【ラブライブ!】英玲奈「全身義体になってからもう5年か……」
- 2020.04.01
- SS

私は統堂英玲奈。UTX学院に通う女子高生だ。
世間では私の事をロボットだのナントカ図鑑だの言う人が一部居るらしい。
腑に落ちないが……仕方がないと言えば仕方がない。
何故ならば、この体は機械で出来ている。私は脳と脊髄の一部を除く全身を義体化してる。
もちろん全身を義体化しているとはいえ、私は人間だ。……人間であると思っている。
私が全身義体になったのには理由がある。
あの日。中学2年の夏休みまで、私はごく普通の生身の人間だったのだ。
中学生だった私は非常に活発で明るかったと自負している。今でも暗いという認識はないのだが。
授業も教室で座って受けるものよりは体育と音楽が好きだった。
とにかく歌うこと、踊る事が大好きだった。
体育の授業でヒップホップをやると聞いて心が躍ったのを覚えている。
だがそんな日は長く続かなかったのだ。
ある日、私は交通事故にあった。
私は全身不随となった。
食事も会話も着替えも……トイレですら。何一つ1人では出来なくなってしまった。
全てを奪われてしまった。大好きな歌もダンスは二度とすることができない。
泣き叫びたかった。喚き散らしたかった。それすらできないのが辛かった。
ベッドに寝たきりの私は何の為に生かされているのだろうか。そんな事ばかり毎日考えていた。
そんなある日、医者と両親が病室へやってきた。両親の顔が何とも言えない複雑な表情だったのを覚えている。
そして医者がこう言った。『全身義体という選択肢がある』と。
聞いたことくらいはあった。体の一部を機械へと置き換える治療法だ。
一生ベッドで寝ているだけの人生を覚悟していた私にとって、迷う余地などなかった。
もう一度自分の足で立ち上がれる。自分の好きなように歌うことができる。全身を使って表現ができる。
そう思った。
だが現実はそう甘くなかった。
あんなものは自分の体などではなかった。
腕を大雑把に振り回す程度ならできたが、指が動かせない。これではお箸が使えない……食事の必要はなくなったからいいのか。
2本足で立ち上がり、ましてや歩くなど到底不可能だった。
何度も転んだ。転んでも痛みを感じないのが救いだった。
リハビリ用の手すりを掴むこともできなかった。掴もうとしてへし折った。
そして医者がまたもこう言う。『電脳化すれば簡単に制御できるようになるかも知れない』
藁をも掴む思いだった。私は言われるがまま電脳化をした。
今さら思えば、私は体のいい実験体だったのだ。
義体化や電脳化はまだまだ生み出されて間もない技術。発展途上の技術だ。
私のような不幸な人間はあまり多くない。当然、義体化に踏み切るケースはさらに少ない。
義体化を行うケースが少なければデータが揃わない。データがなければ研究が進まない。
病院側からすれば、私は都合が良かったのだろう。まだ例の少ない義体化を行えば実績が付く。
だからまだまだ問題点の多い義体化を勧めてきた。
両親の複雑な表情はそういう事だった。
電脳化し義体の制御プログラムをインストールした途端、私の動きは劇的に変化した。
歩けたのだ。走る事も出来た。ソフトフェアを使えば片手で折鶴が折れた。
自分が足を動かしていのではない。歩こうとすると勝手に足が動く。まるでゲームのキャラクターを操作しているような感じだ。
それでも私は嬉しかった。涙を流す機能はなかったが、きっと生身だったら泣きじゃくっていただろう。
こうして私は再び学校に通えるようになった。
4か月ぶりに登校した私は浮かれるように教室へと飛び込んだ。
しかし、私の居場所などなかった。
次第に周囲からの視線が変化してゆく。まるで珍獣を見るかのような視線。
気付けばよく一緒に遊んでいた友達すら話しかけてくれなかった。
気を使ってくれているのかも知れない。最初はそんな軽い気持ちだった。
そんな事よりも授業の遅れを取り戻さなければという考えていっぱいだった。来年は受験生だ。
以前と同じように授業を受け、休み時間も自習し、暇だった給食の時間にも参考書を開いた。
そして気が付いてしまった。皆からの視線の意味に。
授業内容がすんなり理解できてしまうのだ。一度見たものはすぐに記憶し、劣化なく思い出せる。計算も一瞬で終わってしまう。
私は、私自身が『機械』になったのだと実感した。教室に喋る機械が居る。周りの視線はそういうことだった。
電脳化によって脳がコンピュータと化したことで先生の話も、黒板の文字も、式や図、ましてや他の生徒の無駄話すら完全に記憶……保存できてしまう。
計算などコンピュータの得意分野ではないか。ペンを動かしノートに文字を出力しているのは碗部制御プログラムだ。
脳に直接インストールしてしまえば、そもそも授業など受ける必要すらない。
自分がしていることは全て機械が勝手にやっているだけではないか。
……私は、人間なのか?
