごはん、すっごくおいしいよ!』とか」
希 「ふふふ。
離れていても白米があれば通じ合える、というわけやね」
凛 「凛、知ってるよ。
お米を食べれば、いつでも、お米を食べているかよちんの気もちが分かるってこと」
でもその場合は、お米をきっかけにして、
離れたところにいる相手の心を知るわけですよね。
たしかにテレビジョンもテレホンも使ってませんけど、
その場合は、テレパシーが成立したと言えるんでしょうか?」
凛 「うーん、言われてみれば、ちょっと違うかもしれないね。
お米というきっかけに頼っているという点では、
テレパシーではなくて、テレ・コメニケーションと呼ぶべきかもしれないにゃ」
生霊の主と夕顔のあいだに起こったのも、テレパシーではなくて、
テレ・コメニケーションに近いものだったのかもしれませんね」
凛 「夕顔さん、お米食べたの?」
海未 「お米じゃないかもしれませんけど……
何かが、相手の心を知るきっかけになったのかもしれません。
それがきっかけで、夕顔さんは、その人の源氏への想いに押しつぶされたのかもしれません。
そう考えると、生霊なんて飛ばさなくても、
離れたところにいる人の心の中は、何かをきっかけにして仄めかされるのかもしれません」
穂乃果ちゃんを、おめかしさせることかにゃ?」
海未 「そうです。
ことりが穂乃果に大喜びで色んな服を着せることを、古来よりホノめかすと言うのです」
希 「それを見た海未ちゃんは、どうなるの?」
海未 「穂乃果の練習着のようになります」
凛 「そのこころは?」
海未 「すっかり穂乃果に『ほの字』です」
希 「おあとがよろしいようで」
そうじゃなくて、ほのめかすっていうのは……」
希 「何かをきっかけにして、相手に自分の思いを、それとなく伝えることやね」
凛 「きっかけになるものは、何でもいいの?」
希 「せやね。もちろん、お米でもええんよ。
テレ・コメニケーションによる仄めかしもアリということやね」
凛 「ほかには、何があるかにゃ?」
希 「髪型とか、お化粧とか」
海未 「女性らしい仄めかし方ですね。
ほかには、何があるでしょうか?」
希 「うーん、アジフライとかもアリかな?」
お米と一緒に食べるとおいしいよね。
うー、凛、食べ物の話してたら、何だかおなかすいてきちゃった」
希 「えへへ、そやね。
海未ちゃん、凛ちゃん、相談に乗ってくれて、ありがとうな。
ふたりと話したおかげで、テレパシーと仄めかしの違いが分かったよ」
海未 「テレパシーとの対比で言ったら、
仄めかしは、さしずめ……」
凛 「ホノメカシー!」
ふたりとも、ウチの相談に乗ってくれて、ありがとね。
さて、午後からの練習に備えて、お弁当食べよか。
お礼と言っては何やけど、ウチのお弁当のおかず、分けてあげるよ」
凛 「やったー!
今日のおかずは何?」
希 「アジフライだよ」
凛・海未「わーい!」
テレパシーがあるかどうかは、よく分からない。
でも、ホノメカシーがあることは、よく分かった。
お米やアジフライをきっかけにすれば、私たちはいつでも、ホノメカシーができるのだ。
実際にアジフライ・テレコメニケーションによるホノメカシーを私が実行するのは、それから数日後のことになる。
絵里 「希と一緒に夕ごはん作るの、楽しいなあ」
希 「うふふ。ウチも楽しいよ。
ありがとうな、絵里ち。
こうやってウチのこと心配して、夕ごはん食べに来てくれて」
絵里 「礼を言うには及ばねえ、及ばずの不忍池よ、お嬢さん。
私は、希と夕ごはんを食べるのが好きだから、ここに来てるのよ。
ところで希、今日のクッキングのメニューは、まさか……」
希 「そのまさかの、マサカリかついだ金太郎よ、お嬢さん。
絵里ちのお願いは、ちゃんと合点承知之助したからね。
先日のリクエストにお応えして、今日のメニューは、アジフライなのだ!」
絵里 「ハラショー!」
万が一のことがあったら、大変やからね」
絵里 「わかった。エリチカ気をつける。
お、ハラショー!
希、見て見て! このアジの開き、ハートの形してるわ」
希 「あ、ホントだ。
こいつぁ今日の大当たり、当たり前田のクラッカーやね」
調理を終えたあと、絵里ちと私は、ふたりで食卓を囲んだ。
私たちは、キャピキャピしながら、ふたりでアジフライをおいしく頂いた。
希 「なあ、絵里ち」
絵里 「ウム?
(訳:どうしたの希?
ちょっと待ってね、千切りキャベツを飲み込むまで話せないわ)」
希 「あ、それもそやね。ごめんね。
でも、思わず絵里ちとお話ししたくなっちゃって」
絵里 「ウム
(訳:何で私の言いたいことが分かるの、希?
テレパシーの使い手なの?
分かったわ。そのまま続けて)」
ほんとに、よかったなあ」
絵里 「ウム?
