【ラブライブ!】凛「バージンロードを歩かせて」
- 2020.04.04
- SS

中二の秋頃(三年前)と高二の冬頃(現在)の話です。
凛「ん~~~。あっ」
ふりふりって、小さく動くものが目の端に映って。
目で追うと、白い猫がいた。
あっ、シロだ!と思って。
凛は途端に駆け出して、庭に飛び出たよ。
凛「ごろにゃーん。にゃんにゃん♪」
あたりは真っ暗で、月の光だけがぼんやりと降る冬の夜。
白猫のシロは目立って仕方がなかったニャ。
凛「シーロ。こんばんわ♪」
うにゃ。小さな声でお返事してくれるシロ。
クスクス♪ とっても可愛いニャ♡
庭から居間に上がる時に使う縁台。
その端っこにはシロ用に置かれたエサの入ったお皿があるの。
凛「ほら、一緒にあそこまで行こっ」
手を差し出すと………すーん、反応なし。
しょぼーん。うぅ、やっぱりダメかぁ。
凛「もう、冷たいやつだにゃ」
がっくし項垂れて、すごすごと居間に引き返した。
振り返ると、凛が奥に引っ込むやいなやシロはエサを食べてたの。
にゃにゃ、現金な奴め…!
────シロに出会ったのは、三年前。
真っ白で、ずんぐりむっくりとしたシロはある日ひょこっと凛の家の庭に訪れたんだ。
シロはね、凛が庭に出ると、びゃーって一目散に逃げちゃったの。
それで茂みに隠れて、こっちをじーって観察してた。
凛は急いで冷蔵庫から牛乳を取ってお皿に注いで、持って行ったんだ。
怖くないよ、お腹空いてない? これ、あげるねって。
そしたら数分後、シロはおそるおそる近付いてきて牛乳を飲んでくれたよ。
それが、最初だったんだにゃ。
その日からシロはうちに通いだしたの。
お母さんにバレた時は大変だったけど、なんとか説得に成功して、エサを置いてくれるようになったんだよね。
凛は猫アレルギーだから、あんまり長く一緒にいちゃダメだよって、そういう条件のもとで。
「良かった。来てくれたんだ」
それは、中学二年生の秋頃だったかな。
凛は部活終わりに、クラスメートに呼び出されたんだ。
橙色の光が射し込んだ放課後の教室は、まるで一色で描かれた絵みたいだなって思ったのを覚えてる。
そこには凛を呼び出した子が、緊張した様子で待っていたの。
「実は─────」
クラスメートが喋り出す。とっても簡潔に、自分の気持ちを告白してくれたと思う。
差し出された手紙を受け取った。
……それはね、初めてのことじゃ無くて。
─────ああ。
凛は、思う。
ああ、またなんだって。
「お願い、できないかな」
凛の言葉に、同級生は素直に喜んだ。ありがとうって、安心したように笑った。
凛は、折り目がつかないように手紙をポケットに入れて、
凛「それじゃあ、ばいばい」
教室を出る。
一人きりの廊下。窓から見えるグラウンドには、もう誰もいなかった。
たくさんの、余計なことが頭の中を巡る。
そのうち、ひどく寂しい気持ちが凛を襲った。
“きっとあんな風には、生きられない”
凛はそう思っていた。それで構わないと思っていた。
さっき貰った手紙を、凛は明日、気軽に友達に渡すの。
それであの二人が結ばれたりしたら、凛も嬉しいな。
─────凛は昔から、元気いっぱいで男の子顔負けって言われてきたんだよね。
思ったことを素直に行動に移せる性格。スポーツが大の得意。授業で注目の的になることはしょっちゅう。
そんな凛のことを、みんな『格好良い』と評してくれた。
その評価を嬉しく思いながらも、けど凛は、そのうち心のどこかでそんな言葉たちに背を向けていたの。