そう思った瞬間、楽しかったハズの学校がつまらなくなった。
そして……イジメが始まった。
上履きに画鋲を入れられ、教科書やノートが破かれ、椅子が無くなった。
もっとも、画鋲を踏んでもダメージはないし、教科書の内容は全て脳に保存されているし、椅子が無くとも疲労はないのだが。
そんな日々もあっという間に過ぎ、私は3年生となった。
その頃にはもう、私を『人間扱い』してくれる人は誰1人居なくなった。
だが中学3年と言えば受験生だ。周りからの扱いなどどうでもよかった。
面談で志望校を訊かれ、当然のようにUTX学院の芸能科を志望した。歌いたい。ただそれだけの理由だ。
病欠は長かったが出席日数に問題はない。成績も問題になるわけがない。
問題があるとすればこの体だけだった。
だがそんな悩みは杞憂に終わった。
受験1日目にテストを受け、2日目に面談を受けた。面談の内容は歌とダンスだ。
私は予め記憶しておいたプロのダンサーの動きをそのままトレースした。それだけで合格した。
もちろんUTX側は私が全身義体であることを承知している。ただ動きを再現している事も知っていた。
それでも合格した。UTXにとって、踊れるという結果が伴えば過程はどうでもよかったらしい。
プロの動きをそのまま再現できた私はオーディションを突破した。周りからの視線は中学と変わらなかった。
晴れてA-RISEとなった。
そしてあの2人と出会った。
この私を初めて『人間』として見てくれたあの2人に。
あんじゅ「優木あんじゅよぉ、よろしく」
英玲奈「統堂英玲奈だ。よろしく頼む」
ツバサ「統堂……英玲奈さん?」
英玲奈「そうだが、それがどうかしたか」
ツバサ「もしかして……全身義体?」
あんじゅ「全身義体?そうなの?」
英玲奈「そうだが、それが何か」
あんじゅ「本物初めて見たわ!これは自慢できそう!」
ツバサ「そ、そう……全身義体の友達は初めてね」
英玲奈「自友達?何を言っている?」
ツバサ「何って、何が?」
英玲奈「いや、私は機械なのだぞ?何とも思わないのか?」
あんじゅ「ん?それがどうかしたの?」
ツバサ「……気に障ったのなら謝るわ。ごめんなさい」
あんじゅ「え、あ……ごめんなさい……」
英玲奈「別に気にしてはいないが……」
あんじゅ「あ、そうなの?よかったぁ~」
英玲奈「良かったとはなんだ」
あんじゅ「これから3人でやっていくんだから仲良くやっていきたいじゃない?」
ツバサ「そうね、これから私達3人は友達……いえ、共に戦っていく仲間、戦友よ!」
ツバサ「あれ、やっぱり気にしてる?」
英玲奈「気にしていない」
あんじゅ「素直じゃないのねぇ……顔に出てるわよ?『機械の私を受け入れるのか』って」
英玲奈「そのような事はあり得ない。表情は変更していないハズだ」
ツバサ「ありえてんの。何となく分かるわよ。何もほっぺ動かすだけが表情じゃないでしょ?」
英玲奈「……ご覧の通り、私は全身が機械化されている。そんな私と――」
ツバサ「聞こえなかったの?私達3人は戦友よ!そんな下らない事はどうだっていいの」
英玲奈「く、下らない……?」
あんじゅ「何か凄く悩んでいるようだけれど……義体化してると何か問題があるの?」
英玲奈「一度見ただけで完璧に踊れてしまうのだぞ。努力もせずに」
ツバサ「頼もしいじゃない。それに私だってその程度の事は出来る自信があるわ」
英玲奈「何時間動いても疲れないのだぞ」
あんじゅ「あら、頼りにしてるわよぉ」
英玲奈「……」