(訳:何がよかったの?)」
希 「一年生のとき、階段の踊り場で、絵里ちに話しかけることができて。
あれからずーっと、楽しかったなあ」
絵里 「ウム
(訳:うふふ。私も、よかったと思ってるわ。
でも、なにを突然しんみりしたことを言い出すのよ。
大丈夫よ、希。これからもずーっと、楽しいわよ)」
ねえ絵里ち、私ね、小さい頃からずっと、ささやかな望みをもってたの」
絵里 「ウム?
(訳:それは、どんな望みなの?)」
希 「えへへ。それはナイショやで。
でも安心して。その望みは、ちゃんと叶いかけてるから。
絵里ちに初めて話しかけたあの日から、μ’sのみんなと一緒になれた今までのあいだに、
少しずつ、少しずつ、叶ってきてるから」
絵里 「ウム
(訳:それはよかった。
じゃあ、そろそろ満願成就かしら?)」
希 「うん。みんなのおかげで、もうすぐきっと、満願成就のマンガン電池だよ」
絵里 「ウム
(訳:それは、めでたくもあるかのアルカリ電池ね)」
絵里 「フム」
希 「なあ絵里ち、こんなにポンポンとお願いが出てくるなんて、
ウチは、ワガママなやつだね」
すると絵里ちが、キャベツを飲み込んで、こう言った。
絵里 「何を言ってるのよ、希。
あなたは、断じてワガママなんかじゃないわ。
あなたは、何でもお願いしていいのよ」
絵里 「当たり前田のクラッカーよ、お嬢さん。
私を誰だと思ってるの?」
希 「絵里ちは、誰なの?」
絵里 「希のお願いを何でも叶えてくれるヒーロー。
その名も、合点承知之助よ」
希 「ハラショー」
合点承知之助させてほしいな」
希 「ホントに?」
絵里 「あたりき、しゃりきの、絢瀬絵里よ」
希 「ありがとう。私の合点承知之助さま。
でもごめんね。
やっぱり、新しいお願いは、言えないや」
絵里 「希……」
ほら、この大当たりも、まだ残ってるやん」
絵里 「うふふ、でもこれ、あんまりきれいなハート形だから、
何だかもったいなくて食べづらいわね。
それにもう、お腹いっぱいよ。ごちそうさま」
希 「そっかー。
じゃあ、残りのアジフライは、ふたりで山分けといこか。
明日は休みやし、お昼ごはんとかに食べてくれる?」
絵里 「ええ、ありがとう。
そうしましょう」
そこで私は、残ったアジフライの半分をタッパーに入れて、絵里ちに渡した。
彼女は、このときの私のホノメカシーに、気づいていただろうか。
私は、大当たりのハート形のアジフライを、彼女のタッパーに忍ばせたのだ。
忍ばせの不忍池なのだ。
私は、自分の新しいお願いが、彼女を困らせてしまうことが、怖かったのだ。
はっきり言えるわけないじゃないか。
ずっと一緒にいたいだなんて。
だから私は、伝わるか伝わらないかが曖昧なホノメカシーに頼ったのだ。
ああ、私はやっぱり、引っ込み思案な東條希のままなんだな。
エセ関西弁の仮面をつければ何でも言える気がしたんだけど、それでも言えないことって、あるんだな。
お話はもちろん、ザ・ソース微糖……じゃなかった、The Son’s Vetoの続き。
毎晩、栗色の髪を時間をかけて編み込む女の人の話。
絵里 「ねえ希、この女の人は、どうして毎晩時間をかけて、きれいな髪を編んだのかな?」
希 「それが、寂しい生活を送る彼女の、ささやかな自己主張だったの」
絵里 「ジコシュチョー?」
希 「せやね。
長くて豊かな髪を、美しく飾ることで、何かを伝えようとしてたのよ」
希 「いろんな理由があるやろね。
ヴィクトリア朝の英国の淑女には、それなりの理由がある。
平成生まれの日本の女子高生にも、それなりの理由がある」
絵里 「うーん、でも、言葉にすれば、時間をかけて髪を編み込むよりも、
カンタンに済むんじゃないかしら」
絵里 「何が消えるの?」
希 「お花」
絵里 「お花は、言葉にできないの?」
希 「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」
絵里 「どういうこと?」
希 「硝子の花園に咲いている花は、
言葉にすると、消えてしまうっていうこと」
絵里 「……」
そんな彼女が、ある日出会ったのは……」
この日、絵里ちと私は「ザ・ソース微糖」を最後まで読み終えた。
すでに述べたとおり、邦題は「許されぬ願い」。
お話の中の女の人に許されなかったのは、身分が違う相手との結婚。
希 「絵里ちはホンマに、恋愛物語に弱いね」
絵里 「だってこんなのってないわよ、グスン」
希 「だいじょーぶや、絵里ち。
これは昔のお話だからね。
幸いにして、ここ現代に生きる私たちには、こんな悲劇は起こらないよ」
絵里 「じゃあ、現代のレディーのお願いは何でも許されるのね」
希 「さー、どうかなあ。
どんなお願いをするのかにもよるだろうね」
このお話で重要なのは、許されぬ願いの内容じゃない。