この性格が嫌いなわけじゃない。困っている女の子がいれば凛が手を引いてあげたいとも思う。
けれど、クラスの女の子たちを見たとき。
その子たちが自分とは違う生き方をしているんだと考えたら、少し暗い気分になった。
この先もずっと、凛はこんな風に生きていくんだと考えるたび、諦めにも似た、冷たい感情が心に流れてくる気がしたの。
凛「ねぇ、シロ」
その日もシロは庭先に来ていた。
ずんぐりむっくりとしていて、三年前みたいに速く走ることのなくなったシロ。
凛「今日ね、にこちゃんが遊びに来てくれたんだ。色々お喋りできて、すっごく楽しかったにゃ~♪」
庭先にいるシロに、居間から声をかける。
座ったまま、ぐぐぐーって腕だけを伸ばすと、シロはうっとうしそうな顔をしながらも、その指先を追う。
触るにゃー!僕に触るんじゃないにゃー!って表情を浮かべてるのかな。
相変わらずシロは、愛想が悪いなぁ…。そういうところが、可愛いんだけどさ。
ゴロンと転がって、フローリングの床に仰向けになる。
目をつむって、深く息を吸い込んだ。
外から流れてくる冬の空気はとても冷たくて、肺の中をひんやりと満たしていく。
まぶたの裏では、ぼんやりと照明の光が映し出されていた。
凛「………シロ、いる?」
にゃ~お、とシロが鳴く。
ガラス戸を閉めて凛がも少し部屋の中に引っ込まないと、シロは警戒してご飯を食べないってこと。
凛は知ってるよ。
だからそれまでは、凛の話し相手になってくれるんだよね、シロ♪
凛「ねぇシロ、凛はね。なんだか今、心に隙間があるんだ」
いつまでたっても慣れなくて、胸が痛いの。
庭の草木が揺れて騒めく。
ぴゅう、と流れた風が凛の頬を撫でた。
凛「それって、凛が子供だからなのかな。シロと出会った頃から、もしかしたら何も変わってないのかもしれないね。えへへ…」
乾いた笑い声。笑ってないと、なんだか泣きそうだよ。
凛「ふふ。あーあ……また弱音吐いちゃったな」
こんなんじゃ、にこちゃんに怒られちゃうよね。
……ううん、にこちゃんだけじゃない。
頼りになる絵里ちゃんも、一緒に遊んでくれる希ちゃんももういないんだ。
しっかりしなきゃ、ダメだよね。
……あれ、いないのかな?って思って。
目を開けたら、シロが縁台に座っていた。
わ、わわ…っ!
いっつも遠くにいるシロが、何でか近寄ってきてる!
ごくり。
とびっきりのチャンスだにゃ…。そんなにお腹が空いてたのかな…。
う、うおお…!そーっと、そーっと…!
思いきってシロに手を伸ばす。白い毛先に、指が触れた。
凛「わっ。柔らかい…」
頭の下を撫でると、シロの喉がごろごろと鳴る振動が、凛の指に優しく伝わってきた。
・・・・
うちに来る白い猫にシロと名付けた!
真っ白な猫だからシロ♪
家に帰って、誰もいなかったときはシロと話す事にするにゃー♪
・・・・
凛「かーよちん!おはよー♪」
花陽「わっ、凛ちゃん!?び、びびびっくりした~!や、や~め~て~よぉ~!」
朝の登校途中でかよちんを発見!
ばーって駆け寄ってがばっと抱きつくと、かよちんは面白いくらいに目を白黒させた。
凛「わーい!さっくせん成功ー!」
花陽「もう、凛ちゃんったらっ。って、そんなことより凛ちゃん、今日もちゃんと起きれたんだね♪」
凛「勿論! もうすぐ学園祭だからね!」
秋。凛の通う音ノ木坂中学校では、学園祭の時期だったんだ。
中学生のやるものだから食べ物系の店とかは無いんだけど、でもでも!これも一応は音ノ木の伝統なんだにゃ!