ツバサ「ねぇ、逆に聞くけど。どうしてこのA-RISEに来たの?偶然辿り着くような場所じゃないわよ」
英玲奈「……」
ツバサ「答えて」
英玲奈「……歌うのが好きだった。それだけだ」
ツバサ「上等よ!」
英玲奈「は?」
ツバサ「やる気は十分。パフォーマンスも十分。完璧ね」
あんじゅ「ツバサ……?」
ツバサ「厳しいオーディションを受け、他の生徒を蹴落としてまで私達はここに居るの!」
ツバサ「私達は常に完璧なパフォーマンスでお客さんを満足させる義務がある。故に……」
ツバサ「あなた達には最高のパフォーマンスを期待するわ。パフォーマンスを発揮出来なければA-RISEには必要ない」
ツバサ「パフォーマンスに自信のある者だけついて来なさい!リーダーはこの私よ!」
あんじゅ「ちょっと!リーダーなんていつ決めたのよ!?」
ツバサ「今よ今!私がリーダー!はい異議なーし!!」
あんじゅ「大有りよ!?」
ツバサ「英玲奈」
英玲奈「な、なんだ」
ツバサ「今の私の話は聞いていてわね?」
英玲奈「あ、あぁ」
ツバサ「パフォーマンスに自信大有りのあなたをA-RISEは必要としているわ。宜しくね」
英玲奈「……よろしく頼む」
こうしてやや強引に受け入れられたのだった。
英玲奈「何だ?あとちゃん付けはいい」
あんじゅ「じゃあ英玲奈……あなたあんまり機械っぽくないわよ」
英玲奈「それはどういう」
ツバサ「私はここに居ていいのか~私は必要なのか~ってウジウジしすぎ」
英玲奈「そのような事は一言も言っていない」
ツバサ「ここまで来てまで悩まないで欲しいものね」
あんじゅ「ホントよホント。じゃあ要らないってあなたを拒否したらどうしてたのよ」
ツバサ「オーディションに落ちた子の事も考えなさいよ」
英玲奈「す、すまん」
ツバサ「既に決まったことをいつまでも悩んで……あなたが本当に機械だったら不良品も良い所ね」
英玲奈「!?」
あんじゅ「『1足す1は2です。あれ、やっぱり3かなぁ』なんて言い出す電卓みたいなものよ」
英玲奈「なんだその微妙な例えは」
ツバサ「でもあなたは不良品じゃない。悩み多き人間よ」
英玲奈「……そうか」
ツバサ「それじゃ、自己紹介も済んだ事だし練習を始めましょう!顧問呼んで来るわ!」
あんじゅ「行っちゃった……あのツバサって子、なんか強引な子ねぇ」
英玲奈「そうだな。だが悪い気はしない」
あんじゅ「そぉねぇ、安心して引っ張ってくれるって感じかしら?」
英玲奈「勢い余って追突事故を起こしそうだ」
曲は既に学校側が用意していた。ダンスも既に出来上がっていた。
私達の役割はステージに立つまでの間にそれらを完璧にすることだ。
専属の振付師がダンスの指導をする。
私はダンスを2回見ただけで私は踊れるようになってしまった。これはソフトフェアの力だ。
自分自身では指1本満足に動かせないくせに、ソフトフェアを使って義体を制御している。
ズルをしているという罪悪感に襲われてしまう。
それでも2人は、
ツバサ「ここの動きってどうだったっけ?」
あんじゅ「右が上?左だったかしら?」
既にダンスを記憶してしまった私を練習に活用していた。
私が居れば顧問や振付師が居なくても練習ができるという発想に至ったらしい。
そういう事ならとことん付き合ってやろうではないか。
英玲奈「違うぞ。ここの動きはだな――」
体よく使われているような気がしてならなかったが……まぁ、この2人の役に立っているのならいいか。