重要なのは、許されぬ願いをもっている女の人が、
どんな思いで髪を編むかということだって」
希 「うん。たしかにウチは、そう言ったね」
絵里 「お話の中の女の人は、どんな思いで髪を編んでいたのかな?」
希 「まだウチには、よく分からないな」
絵里 「いつか私たちにも、分かる日がくるのかな?」
希 「せやね。
レディーになる日が来たら、分かるかもね。
……あ、もうこんな時間か。
遅くまで付き合ってもらってごめんな。
さ、暗くならないうちに帰ろうか、お嬢さん」
希 「おみやげのアジフライ、絢瀬家のみなさんと食べてね。
ふたりで心を込めて作ったんやから、
きっと明日になっても、おいしく頂けると思うよ」
絵里 「ウム」
希 「エリーチカ、ダスヴィダーニャ」
絵里 「のんちゃん、ほなまた」
絵里 「のぞみん、おはようさん」
希 「えりちん、ドーブラェ・ウートラ」
絵里 「おみやげのアジフライ、すごくおいしかったわよ。
うちの家族にも、大好評だったわ。
ごちそうさま」
希 「それはよかった」
絵里 「そういえば、大当たりのハート鯵は、私のタッパーに入ってたわよ。
もちろん私が、むしゃむしゃ頂いたわ」
私の心臓が早鐘を打った。
私は、内心を隠しつつ、いつも通りの口調で言った。
希 「ちゃんと味わって食べてくれたかな。
あんなおもしろアジフライが私たちの手に入ることは、
もう金輪際ないかもしれないからね」
絵里 「ええ、ゆっくり味わったわよ。
それに、心配には及ばないわ。
これからだって、手に入れる機会は、いくらでもあるわよ」
希 「どうして?」
絵里 「私は、あなたと、ずっと一緒にいるからね」
でも、この言葉は、言外にどんな意味を仄めかしているのだろう。
そのことについて、私は彼女に訊くことができなかった。
訊いたら、言外のホノメカシーが失われてしまう気がしたのだ。
彼女も、これ以上は、何も言わなかった。
アジフライをぺろりと食べたあと、私たちは何食わぬ顔で日常に戻った。
秘すればアジフライなり、秘せずばアジフライなるべからず。
——
※ つづきます。
追いついた支援
——
【その日の夜、希の部屋】
先日の件の報告もかねて、私は、にこにーのお悩み相談室にまた電話をかけた。
希 「もしもし、こんばんは、にこちゃん。
オレオレ、花陽」
にこ 「あー希、どうしたの?」
希 「いやー、さすが、にこっち。
だまされないね」
にこ 「え、だます気あったの?」
相談に乗ってくれて」
にこ 「なに水くさいこと言ってんのよ。
このウルトラにこにーに、ドンとお任せよ」
希 「この前の電話で話した、テレパシーの件やけどね。
あれからウチ、リリーホワイトのみんなで考えたの」
にこ 「それで、何か分かったのね」
希 「うん、そうなの。
ウチは、テレパシーの存在はもちろん否定しないよ。
でもウチみたいな凡人には、テレパシーを使うのは無理やね」
希 「テレパシーの代わりに、ホノメカシーを使うつもり」
にこ 「え? ホノメカシーって一体何よ?
……いや、分かったわ。
仄めかし、か。
花も恥じらう白百合組が考えそうな、清純なギャグだわ」
希 「えへへ、清純だなんて、そんな。
私たち白百合組は、ポンコツのビビ組には敵いませんて。
少なくとも、ギャグに関しては」
にこ 「ポンコツ? まー否定はしないけど……
褒めてんのか馬鹿にしてんのかハッキリしなさいよ」
ポンコツというのは、天才と馬鹿をチャンポンすることによって、
天才をも超越した人のことやからね。
つまり、天才バカボンやね。
ア、ソーレ!
西から昇ったお日さまがぁー」
にこ 「東へ沈むぅー」
希 「これでーいいのだぁー」
にこ 「ア、これでーいいのだぁー」
希 「よっ! 天才にこちゃん!」
にこ 「えへへ」
にこ 「何かしら、東條バカボン」
希 「ウチのホノメカシーは、
ちゃんと絢瀬バカボンに伝わったのかな?」
にこ 「あんた、いったい何をしたの?」
希 「アジフライをタッパーに入れて、
絢瀬バカボンに、おみやげとして持たせた」
にこ 「絢瀬バカボンは、それからどうしたの?」
希 「大当たりのアジフライをぺろりと平らげて、
『ずっと一緒にいる』って言ってくれた」
にこ 「えーと、ちょっとよく分からないところもあるけど……
ステキなことじゃない。
そんなら、ずっと一緒にいなさいよね。あいつの言葉どおり」
にこ (真姫の口真似)
「言葉どおりの意味よぉー」
希 「よっ、待ってました、天才マッキー!
せやけどマッキー、言葉どおりの意味でとったら、大変なことにならへん?
コアラの親子みたいに四六時中おんぶしたり、
カンガルーの親子みたいに朝から晩までだっこしたりするのは、ちょっと無理があるよ」
にこ (真姫の口真似)
「何それ、意味わかんない」
希 「いや真姫ちゃん、意味は分かってくれるやろ?