普段は生徒数の減少でちょっとだけ寂しい校内が、その日はいっぱいになるの!
来場者が目当てにしてるのは主に劇とか、数ヶ月かけて作った美術作品の展示とか、吹奏楽部の公演。
凛たちのクラスは『オズの魔法使い』の劇をやることになっていたんだにゃ。
魔法の国に迷い込んだ女の子が、ブリキさんライオンさんカカシさんと出逢って、なんやかんや最後に故郷のカンザスに帰る話。
ちなみに凛は制作グループで、出演はなし。
かよちんが小道具班に入りたいって言ってたから、それについて行く形で。
みんな凛がライオン役か魔女役をすることを期待してたみたいで、制作に立候補した時は「えぇーっ!」って驚かれちゃったけど……
────でも、まぁ。
凛は大勢の人の前で舞台に立つ事に興味はなかったし、何よりかよちんと一緒の方が良かったからね☆
凛とかよちんはスクールバッグを自分の机に置いて、後ろで固まってる子たちの中に混ざる。
凛「それじゃあ、やるにゃー」
「いや凛ちゃんはこっちでしょ。ほら早く来てー」
かよちんと混ざったグループとは別の集団の一人が手招きをする。
うっ、バレちゃったにゃ…!
「段ボール塗りつぶすのほんと大変だよー。はい、交代ね」
緑色のペンキを差し出される。
………。ああ、なんということだにゃ。
そう。なんと凛ってば、小道具班に入った初日に色々ヘマをしちゃって(衣装を変な角度で縫いつけたり小道具を壊したり。他にもたくさん…)、大道具班に飛ばされてしまんだにゃー!
もー!手先が器用じゃない凛のばかばか!
凛はかよちんに別れを告げ、ハケを握り振りかざす!
凛「えーい!やけくそニャ!ニャニャニャニャーッ!!!」
「うわ速っ!さすが!」
ぐわーって段ボールを緑に染め上げていく。何も考えずに腕を振り回すのは案外楽しかった。
なんだかんだ言いながらも、大道具班のほうが性に合ってる凛です。
凛「ニャーッ!出来たにゃ!」
「えぇ!?もう終わったの!?」
予鈴が鳴る直前には、凛の横に大量の段ボールが積み上がっていた。
エメラルドの都で使う背景のセットは、これで終わりだにゃ!
凛「かーよちん♪そっちはどう?」
仕事を終わらせて、凛は堂々とかよちんの元に駆け寄る。
小道具班のみんなは、何やら大きな紙にアルミホイルを貼り付けているところだった。
花陽「あ、凛ちゃん。これはね、ブリキさんの衣装だよ。この紙を丸めて腕や体に巻くの。もうすぐ出来上がるんだ~♪」
凛「へー。ブリキって、確か木こりの人だよね?」
花陽「うん、そうだよ。木こりのブリキ。……ん? ブリキの木こり?木こりのブリキ?」
首を傾げるかよちん。かわいいニャ。
凛「ブリキの木こりじゃないかにゃ?」
花陽「あ、だよね。ブリキの木こりさん」
凛「ブリキの木こりさん」
花陽「うんうん」
ブリキの体。
心を持たない、可哀想な人。
ブリキでできた体を想像してみた。
“ガシャーン、ガシャーン───おーい、おーい”
きっとその体は喋る言葉を反響して、鈍い音を響かせるの。
“誰かー、おーい”
満足に動くことができない体。
悲しむことも、怒ることもできないんだろうな。
だってその体には、心がないんだもん。
“キーンコーン、カーンコーン”
そんな妄想をしてるうちに、校内にチャイムが鳴り響いた。
凛「ねぇ、シロ。今日はね、かよちんが三回連続でくしゃみしたんだ」
ガラス戸のそばで転がりながら、庭にいるシロとお喋り。
流れっぱなしのテレビは天気予報をしていた。
来週から、雪が降り始めますだって。寒そう。
凛「雪が降るんだってさ、シロ」
にゃーご。
シロがあくびする。
どうでもいいからあっちへ行け。いつまで経ってもご飯を食べられにゃいじゃにゃいか、という顔だにゃ。
手を伸ばす。ぷい、と横を向いたシロには届かなかった。
ダメか……
音ノ木坂中学の学園祭もあと間近という日の放課後、隣のクラスの人に呼び出された。
用件は『学園祭が終わったあと校舎裏に来て欲しい』ということをクラスの子に伝えて欲しい、だって。
………むむむ、なんか回りくどく無いかニャ?