最初から踊れてしまうのは達成感がなくつまらないとも思ったが、この2人と居ると楽しい。
時間を忘れ、我を忘れ練習に付き合った。
そして、重大な事を忘れてしまった。
英玲奈「2人とも……重大な問題が発生した。電池切れそう」
昨日の晩、充電するのを忘れていた。我ながら珍しいミスだ。
ツバサ「え、えええええええ!?でっ電池!?単三!?単四!?あっ鉛!?それともリチウム!?」
あんじゅ「で、電池って何!?何すればいいの!?充電!?交換!?」
英玲奈「ここでは無理だ……自宅に行かないと設備がない」
ツバサ「じゃっ、じゃあ今すぐあんたの家に行きましょう!」
英玲奈「おそらく自走すれば残量が持たん……義体を省電力に切り替える」ばたん
あんじゅ「英玲奈ぁああああ!?倒れたああああ!?」
英玲奈「消耗を抑える為に体の電源を落とした。すまないが……運んでくれ」
こんなミス、以前ならあり得なかったのだが……。
あんじゅ「体重いくつよ!?」
英玲奈「しょうがないだろう」
ツバサ「だ、台車持ってくる!!」
あんじゅ「台車で英玲奈ちゃん運ぶ気!?」
ツバサ「だってしょうがないでしょ!?ちょっと待ってて!」
私は生まれて初めて台車で運搬された。
あんじゅ「うぅ……周りの視線が痛い……」ガラガラ
ツバサ「そりゃ電気街のど真ん中を女子高生乗せた台車が走ってたら皆見るわよ……」ガラガラ
英玲奈「すまん……20m先左方向だ」
あんじゅ「優秀なナビが居て助かるわ……」ガラガラ
ツバサ「あとどのくらい?」
英玲奈「その角を曲がったらすぐだ」
そう言えば、家に友達を招いたのはこれが初めてだ。
あんじゅ「家に誰か居る?」
英玲奈「いや、居ないハズだ。上着のポケットに鍵があるからそれで入れ」
ツバサ「えぇ。お邪魔しまーす……」
あんじゅ「広っ」
ツバサ「英玲奈ってもしかしてお金持ちだったりする……?」
英玲奈「そういう訳ではないが……」
全身付随になったり『実験』に使われたりでお金がごっそり入ったらしい。
特に『実験』に関しては助成金と言う名の多額の振込があったとかなんとか。
あんじゅ「英玲奈の部屋はどこかしら?」
ツバサ「2階とか言わないわよね……?」
英玲奈「安心しろ、1階だ。そこのドアだ」
正直に言えば私の部屋など見せなくなかったが……。
英玲奈「そこの台まで運んでくれ。そこに黒いケーブルがある」
あんじゅ「これ?」
英玲奈「それだ。それを首の後ろに挿してくれ」
あんじゅ「こ、こう……?」
英玲奈「助かった。危うく落ちるところだった」
ツバサ「……」キョロキョロ
英玲奈「やはり部屋が気になるか」
ツバサ「い、いや!?全然!?あ!このトルクレンチ素敵!?」
英玲奈「別に無理しなくていい。どう見ても人間が住んでいる部屋とは思えないだろう」
ツバサ「……う、うん」
あんじゅ「ガレージ……みたい」
この2人に隠し事をする気になれなかった。
あんじゅ「重かったものね……」
英玲奈「それから床を工事し、私が寝ても平気なようにベッドが作業台へと替わり、食事を摂っていたテーブルは充電設備に替わった」
あんじゅ「英玲奈……」
英玲奈「どうやら、義体に必要なのは生活ではなく設備らしい」
ツバサ「……ねえ英玲奈」
英玲奈「なんだ」
ツバサ「話してくれない?どうして義体化をすることになったのか」
英玲奈「楽しい話にはならんぞ」
ツバサ「どうしても気になることがあるのよ」
英玲奈「気になる事……?」
ツバサ「具体的に聞くわ。義体化したのはいつ頃なの?」
英玲奈「中学2年の夏だ」