絵里ちとウチは、いつかは、離ればなれになるんだよ。
いや、『いつか』なんて曖昧な日付じゃない。
近いうちに……たぶん、三月が過ぎたら」
にこ (真姫の口真似)
「心配しなくても大丈夫よ、希。
それじゃあ、私はこれで失礼するわね」
まだ訊きたいことがあったんやけどな……
なあ、まだ電話口に、誰かいませんか?」
にこ (希の口真似)
「もしもし、こんばんは、のぞみん。
オレオレ、東條希」
希 「おー、東條希だ!
あれ、でもおかしいな。希はウチやんか。
そしたら、あんただれやねん!」
にこ (希の口真似)
「ウチは、あんたやで。
いつもなら、こういうことを皆に教えるのは、あんたの役目やろ。
だからウチが、口下手な天才マッキーの言おうとしていたことを、敷衍してあげる」
希 「お願いします。
でも希さん、あんたも大概、口下手ですけどね」
「ひとことで言うと、こうやね。
離ればなれでいても、一緒にいることはできるんよ」
希 「せやから、それは、言葉通りの意味でとったら……」
にこ (希の口真似)
「ふふふ、大丈夫やで。
『離ればなれでいる』ことと、『一緒にいる』ことは、
言葉どおりの意味でとっても、まったく矛盾してないのよ。
だから、あんたの……ウチの新しい願いも、きっと叶うよ」
寝る前は、いつもここで、髪を編むことにしている。
私は、鏡に向かって、さっきの電話での話の続きをすることにした。
鏡の中には、エセ関西弁の仮面を外した私がいる。
希 「もしもし、希? ウチやけど」
希 「はい、私だよ。どうしたの、希?」
絵里ちは、ほんとに、ウチの新しい願いを叶えてくれるのかな?」
希 「絵里ちゃんと、ずっと一緒にいたいの?」
希 「うん。
もちろんウチは、μ’sのみんなが大好きだよ。
できることなら、μ’sのみんなと、ずっと一緒にいたいよ。
でも、いつかは離ればなれになるってことは、分かってるんよ。
みんなで一つのことを成し遂げたら、
そのあとは、それぞれの道に進まないといけないもんね。
でも……」
希 「でも、絵里ちゃんと『ずっと一緒にいたい』っていう気もちは、
どうしても我慢することができないんだね。
なぜ我慢できないのかな?」
希 「階段の踊り場で絵里ちに初めて会ったときから、思ってることがあるの。
つまり……」
希 「あ、それ以上は、言わなくても分かるよ。
だって私は、ウチだからね。
それに、言葉にすると、消えちゃうものもあるからね」
希 「何が消えちゃうんやろ?」
希 「お花とアジフライ」
ザ・ソース微糖……じゃなかった、許されぬ願いなら、言葉にする必要はないから。
私は、私の愛する合点承知之助さまに、合点承知できない願いを押しつけて、困らせたくないから。
でも私は、その願いを、彼女に仄めかしてしまった。
私は、ずるいやつだな。
希 「ねえ、海未えもん」
海未 「どうしたんですか、希」
希 「ウチは、ずるいやつなんだよ」
海未 「何かあったんですか?」
希 「ウチ、ある人に、言わずにおこうと思っていた願いがあるの。
でも、どうしても我慢できなくて、それを仄めかしちゃった」
海未 「その人は、どんなふうにそれに応えたんですか?」
希 「ホノメカシーしたウチの願いを、叶えてくれるって言った」
ホントにその人が、希の願いを叶えてくれるって思うんですか?」
希 「わからない。
でも、辛いの」
海未 「どうして辛いんですか?
その人が、約束を破るかもしれないからですか?」
希 「ううん、そういうわけではないよ。
約束を破られることが辛いんじゃなくて、
約束を破らせることになるのが、辛いの」
海未 「約束を破らせる?」
希 「ウチが無理な約束を仄めかしたせいで、
その人は、その約束を引き受けてしまったかもしれない。
その人に守れない約束を押し付けて、それを破らせるのは、ウチの仕業なの。
やっぱりウチは、ずるいやつだね」
希 「あくまで、シラをきるつもり。
ウチはなーんも、口には出してないからね。
だからその人が、私との約束を守れないと言って謝ってきたとしても、
ウチは、こう言ってあげるんだ。
『謝る必要なんかないよ。
ウチは最初から、そんな約束してないからね』って」
海未 「希、でも、それは……」
凛 「のぞえもん、海未えもん、たすけて!