凛「うん。分かった。ばっちし任せておいてっ」
そう言うと、その子は顔を真っ赤にしてありがとうと頭を下げた。
緊張でたどたどしくなった足取りで、その子は立ち去っていく。
……あんまり喋ったことないけど、どうやら恥ずかしがり屋さんのようだにゃ。
凛「………、あっ」
ふと。些細なことに気が付いて。
あっ、また余計なこと考えちゃってるなって予感。
その行為を責めたいわけじゃない。
けど、ただ疑問が浮かんだんだ。
凛でも分かるくらい緊張してたあの子は、何で凛に自分の気持ちを告白したんだろう。
何で、わざわざ凛に頼んだんだろう。
凛にだったら、頼みやすかったのかな。
いかにも恋愛事に興味なさそうな凛だったから、なのかな。
どうだろう。
────ああ、でも。やっぱり
たぶん、そうなんだろうね。
こんな凛が恋愛事にちょっぴり興味があるなんて言ったら、みんな笑うのかな。
ほんとはスカートとか女の子らしい格好とかしてみたいとか思ったりしなかったりもなかったり、なんて。
みんなおかしいと思うかなぁ。
みんなから見て、凛はどういう風に映ってるのかな。
女の子っぽくない同級生?
恋心を持たない、ブリキさん?
みんなが好きなことに凛だけ興味がないなんて、そんな事ないよ。
凛だって、そういうこと気になるもん。
女の子たちに一目置かれたいなんて、思ったことない。
本当は、一緒に可愛いモノを見たり聞いたして共有したい。
凛も、女の子だもん。
・・・・
教室に向かっていると、前からかよちんが走ってきた。
凛「かよちん?」
花陽「ああ、いたぁ。はぁ、はぁ…教室に凛ちゃんがいないから、探しにきちゃったよ…」
凛「ちょっと隣のクラスの人とお話してたの。今戻るところだったんだにゃー。どうしたの?」
花陽「うん、それがね。大道具班の子たちが何人か学校に泊まることになったの。ほら、気球のセットがまだできてないから、特別に先生が認めてくれたって」
凛「ほんと?かよちんが泊まるなら凛も泊まろっかな」
花陽「そっか、私も勿論手伝うけど……あれ?なんだか凛ちゃん、元気ない?」
凛「え?」
花陽「気のせいかな……何かあったの?」
まじめな表情になるかよちん。
凛は何とも言えなくて、黙っちゃった。
まだ人もいるはずの校内は、その瞬間だけ音が無くなったみたいに静かになった。
凛「な、何でもないよ? 凛、なにかおかしかった?」
えへへ、と笑ってみせる。実際には、口の端が不自然にひくつくだけだった。
あれ、うまく笑えないや。
花陽「…………ううん。気のせいだったみたい」
凛「……早く手伝いに戻ろっか」
花陽「あ、うん。そうだね……ごめんね、何か変なこと言っちゃったかも」
凛「……ううん」
花陽「そうだ。穂乃果ちゃんがね、手伝ってくれるんだって。自分たちの方は準備が順調だからって」
凛「えっ!穂乃果ちゃんが来るの!?」
それはびっくりだにゃ!