ツバサ「……!」
英玲奈「どうした」
英玲奈「小さな女の子が轢かれそうだったのを助けたら轢かれてしまった」
ツバサ「……」
あんじゅ「どうしたのよツバサ、さっきから」
ツバサ「……最初に会った日の事覚えてる?」
英玲奈「あぁ」
ツバサ「どうして全身義体だってすぐわかったと思う……?」
英玲奈「知らん」
ツバサ「統堂英玲奈……その名前に聞き覚えがあったの。それでもしかしたらって……」
英玲奈「?」
ツバサ「実はね、私も中学2年の夏休みに車に轢かれそうになったの」
あんじゅ「……え?」
ツバサ「誰かに突き飛ばされて私は助かった。私を助けた人は目の前で吹き飛ばされたわ」
英玲奈「お、お前だったのか……?あのちっこいの」
英玲奈「まぁ、あんまり気にしていない。気にするな」
ツバサ「いや……でも……」
英玲奈「見てくれこのボディを。強靭で無敵で最強だ。何人たりとも私には敵わん」
ツバサ「え、えぇ……?」
英玲奈「お前は生きている。私もなんとか生きてる。それに偶然にも今は戦友同士。それでいい」
ツバサ「う、うん……」
あんじゅ「なんか私だけ蚊帳の外ねぇ……」
英玲奈「何を言っている。こうして秘密を共有したではないか。先に言っておくが、この部屋の事も他の人間には秘密だからな」
あんじゅ「誰にも言う気はないわよ」
英玲奈「うむ」
あんじゅ「それじゃツバサ、そろそろ帰りましょう?学校に荷物置きっぱなしなんだから」
ツバサ「わ、忘れてたわ……じゃあ、また明日」
英玲奈「では」
英玲奈「……そういえば顔も名前も知らんかったな」
英玲奈「……」
英玲奈「充電中は暇だな」
何となく散歩だ。気分転換もたまには必要だ。
そう言えば、あの日もこんな感じだったか。まさかツバサだったとは。
<ド、ドロボー!!
<こら!待ちなさい!!
なんだ?騒がしいな……ドロボー?何やら物騒だな。
っと、何かが前から突っ込んでくる……原付?
それに年頃のお兄さんが使うとは思えないブランドバッグ……さっき聞こえたのはひったくりか?
「どけ!轢かれてえのか!?どけどけええ!!」
生憎だが轢かれ慣れている。だがあの頃とは少し違う。
「いってぇ!?」
原付を片手で受け止めてしまった。自慢ではないが私の最高出力は20馬力だ。
英玲奈「ドロボーはよくないぞ?」
「う、うわああああ!化け物ぉおおお!!」
失礼な。化け物ではない。義体だ。科学技術の結晶だ。
まぁ逃げられてしまってはどうでもいい。持ち主を探さなければ……。
海未「……」ぽかーん
な、なんだその視線は。
英玲奈「あぁ、さっき原付に乗っていた奴から取り返しておいたぞ。ほれ」
海未「あ、ありがとうございます……お婆さんに返してきます……」
英玲奈「うむ」
この顔……どこかで見たことがあるような。データーベース検索開始。完了。
音ノ木坂学院 μ’s 園田海未……あぁ、μ’sか。また面倒な相手に見つかってしまったものだ。
色々と面倒くさいから義体であることはあまり知られたくないのだが……。
海未「あ、あの!」
戻ってきやがった。
海未「さっき原付を受け止めていましたよね……?あ、あれはいったい……?」
まぁ、仕方がないか。
英玲奈「実は私は義体化していてだな――」
海未「あっ!?もしかしてA-RISEの統堂英玲奈さんですか!?」
大人しそうな見た目とは違って意外とやかましいな。
海未「義体!?義体って言いました!?という事はろぼっとさん!?ろぼっとさんなんですか!?」きらきら