凛、かよちんを困らせちゃった!」
希 「凛ちゃん、落ち着いて。
何があったの?」
凛 「かよちんは最近、お味噌汁に凝っていて、
毎日水筒にお味噌汁を入れて持ってくるの。
ちなみに今日は、舞茸のお味噌汁」
希 「うふふ。
花陽ちゃん、可愛らしいなあ」
どうしてか分かる?」
海未 「花陽のしてくれそうなことは、分かる気がしますよ。
お味噌汁を、みんなに分けてあげるためですね」
凛 「海未えもん、さすがご名答だにゃ。
心優しいかよちんは、真姫ちゃんや凛や、クラスのみんなに、
お味噌汁を分けてくれるの。
それがもう、すっごいおいしくて……」
希 「それで凛ちゃんは、
花陽ちゃんのお味噌汁が、大好きというわけやね」
凛 「うん、そうなの。
だから凛は、かよちんに、こう言ったんだ。
『凛、毎日かよちんの作ったお味噌汁が飲みたいにゃー』って」
海未 「あ、それは……」
『あわわ』って言って、教室から飛び出しちゃった。
だから凛は、ふしぎに思って、真姫ちゃんにわけを訊いたの。
そしたら真姫ちゃんは、こう言ったんだ。
『凛、その言葉は、大人の世界では、結婚のプロポーズを仄めかしてるのよ』って」
希 「言外の仄めかし、というやつやね。
言葉というのは、なかなか難しいものやね」
凛 「そりゃもちろん、凛はかよちんのことが大好きだけど……
でも、かよちんには、すてきな旦那さんと結婚して、幸せになってほしいの。
だから、プロポーズしてかよちんを困らせるつもりはなくて……」
凛 「のぞえもんと海未えもんに、タイムマシンを貸してほしいな。
そして数分前に戻って、あのときのホノメカシーを、無かったことにするつもり」
海未 「凛、そうは言っても、のぞえもんも海未えもんも、そんな便利な道具は持ってませんよ。
いったん仄めかしてしまったものは、もう、無かったことにはできないんです」
凛 「じゃあ、どうすればいいの?」
希 「大丈夫だよ、凛ちゃん。
曖昧な仄めかしで、相手に大きすぎる約束を押しつけてしまったと思ったら、
ほんとに約束したいことを、もう一度、言葉でしっかり伝えればいいんだよ」
凛 「わー、さすが、のぞえもん!
じゃあ凛、かよちんと話をしてくるね。
海未ちゃん、希ちゃん、ありがとう!」
そう言って凛ちゃんは、元気よく部室を飛び出していった。
海未 「さすがですね、のぞえもん」
希 「そうかな?」
海未 「いつも希は、私たちに、的確な助言をしてくれますね。
それなのに、自分のことになると、てんで頭が回らないんですね」
希 「どういうこと?」
海未ちゃんは、さっき私が言ったことを、そっくりそのまま私に言い返した。
海未 「曖昧な仄めかしで、相手に大きすぎる約束を押しつけてしまったと思ったら、
ほんとに約束したいことを、もう一度、言葉でしっかり伝えればいいんですよ」
希 「……」
海未 「私の尊敬する先輩が、そう言ってましたよ」
海未ちゃんと凛ちゃんは、私が考えるべき問題が何か、教えてくれた。
私が絵里ちに、ほんとに約束したいことは、何だろう?
でも、その問題の答えは、まだ分からない。
ずっと一緒にいること、だろうか。
でも、ずっと一緒にいるって、どういう意味だろう?
希 「もしもし、こんばんは、にこちゃん。
オレオレ、ことり」
にこ 「希、どうしたの?」
希 「にこちゃんも、ことりのおやつに……
あれ、何でバレたん?」
にこ (ことりの声真似)
「希ちゃーん、
本物のことりは、こっちだよー」
希 「あ、ことりちゃん、こんばんは。
今日はにこっち……じゃなかった、ことりちゃんに、
ちょっと訊きたいことがあって」
にこ (ことりの声真似)
「うん。ことりでよければ、何でも聞くよ」
それならさっそく訊くけど……
ずっと一緒にいるって、どういう意味?」
にこ (ことりの声真似)
「言葉どおりの意味だよ」
希 「うーん、真姫ちゃんもそう言ってたんやけど……
ウチはアホやから、その言葉どおりの意味が、よくわからないの」
にこ (ことりの声真似)
「『ずっと一緒にいる』っていう言葉には、いろんな意味があるよ。
その中から、希ちゃんが好きなのを選んだらいいんじゃないかな?」
希 「え? そんな自由でいいの?」
にこ (ことりの声真似)
「うん。マカロンの色みたいに、ヨリドリミドリだよ。
どんな意味がいい?」
にこ (ことりの声真似)
「ごめんね、希ちゃん。
それは、私には答えられないな」
希 「どうして?」
にこ (ことりの声真似)
「約束をするふたりにとって丁度いいサイズの意味を選べばいいんだよ。
その丁度いいサイズがどれくらいかは、約束をするひと同士にしか、わからないんだよ。
そんなわけで、ことりはこれで失礼するね」
電話口に、まだ誰かいませんか?」
にこ 「にっこにっこにー!
あなたのハートに、にこにこにー!
笑顔とどける?」
希 「矢澤にこにこ!
なあにこっち、ウチ、どうすれば……」
にこ 「賢明なことりの言うとおりよ。
あとは、絵里とあんたが、決めるべきなのよ。
ホノメカシーじゃなくて、言葉を尽くしてね」
希 「……にこっち、いつもありがとう」
私が話し始めるより先に、ポンコツな声が聞こえてきた。
絵里 「おばんどすえ!