穂乃果「ねぇ、心ってどこにあるのかな」
凛「え?」
自分の胸に手を当てながら、不思議そうにそう呟く穂乃果ちゃん。
穂乃果「心臓なのかな。それとも、頭の中?」
ほっぺに人差し指を添えて、悩みだす。
穂乃果「この絵本の中じゃ、心臓っぽいけど。どう思う花陽ちゃん?」
花陽「えぇっ?わ、私ですか…ええと、どうなんだろ…?」
かよちんも悩む。
穂乃果「うーん……」
結局、誰もその答えは知らなかった。
だから、凛はその夜。
心がどこにあるのかずっと考えていた。
ねぇねぇ。心って、どこにあるのかな。
シロが来なくなった。
最初は、姿を見せないだけかと思った。
気付かないうちにご飯を食べて帰っていくこともあったから、それが続いたのかと思ったの。
けどお母さんが、最近シロが来ないね、と呟いて。
干からびてかちかちに固まった餌を捨ててるのを、見ちゃったんだ。
凛「シロ……なんで来ないの…?」
ずんぐりむっくり動く真っ白なシロを思い出す。
凛「もうすぐ、雪が降ってきちゃうよ……」
灰色の空は、どこまでも冷たく思えた。
学園祭前夜
「やめてよ!」
短い、悲鳴のような強い声が上がった。
教室が静まり返る。
言った後で、それが自分の喉から出た声なんだと気付いた。
凛と喋っていた男子が、驚いたように目を見開く。
一瞬パニックに陥った。自分はさっき、何を考えたんだろう。
口を噤んで、後ずさる。
教室にいるたくさんのクラスメートたち。
一番後ろにいたかよちんと、目が合ってしまった。
堪らなくなって、教室を抜け出した。
廊下を歩く人たちの間をくぐり抜けて、走った。
後ろから聞こえた声を突き飛ばすように、どこまでも走って逃げた。
行くあてが無くても、凛は足を止めなかった。
凛「……っ、ぐすっ」
そのうち、視界が滲み出した。
流れていく景色がぼやけて、よく見えない。
何度も何かにぶつかりながら、よろけて体勢を崩しても、その度に足を踏ん張って走り続けた。
シロが来なくなって一週間がたった。
お母さんは何事もないように、今日もシロのエサを取り替える。
平気よ、大丈夫だから…。
何度も呟くお母さんの言葉は、一体誰に向かって言っていたんだろう。
凛は、知ってるよ。
きっとお母さんも凛と一緒なんだよね。
一度必死になってしまえば、受け入れなきゃいけないって分かってるんだ。
きっとそのうち戻ってくると信じて、いつもの日常にすがりたいんだ。
凛は、夕食を食べたあとも自分の部屋に戻らなかった。
居間から、ずっと庭を眺めていたの。
凛の悩み事をずっと聞いてくれたシロ。
結局、触らせてくれたことは数回しかなかったけれど、凛はそんなシロが大好きだった。
外は雪が降っている。ここ何日か、降り続いている。
凛は庭を見る。
雪でうっすらと白くなった地面を眺める。
ガラス戸を開けて庭に出ると、外の空気は凍えるほど冷たかった。
どこまでも真っ暗な空は、何もかもを吸い込みそうだと思った。
凛は家の中に戻った。
それから玄関を出て、自転車に乗って、雪の降る夜道を走り出した。
学園祭前夜。
凛「─────はぁ、はぁ、はぁ」
気がつけば、屋上にいた。
走って走って、辿り着いた場所だった。
凛「はぁ…はぁ……ぐすっ」
立ち止まると、涙は溢れて落ちた。
凛「うぇぇん……うぇぇん……」