英玲奈「ロボットではない、義体だ。失礼な……。ってそんなに目を輝かせながら聞くな」
海未「ろけっとぱんちとか!びーむとか!!」きらきら
撃たねえよ。
英玲奈「そういう機能はない……」
海未「しょんぼりです……」しょぼーん
何故だろうか。とてもイラッとした。
英玲奈「言っておくが私は凄く強いからな。何故なら私は戦闘用サイボーグなのだ」
海未「そ、そうなんですか!?」
英玲奈「君の実家は道場だったか。私1人で制圧できるな」
海未「むっ」
英玲奈「怒ったか」
海未「いい度胸です……では勝負といきましょう」
英玲奈「え?」
海未「家、すぐ近くですから。正々堂々と勝負です」
英玲奈「いや、それはちょっと」
海未「怖気づいたんですか」
先に喧嘩を売ってしまったのは私なのだが……
英玲奈「いや、勝負といこうじゃないか」
こいつ、ツバサ以上にめんどくさい……。
海未「いざ、勝負です」
英玲奈「勝負と言われても武道のルールなど知らん」
海未「そうですね……では膝をつく、もしくは背中が地面に着いたら負けです。それでいいですか?」
英玲奈「それなら簡単だな、いいだろう」
海未「では……」
戦闘用サイボーグとか適当なこと言ってしまったが……まぁ、生身の相手なら簡単だろう。
道場へ連れて行かれる間に格闘用プログラムをインストールしておいた。
私の処理速度を持ってすればこんな小娘の1人や2――
ぐるんっばたんっ!!
気が付けば天地がひっくり返っていた。ジャイロセンサーの故障か?
海未「……手加減はいいですから」
故障などではない……投げられた?いや、宙に舞ってはいない。転ばされたのか。
英玲奈「今のは油断だ。もう1度だ」
やり口さえ分かれば……
ぐるんっ!どすんっ!
あ、勝てる気しない。
何故そんなにがっかりするのか。
英玲奈「あ、当たり前だ。そんな者が街中歩いていたら脅威だ。それにしても格闘戦用のプログラムを使ったのにまるで勝てる気がしないな」
海未「そんなもの使ったんですか!?」
英玲奈「そうしないと体が動かんからな」
海未「それで動きが機械的だったのですね……」
英玲奈「そりゃ機械だからな」
海未「いえ、そういう意味ではなく……指先まで神経を研ぎ澄ませていないといいますか」
英玲奈「そりゃ神経などないからな」
海未「そういう意味じゃなくてですね」
英玲奈「いや分かってる。だがそれは無理なんだ」
海未「それは何故?」
英玲奈「私は自分の思い通りに体を動かすことができないんだ」
海未「え?」
何故こいつにそんな事を話しているんだろうか。
拳を交わして心がなんとやら、とかいう奴だろうか。
英玲奈「それでプログラムによって動かしている。頭の中でコントローラーを操作している気分だ」
海未「そう……だったんですか」
英玲奈「あぁ。歌やダンスも……そういう事だ。私は何1つ自分でやっちゃいない」
海未「辛く……ないんですか」
英玲奈「辛いに決まっている。本当は自分のダンスを楽しみたい。だが、こうするしかない」
海未「……体を自由に動かせるようになる方法がもしかしたらあるかも知れません」
英玲奈「昔、医者にそんな感じに乗せられてこうなったのだ。もうそういうのはいい」
海未「諦めちゃダメです。その日は絶対来ます!真姫に相談してみましょう!!」
英玲奈「真姫?あぁ、μ’sの赤い奴か」
海未「実は真姫のお父さんは西木野総合病院の院長さんなんです!」
英玲奈「……また病院か。もう5年も行っていない」