かしこい、かわいい?」
希 「エリーチカ!」
絵里 「ああ、ノゾミーチカ、きみのキュートな声が聴けて嬉しいよ。
八時だヨ! 楽しく電話でランデ・ヴー! というわけね。
今宵は、どんなスウィート・タイムを過ごす?」
希 「絵里ち、ちょっと落ち着いて。
なんか、いかがわしい電話みたいになってるよ。
今日電話したのは、次のお夕食会の日時のことだよ」
絵里 「やった! お招きありがとう、のぞみん!」
希 「よければ、絵里ちの都合のいい日を教えてほしいな」
絵里 「私はあなたのためなら、月の裏側からでも飛んで来られるけど……
そうね、来週の金曜日とか、どうかしら?」
希 「うん、ありがとね、絵里ち。
じゃあ、来週の金曜、いつもの時間に」
希との約束、合点承知之助よ。
約束が守れなかったら、私は、希に針千本飲まされても構わないからね」
希 「いや、ウチなんかとの約束が守れなくても、なーんも気にすることはないんだよ。
針なんて恐ろしいもの、絵里ちは、一本も飲まなくていいんだよ。
絵里ちは、ウチとの約束なんかに縛られずに、自由に……」
絵里 「希、どうしたの?」
この話のつづきは、お夕食会のときに話すね。
ところで、献立は何がいい?」
絵里 「アジフライ!」
希 「ふふふ。あの日からすっかり、絵里ちはアジフライがお気に入りなんやね。
よーし、絵里ちのお願い、合点承知之助やで。
ほな、ダスヴィダーニャ、エリーチカ」
絵里 「ほなまた、のぞみん」
絵里 「おじゃまします」
希 「どうぞ、おあがりなすって、お嬢さん」
絵里 「これ、つまらないものですが」
希 「わあ、ありがとう!
これ……甘口ソースだね!」
『ザ・ソース微糖』というやつね。
でもなぜだか今日は、とっても甘いソースを使いたい気分なの」
希 「うん、ウチもそんな気分だよ。
じゃあ早速、甘々なソースに合うアジフライを作ろうか」
絵里 「うん、今日のアジの開きは、どんな形かしら……
ハラショー! 希、またハート形のアジさんがいるわ!」
希 「お、本日の大当たりやね。
それじゃあ早速、作ろうか」
キャベツの千切り、おひたし、お味噌汁、ごはん。
お味噌汁は、花陽ちゃんのようにうまく作れたかな?
そして食卓の真ん中には、大量のアジフライ。
料理をすべてテーブルに並べたあと、私たちは向かい合って座った。
絵里 「いただきます」
希 「絵里ち、そこのソース、取ってくれる?」
絵里 「合点承知之助」
食卓での私の願いは、すべて叶う。
だって絵里ちは、私のお願いを何でも叶えてくれる、合点承知之助だから。
絵里 「希、そこにある私のお箸、取ってくれる?」
希 「合点承知之助」
食卓での絵里ちの願いも、すべて叶う。
だって私も、絵里ちのお願いを何でも叶えてあげる、合点承知之助だから。
そして、千切りキャベツを頬張る私に、絵里ちが話かけた。
絵里 「ねえ、希」
希 「ウム?
(訳:絵里ち、どうしたん?
ちょっと待ってな、千切りキャベツを飲み込むまで話せないわ)」
絵里 「あ、それもそうだね。ごめんね。
でも、思わず希に話しかけたくなっちゃって」
希 「ウム
(訳:何でウチの言いたいことが分かるの、絵里ち?
テレパシーの使い手なの?
ほな、そのまま続けて)」
ほんとに、よかったなあ」
希 「ウム?
(訳:何がよかったの?)」
絵里 「一年生のとき、階段の踊り場で、希に話しかけてもらえて。
素直になれずに、みんなに迷惑をかけたこともあったけど……
あれからずーっと、楽しかったよ」
希 「ウム
(訳:うふふ。この前のウチと同じようなこと言うてるやん。
そうやね、ウチも、あれからずーっと、楽しかったよ。
それに、大丈夫だよ。
これからもずーっと、楽しいからね)」
あのときのお礼という理由もあるけど、それだけじゃない。
私、初めて会ったときからずっと、あなたのことが……」
私はキャベツを飲み込んで、彼女の言葉を遮った。
希 「はい絵里ち、そこでお口にチャック」
絵里 「希?」
ウチの小さい頃からの望みは、絵里ちやμ’sのみんなと出会えたおかげで、
ちゃんと叶いそうだよ。
だから、もう欲しいものなんて、なーんもあらへん」
すると絵里ちが、チャックを外す動作をしたあとで、口をひらいた。
絵里 「でも、もうひとつの新しい願いが芽生えてるんでしょ。
私、それを、あなたの仄めかしてくれたことから推測してみたの」
希 「……」
絵里 「間違ってたら、ごめんなさいね。
でもあなたの新しい願いは、私の新しい願いと、同じかもしれないって思うの」
希 「絵里ちの新しい願いは、何?」
絵里 「あなたと、ずっと一緒にいたい」
かしこいかわいいエリーチカの見立てどおり、ウチの新しい願いも、同じだよ」
絵里 「謝る必要なんかないわ。
教えてくれて、ありがとう」
希 「そして、今日絵里ちを呼んだ理由は、ほかでもなく、そのことと関係してるの。
ずっと一緒にいようという約束のサイズを、二人で話し合って決めたいの」
希 「なあ絵里ち、ずっと一緒にいるって、どういう意味だと思う?」
絵里 「文字通りの意味でとったとしても、いろんな意味があるでしょうね。
でも、ずっと体をくっつけておく必要はないと思う。
コアラやカンガルーみたいに、年がら年中ピッタリくっついていなくても、
一緒にいることはできると思う」
希 「そうやね。
体じゃないとしたら、心の問題やね。
でも、心で一緒にいると言うだけでは、まだ曖昧すぎて、よくわかんないよね。
そこでウチは、最近ずっと、その意味を考えていたんだ」
私は、箸を一旦置いて、絵里ちの目を見て言った。
希 「お互いが、お互いのための合点承知之助でいることだと思う」
彼女も、箸を一旦置いて、私の目を見て言った。
絵里 「なるほど。
でもそれなら、お安いご用、お茶の子さいさいよ。
だって私は、あなたのお願いなら何でもぜんぶ叶えてあげたいと思ってるんだから」
希 「じゃあ、今から言うウチのお願い、叶えてくれる?」
絵里 「希?」
希 「ウチが絵里ちのための合点承知之助でいつづけるってこと、信じて。
ほかには何もお願いしない。
ウチのこの願いだけを、叶えて」
絵里 「……」
希 「どうしたの、絵里ち?