一度泣いてしまうと、止まらないと予感しながら。
フェンスにぶつかり込み、そのままずるずると倒れ込む。
かよちん。
ごめんなさい、かよちん。
そのうち鼻水が垂れて、顔もくしゃくしゃになった。
痛いほど、抱いた自分の腕を握りしめた。
─────気持ち悪いと思った。
さっき教室で湧き上がった自分の感情を、凛は気持ち悪いと感じてしまった。
手渡された手紙を見て、凛は思ってはいけないことを思ってしまった。
凛は、屋上で一人、声が枯れてしまえと泣き喚いた。
次から次へと溢れでるこの感情を潰してしまいたかった。
滲んだこの視界が、いっそ見えなくなってしまえと思った。
凛は。
凛は──────
声が聞こえて、はっと顔を上げた。
扉のそばに、穂乃果ちゃんが立っていた。
穂乃果「ごめん。事情、聴いちゃったんだ」
凛「ほのか…ちゃん?」
穂乃果「はい、ハンカチ。良かったら使って?」
凛の横に腰を下ろした穂乃果ちゃんは、ポケットから取り出したハンカチを差し出してくれた。
穂乃果「本当にごめんね。私には関係のないことだって思うかもしれないけど、教えてくれるかな」
私の目を下から覗き込んで、凛の顔をじっと見つめる。
穂乃果「ラブレター、渡されたって聞いちゃった」
無言で頷く。
みんなで学園祭の準備をしている途中、凛はクラスメートの一人に話し掛けられた。
“告白に協力して欲しい”
と、その人は言った。
凛「……うぅ、…っ」
景色が歪む。また、涙が出そうだった。
その人は、その場でかよちんに告白したいと言った。
そう言って、凛に相談してきた。
かよちんのいる教室で。
凛に手伝ってほしいと言ったの。
ぶんぶんと首を横に振る。
そうじゃない。
凛は、そうじゃないの。
凛「……穂乃果ちゃん」
穂乃果「ん?」
優しく微笑みながら、凛を見るその目。
何も気負うことなく、ただ純粋に凛の話に耳を傾けていると思った。
凛「凛はね……自分のこと、あんまり好きじゃないよ」
口に出して、そう言った。
───口に出してみて、ああ、その通りだと思った。
凛は、自分のことが好きじゃない。
穂乃果「それは、何で?」
静かな声だった。
何もかもを包み込む光のような、海のような、空のような。
そんな声で、穂乃果ちゃんは凛に問いかける。
凛は、元気いっぱいで、男の子顔負けで、思ったことをすぐ行動に移せて、みんなの注目の的になることが多くて。
そんな生き方が格好良いと言われるけど。
けれど。
凛「穂乃果ちゃんは、さ」
凛は、
凛「変わりたいって、思ったことある……?」
涼しげな顔で、何事かを考えていた。
凛「今の自分に、疲れるときってない…? 違う自分に憧れて、それでも変わることのできない自分に、情けなくなることって、ないかな…」
凛はあの瞬間。
とっても、怖くなったんだ。
今までずっと一緒だったかよちんが、知らない世界に行ってしまうんじゃないかと怯えたの。
だから。
何も変わらないで欲しいと願ってしまった。
こんな自分と肩を並べていてほしいと思ってしまった。
ずっと、『格好良い』凛の横で笑っていてほしかったの。
その言葉は、とてもあっさりとしていて、けれど力強かった。
穂乃果「私はいつだって、今ここにいる私だから」
凛「凛は……」
唇が震えた。
胸が苦しくて、うまく喋れなかった。