海未「やってみましょうよ!何とかなるかも知れませんよ!」
英玲奈「何故、お前は出会って数十分の私にそこまで熱くなるのだ?」
海未「私も最近ダンスをするようになったんです。何故かスクールアイドルをすることになってしまって」
海未「でもやってみたら案外楽しくて。その楽しさが味わえないのは……辛い事だと思います」
英玲奈「そうか」
随分と面倒な……お人よしだな。
真姫「いきなり家に押しかけてきたと思ったら……」
海未「どうにかならないですか?」
真姫「わ、私に聞かれても……パパ?どう?」
真姫パパ「そうだね……最後に義体を調整したのはいつだい?」
英玲奈「5年前だ」
真姫「ごっ……5年前!?よくそんな化石が動くわね……」
英玲奈「化石!?私は化石だったのか!?」
真姫パパ「日頃のメンテナンスはどうしているんだい?自分で?」
英玲奈「……え、必要なのか?」
真姫パパ「……随分とアフターケアの粗末な病院にかかったね」
真姫パパ「いいかい?義体化、電脳化は発展の目まぐるしい分野だ。1年経てば性能は10倍以上上がるとすら言われている」
海未「そ、そんなに変わるのですか!?」
英玲奈「確かに今売られている最新のスマホと去年のスマホでは、10倍とはいかなくとも4~5倍程度の差はある。そういう感覚か」
真姫「そういう事ね。今の義体技術なら解決できるかも知れない」
海未「それでは!」
真姫パパ「とは言っても全身義体となると非常に高額だ。さすがにタダで義体をサービスするのは無理だ」
英玲奈「そうか……」
真姫パパ「けど、モーションマネージャーの調整くらいなら平気だよ」
真姫パパ「例えば人が腕を動かす場合、筋肉を縮めたり伸ばしたりすることでそれを実現している」
真姫パパ「けれど、『ここの筋肉をこれだけ動かそう』なんて考えて腕を曲げる人は居ないだろう?」
真姫パパ「義体も同じなんだ。腕を曲げる時にここのモーターをどれだけ回転させようか、だなんて人間には難しい話だ」
真姫パパ「腕を動かしたいと言う意思を『ここのモーターをこれだけ回転させよう』という信号に言わば翻訳するソフト、それがモーションマネージャーだ」
真姫パパ「多分、君の場合はそれが不完全だった時代だったんだよ。君、自力で動こうとするときにわざわざアクチュエータを操作していたんじゃないかな?」
英玲奈「確かにそうだ……。トルクだの回転数だの電圧だの……わけが分からなかった」
真姫パパ「だがこれを最新のにしてみれば……やってみるかい?初診はタダでやってあげよう」
英玲奈「ぜ、是非!!」
あの時と同じだ。藁をも掴む思い。最悪、体のいい実験体でも構わない。
それでも、自分の体くらい自分で動かしたかった。
そして、
英玲奈「動く……動くぞ!」
動いた。指1本1本まで。違和感はあるし脳に負担がかかっているのか、若干気持ち悪いが。
真姫パパ「細かい調整は追々やるとして、とりあえずはこんな感じかな」
英玲奈「動いてる……ちゃんと自分の意志で動いている……」
海未「ありがとうございます」
真姫「私は別に何も……まぁ、よかったじゃない」
英玲奈「良かった……本当に良かった……」
病院さえ間違えなければ……!
あのヤブ医者め……今度会ったら吹き飛ばしてやる。
バランスを取るのが難しい。だが辛くはない。自分の意志で歩けるようになったからだ。
最初はソフトフェアによる補正を掛けながら、そしてだんだんと補正を弱め、ついには自力で歩けた。
これでやっと自分自身の意志でダンスが出来る……!