いつもみたいに、合点承知してよ」
あなたは私の合点承知之助でいてくれるの?」
希 「そうだよ。
ウチは、これからもずっと、絵里ちのお願いを、何でもぜんぶ叶えてあげる。
そのことさえ信じてくれたら、ウチのためには何もしなくていい。
絵里ちは、自由に前に進んでくれればいい」
絵里 「あなたは、自分だけ重荷を背負って、私は身軽なままにしておこうとしてるのね。
でもそれは、不平等というものよ」
希 「絵里ち、お願い。
合点承知して」
絵里 「その前に、今から言う私のお願い、叶えてくれる?」
希 「絵里ち?」
絵里 「私が希のための合点承知之助でいつづけるってこと、信じて。
ほかには何もお願いしない。
私のこのお願いだけを、叶えて」
希 「……それ、ウチが言うたんと同じやんか!」
絵里 「そうよ。これで平等でしょ」
そしたら結局……」
絵里 「整理しましょうか。
希は、ずっと、私のための合点承知之助でいてくれる。
希は、私に、それを信じてくれるようにとお願いしてる」
希 「絵里ちも、ずっと、ウチのための合点承知之助でいてくれる。
絵里ちは、私に、それを信じてくれるようにとお願いしてる」
絵里 「私は、希に、ほかに何もお願いしない」
希 「ウチも、絵里ちに、ほかに何もお願いしない」
絵里 「どうかしら?」
希 「そんな小さな約束でいいの?」
絵里 「小さいけど、とっても大事な約束よ。
どう、希?
私のお願い、叶えてくれる?」
希 「……合点承知之助」
絵里 「ありがとう」
希 「絵里ちは?
私のお願い、叶えてくれる?」
絵里 「……合点承知之助」
希 「ありがとう」
お互いが、お互いのための合点承知之助でいてくれるなら、ほかには何も願わない。
そうすると結局、合点承知之助は、合点承知すべきものを、何も持っていないことになる。
それでも私たちは、ずっと、お互いのための合点承知之助なのだ。
それが私たちにとっての、「ずっと一緒にいる」という言葉の、言葉どおりの意味なのだ。
絵里 「別々の大学に行っても、ずっと一緒だよ」
希 「別々の家庭を築いても、ずっと一緒だよ」
そう言って私たちは、顔を見合わせて、微笑んだ。
今日もたくさん作りすぎて、アジフライが余ってしまった。
大当たりのアジフライも、二人とも遠慮して、けっきょく箸をつけられなかったな。
希 「洗い物は私がするから、絵里ちは楽にしてて」
絵里 「そういうわけにはいかないわよ。
あ、そうだ、じゃあテーブルの上、片付けておくわね。
ねえ希、今日もアジフライ、半分もらっていっていい?」
希 「うん。もちろんだよ。
タッパーはそこにあるからね」
もう暗くなりそうだったので、そのあとすぐ、私は絵里ちを玄関先まで見送った。
絵里 「ねえ希、あなたの心の中に新しい願いが芽生えたのは、なぜかしら?」
希 「えへへ。それはナイショやで」
絵里 「ふふふ、希らしいわね。
ねえ希、今日の夕ごはんも、とってもおいしかったよ。
ごちそうさま」
希 「ありがとね。
ほなまた、月曜日に」
絵里 「うん、ほなまた」
テーブルの上のアジフライのお皿の真ん中に、大当たりのハート形のアジフライが載っている。
タッパーにアジフライを詰めた絵里ちが、わざとそれを残していったのかどうかは、分からない。
これはアジフライによるホノメカシー……なんていうのは、考えすぎかな?