凛「凛は……かよちんに……っ、置いていかれたく、ない……!」
それは、いつも予感していたことだった。
かよちんは会うたびに可愛くなっていく。
大人っぽくなっていって、どんどん変わっていく。
きっといつか、凛を置いていってしまうんだ。
この先、きっと何回も告白されちゃうんだよ。
その度に凛が怒ってたら、かよちんは大変だもんね。
分かってるの。きっといつか、かよちんは凛の手を離してしまうんだって。
とっても悲しい、とっても苦しいけど……
その時を想像すると、涙が出てきちゃうんだけど、仕方ないことだよね。
凛はこの気持ちを、押さえ込まなきゃいけないの。
いつまでも子供のままの凛は、変わりたいって願ったりもするけど。
でも、やっぱり……
ああ、大好きなかよちんに、迷惑は掛けなくないから。
いつか、きっと。その時が来たら。
どこまでも真っ直ぐなその目に耐えられなくなって、凛は俯いた。
穂乃果「凛ちゃん」
頭の上に、暖かい熱が広がる。
穂乃果ちゃんの手が、頭を撫でていた。
穂乃果「大丈夫だよ」
その声は優しくて、柔らかかった。
穂乃果「大丈夫。凛ちゃんも花陽ちゃんも、いつか大人になるから」
凛「ほんと…?」
穂乃果「うん。ほんと」
穂乃果「そこまでは分かんないけど…」
穂乃果ちゃんは、とても簡単なことを言うように。
穂乃果「ただ、花陽ちゃんにとって凛ちゃんは特別だから、それは難しいんじゃないかな」
凛の頭をくしゃりと撫でる。
穂乃果「大丈夫。可愛い凛ちゃんを、花陽ちゃんは絶対離したりなんかしないから」
穂乃果ちゃんが言う。
それを聞くと、今度こそ、我慢がきかなかった。
胸が苦しくて、涙が止まらなかった。
情けないくらいに、どうしようもなかった。
凛「シローっ!」
当てのないままに街を走った。
途中雪で滑りそうになっても、凛はペダルを漕ぎ続けた。
白い雪の道を走る。
どこかにシロがいることを願って。
凛「シロー!」
その鳴き声を覚えている。その顔を覚えてる。その感触を覚えている。
街灯が雪を照らしていた。
誰もいない。
凛以外、誰もいなかった。
声にならない声が吐き出される。
絞り出した声は掠れるような音だった。
凛「シロ…!」
闇雲に探しながら、凛はどこかで聞いた話を思い出していた。
“猫は寿命が近付くと、飼い主の前から消える”
凛「シロ…!」
自分が死ぬところを、飼い主に見せない。
そう誰かが言っていた。
冷たい夜風が通り過ぎる。凛はハンドルを握る手に力を込めた。
自転車のライトが道を照らす。その先にシロが見つかりますようにと祈る。
そのうちに足が震えだす。気付けば体も震えていた。
どうしよう。
どうしよう。
シロが見つからなかったら。シロがいなくなったら。シロが私の前から消えたら。
考えたくもなかった。
手の内にさらに力を込める。
この気持ちが何なのか、凛には分からなかった。
この胸の奥で昂ぶるものの正体が、凛には分からなかった。
風が凛を通り抜けていく。
不安は体の中で膨らんで、今にも破裂しそうだった。
ただ必死にシロを探したかった。
この足を止めたくなかった。
不安は、否応なしに大きくなっていく。
ああ。
空を見上げて、あの日の穂乃果ちゃんの言葉を思い出す。
─────ねぇ、心ってどこにあるのかな?