私はすぐに2人に相談した。あっさりOKが出た。
英玲奈「本当にいいのか?どうしても質が落ちてしまうのは避けられない……A-RISEに必要なのはパフォーマンスなのだろう」
ツバサ「でもやりたいんでしょ?英玲奈は」
あんじゅ「思い通りに動けるようになったんでしょ?なら、やっぱりそのほうが楽しいと思うわ」
ツバサ「大丈夫よ。好きな事だけやって、それでも何とかなっちゃうのがA-RISEよ」
英玲奈「それは意味が分からんが……感謝する」
ツバサ「もうあなたから何かを奪うのは嫌なのよ。さ、練習始めましょ?ラブライブがかかってるんだから!」
英玲奈「……」
あんじゅ「そうねぇ。きっちりと練習しないと、置いて行っちゃうわよ?」
英玲奈「……すぐに追いつく」
いつ振りだろうか、こんなに楽しいと思えたのは。
ツバサ「本戦には行けなかったわねぇ」
あんじゅ「まさかμ’sに抜かれる日が来るなんてね」
英玲奈「すまん……完全に私のせいだ」
ツバサ「何言ってんのよ」
英玲奈「やはり最近歩けるようになった程度の人間のダンスなど……素人同然だったんだ」
あんじゅ「またその話?」
英玲奈「だってそうだろう?私が2人の足を……」
ツバサ「ねぇ、英玲奈?ライブは楽しかった?」
英玲奈「何?」
ツバサ「最終予選のあのライブ。μ’sとの直接対決。……楽しかったのかしら?」
英玲奈「それは……」
ツバサ「私は最高に楽しかったけど?」
あんじゅ「私も。思いっきり夢中になれて、そして最高に楽しかった。英玲奈はどうなの?」
英玲奈「私は……私も楽しかった」
ツバサ「ならそれでいいのよ。こういうのはね、楽しんだもの勝ちなのよ!」
あんじゅ「我らA-RISEは楽しさにおいて頂点!」
ツバサ「楽しさの頂点はμ’sに取られそうだけれど」
あんじゅ「なっ!?」
英玲奈「……まったく」
この2人で本当に良かった。
それ故に卒業というものを考えたくない。
卒業してしまえばスクールアイドルの私達は解散――
ツバサ「事務所!私達を使ってれる事務所が見つかったわ!」
あんじゅ「え、本当!?」
英玲奈「何の話だ?」
ツバサ「事務所よ事務所」
英玲奈「だから何の」
ツバサ「A-RISEの事務所に決まってるじゃない」
英玲奈「事務所?」
あんじゅ「あ……言うの忘れていたわ……」
ツバサ「おい!?」
英玲奈「ん?いったい何を言っている」
ツバサ「まぁいいわ。ここで重大発表!A-RISEはぁ……実はなんと……卒業後もぉ続きます!!」
英玲奈「!?」
あんじゅ「プロのアイドルA-RISEとして、卒業後も宜しくね」
英玲奈「!?」
ツバサ「大丈夫?フリーズ?」
英玲奈「いや、びっくりしただけだ」
ツバサ「え、嫌だった!?」
あんじゅ「そんな!?」
英玲奈「そんなわけないだろう……最高だ」
ツバサ「良かったぁ……嫌われていたらどうしようかと」
英玲奈「そんなわけあるか」
あんじゅ「それじゃぁ……これからも末永く宜しくね」
ツバサ「宜しく頼むわ!」
英玲奈「うむ、宜しく頼むぞ」
始めて私を人間として扱ってくれた2人は、気が付けば唯一無二の居場所になっていた。
あんじゅ「それでどんな事務所なの?」
ツバサ「ん~っとねぇ、何故か探偵が所属しているらしいわ!」
英玲奈「アイドルの事務所ではないのか?」
あんじゅ「アホなんじゃないの!?」
ツバサ「それでいてね!社長さんがプロレス好きで買収しちゃったらしいわ!」
英玲奈「……アイドルの、事務所ではないのか?」
ツバサ「安心して!アイドルの事務所って言ってたから!!」
あんじゅ「どこがよ……」
英玲奈「まったく……これだからツバサは困る」
一緒に居てこんなに楽しいと思える始めて出来た、唯一無二の仲間。
暫くはこの2人の側に居られるらしい。
私の初めて出来た居場所に。
終わり
ありがとうパパ…チュッ…
ほんとうに
乙!!
読後感さわやかだよ
楽しかったです乙
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