そこに、絵里ちの持ってきてくれた甘いソースをかけた。
それを食べているうちに、エセ関西弁の仮面が外れて、本音があふれてきた。
尻尾まできれいに食べたあとで、さっきまで絵里ちゃんが座っていた空席を見つめて、私はその本音をこぼした。
希 「私、初めて会ったときからずっと、絵里ちゃんのことが好きだよ」
絵里ちゃんに面と向かって言うことは、結局できなかったけどね。
あの日から卒業式の日までの日々も、それまでと同じように、やっぱり楽しかった。
μ’sの最後のライブについて、ここで詳しく書く必要はないだろう。
最後のライブを終えたとき、子どもの頃からの私の望みは、満願成就した。
満願成就のマンガン電池、めでたくもあるかのアルカリ電池というわけだ。
そして、にこっちと絵里ちと私は、別々ではあるが、無事に希望どおりの進路に進むことになった。
前に進むのはちょっと寂しいけど、きっと私たち九人なら、大丈夫だと思う。
穂乃果「おーい、希ちゃーん!」
希 「あ、穂乃果ちゃん!
式の用意はバッチリかな?」
穂乃果「うん! 希ちゃん、卒業おめでとうございます!
……あ、今日の髪型、いつもと違うんだね!」
希 「えへへ。
この髪型で皆の前に出るのは、はじめてかもな」
穂乃果「いつもの二つ結びも可愛いけど、
今日の編み込み髪も、すごく可愛いよ!」
それから、まだお礼をいいたいことがあるんよ。
穂乃果ちゃんが集めたμ’sのおかげで、ウチの子どものころからの望みは、叶ったよ」
穂乃果「子どものころの希ちゃんは、どんな望みをもってたの?」
希 「えへへ、それはナイショやで……と言いたいところだけど、
今日は卒業式だから、ちゃんと言うね。
私、友達と一緒に、一つのことを成し遂げたいって望んでいたの。
だから今日は、みんなにお礼が言いたいの。
私の望みを叶えてくれて、ありがとう」
穂乃果「そんな……お礼を言うのは、私のほうだよ。
希ちゃんが陰で支えてくれなかったら、私たちは、何もできなかった。
希ちゃん、いや、希先輩、ありがとうございました」
希 「穂乃果ちゃん……」
どうして今まで、見せてくれなかったの?」
私は、花壇に目を向けて、言った。
希 「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず。
なんちゃって」
穂乃果「わー、カッコいい!
それ、どういう意味?」
希 「隠しておかないと消えてしまうものもある、ということやね」
穂乃果「でも、隠したままでは、誰にも気づいてもらえないよ。
気づいてほしいときには、どうすればいいのかな?」
希 「『仄めかし』というとっておきの手段を使えば、
お花をちらりと見せることができるんだよ」
穂乃果「ホノメカシー?
それって、どうやるの?」
希 「何でもありだよ。
笑えば、顔にお花が咲く。
髪を編めば、髪にお花が咲く」
穂乃果「わあ、今日の希ちゃんは、いつにもまして大人っぽいなあ!
もうすっかり、レディーになったみたい!
……あ、私、そろそろ会場の設営に行かなきゃ!
希ちゃん、また後でね!」
希 「うん、また後でね」
あのとき私たちは、こんなふうに話していたっけ。
―――――――
「ところで希、前に言ってたわよね。
このお話で重要なのは、許されぬ願いの内容じゃない。
重要なのは、許されぬ願いをもっている女の人が、
どんな思いで髪を編むかということだって」
「うん。たしかにウチは、そう言ったね」
「お話の中の女の人は、どんな思いで髪を編んでいたのかな?」
「まだウチには、よく分からないな」
「いつか私たちにも、分かる日がくるのかな?」
「せやね。
レディーになる日が来たら、分かるかもね。
―――――――
にこっちの言ってくれたとおり、私の願いは、ぜんぶ叶った。
子どものころからの望みも、新しく芽生えた願いも、ちゃんと叶った。
でも今なら、許されぬ願いをもっていた女の人がどんな思いで髪を編んだのか、ちょっとだけ分かる気がする。
もちろん、何を見てとるとしても、絵里ちと私の結んだ約束のサイズが変わることはない。
だって、絵里ちと、にこっちと、私は、μ’sのみんなのもとを離れて、今日から別々の道を歩くのだから。
願わくは、どうか……
絵里 「わーお、にこにー!
あそこにいるのは、私たちの大好きなのぞみんよ!」
にこ 「わーお、エリーチカ!
今日ののぞみん、いっちょまえにレディーの顔してるわよ!」
絵里 「でも何だか、のぞみん、寂しそうだわ!」
にこ 「かしこい私たちのお歌が必要なようね!」
そう言って二人は、私に抱きついてきた。
にこ 「卒業ソング、歌うわよ!」
希 「絵里ち、にこっち!」
二人は、両側から私の肩に手を回して、歌いだした。
にこ 「なりひびくでーあいー」
絵里 「いーつーまーでーもー
あーついーまーまのーきーみだとー」
にこ 「ぼくはしんじてーるーよー」
私も、笑って、歌に加わった。
希 「まいーにーちー、はっぴー、めいかー」
そんなわけで、私たち三人のアホは、肩を組んで花壇の周りで踊った。
「レッツスマイルでみんな大好き踊り」をしながら、私は願った。
絵里ち、にこっち、そして、μ’sのみんな。
どうか、ずっと、幸せでいてね。
——
※ おわりです。
読んでくれた方、ありがとうございました。
明るくてユーモアがあって面白いのにちょっと切ないな…
楽しかった乙おつ
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