ああ、穂乃果ちゃん。
凛は思い出す。
自転車で街を走る凛。穂乃果ちゃんの声。シロを探す光。穂乃果ちゃんの問い。
穂乃果ちゃん。
きっとそれは、この熱の中にあるんだよ。
次から次へと、この胸のうちから溢れてくる抑えきれない熱が、きっと凛の心なんだよ。
息が上がり始めていた。白い息と、荒い息遣い。
聴こえるのはそれだけで、
この世界には凛だけが立っていた。
空を見上げると、満月が見えた。
ビルとビルのあいだに浮かんだ満月が、凛を照らしている。
凛は、
凛は、自転車を止めた。
にこちゃんが卒業して、絵里ちゃんが卒業して、希ちゃんが卒業した日から。
溢れ出た熱は胸を締め付けていた。
凛はずっと苦しかった。
凛は、泣き出したいほど寂しかった。
『心』が、悲鳴をあげていた。
凛は、
気がつくと、喉の奥底から声を出していた。
最初はシロの名前を。あとは言葉にならなかった。
目を閉じる。
止まらなかった。
息を吐き出すほど、凛の胸の奥で何かが膨らんでいく。
全部吐き出したいのに、その熱は無くなってはくれなかった。
目を閉じて、顔をしかめて。
握り拳に力を込めて、凛は満月の夜に叫んだ。
息が切れてなくなるまで、叫び続けた。
凛は苦しかった。
ただ自分でも分からないものがあって、抑えてたそれが飛び出してしまった。
どうしようもなく感情が昂ぶって、どうすればいいのか分からなかった。
その熱はずっと凛の胸を締め付けていた。
凛は空を見上げる。
満月は変わらずそこに、ぼんやりと浮かんでいた。
いつの間にか雪は止んでいた。
体の芯が熱い。
凛「はぁ…」
真っ白な吐息をもらす。
シロは、どこにもいなかった。
epilogue
─────屋上で、しばらく穂乃果ちゃんの胸の中で泣きじゃくった後。
凛は穂乃果ちゃんと一緒に教室に戻って、みんなに謝ったんだ。
みんなは急に飛び出していった凛のことを逆に心配してくれて。
校内を必死に走り回っていたというかよちんにいたっては、凛を見るなり号泣して抱きついてきたほどだったの。
その日は、かよちんとぎゅっと手を繋いで帰宅路を歩いた。
“ずっと、かよちんの隣にいていいかな”
そう聞くと、
“私の前からいなくならないでって”
かよちんはまた泣いて、そう言った。
凛も少し、泣いちゃった。
オズの魔法使いはすっごく盛り上がった。
ころころと転がって舞台袖に消えていく台車(気球のセット)とそれに乗るドロシーは拍手喝采で見送られた。
かよちんたちが作ったブリキの木こりさんも、心を手に入れて満足そうに観客に手を振っていたよ。
そして全部の劇が終わった後、審査員はなんと凛たちの劇を銀賞に選んでくれたんだよね。
クラスのみんなとわーっ!て喜びながら、凛はかよちんと抱き合った。
そのあと発表された金賞は、満場一致で穂乃果ちゃんのクラスの『シンデレラ』だったらしい。
ああ、そうそう。
あのね、あともう一つ。
かよちんに告白しようとしてた人は、後夜祭で改めて想いを告げ、見事に振られたんだって。
“私もそういうのは、まだよく分からないから”
だってさ。にゃふん♪
凛の日々もまた、日常に戻っていく。
凛「いつか凛も、猫ちゃんになりたいニャー♪」
庭でおっきく手を広げながら、冬の空にそう叫ぶ。
凛は目を瞑って、白いあの猫ちゃんを思い浮かべた。
たった三年の付き合いだったけど、凛はシロが大好きだったよ。
また、凛に会いに来てくれるよね。
凛「生まれ変わっても、凛を見つけてね」
応えるように、星が一つ流れた。
あの懐かしい鳴き声が、聴こえた気がしたの。
「冷めないうちに食べなさいよね!」
「はやくしないとウチが凛ちゃんのぶん貰っちゃうよ♪」
居間の方から、凛を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、みんなはもうお夕飯の準備を済ませてるようで。
凛「すぐ行くニャー♪」
今夜は九人みんなが集まったお泊まり会!
えへへ♪ ニヤけるのを止められないや。
胸に手を当てて、ぎゅっと握りしめる。
心がむずむずして、くすぐったくて、ドキドキしてる。
けど今はそれが。
その熱が、心地良くって仕方がなかった。
女の子らしくなりたいという中学生の頃の凛ちゃんの想いをスレタイにしてみました。
読んでくれてありがとうございました。
乙です
次回作も楽しみに待ってます
素晴らしかったです乙
りんぱなとお姉さんしてる穂乃果がめっちゃよかった乙乙でした
すんごい良かったすんごい好き
凛の花陽に対する思いとかの描写がよかった
>>1乙です
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