【ラブライブ!】私と蒟蒻と納豆と蜜柑
- 2020.04.08
- SS

私は私だ。
コンニャクを火にかけながら、ふと考えた。
私は私であり、私はコンニャクではない。
なぜなら、コンニャクはコンニャクであって、私ではないからだ。
ここまでの理論構成は、じつにしっかりとしていると言わざるをえない。
しかし、私が私であるとは、なんとふしぎなことだろう。
その意味では、私はじつに恵まれている。
恵まれた者は、恵まれた物と同じだけの物を、みなに配るべきだと思う。
そこでまず、私は両親の期待に応えることにした。
ピアノをたくさん弾いた。母が喜んでくれたから。
勉強をたくさんした。父が喜んでくれたから。
かわいい服を着ても、きれいに髪を梳いても、こうしてコンニャク鍋の白湯に映る私の顔は、なんともぼやけている。
湯だった鍋の中で、コンニャクが不安げに揺れている。
コンニャク、ああ、貴方はどうして……
花陽 「真姫ちゃん、先にお湯に味をつけて……」
真姫 「あ」
私たちは今の中で、文化祭のクラス企画として、おでん屋さんをしている。
私と花陽と凛は、このあとにライブを控えているということで、いちばん早い時間帯を任された。
凛 「おでんの作り方も知らないなんて、真姫ちゃんらしいにゃ」
真姫 「何よ、凛だってインスタントラーメンしか作れないくせに」
凛 「凛はかよちんから手取り足取り教えてもらっているから、いまやチクワも切れるようになったもんねー。
ほらみて!」
花陽 「凛ちゃん、チクワは縦に刻んだら駄目だよぉ!」
私は、小鍋で、その鍋に収まりきらないコンニャクを煮ている。
コンニャク係は私が志願した。
もともと料理をあまりしたことがないせいもあるけど、それよりも、なんとなく二人に遠慮してしまったのだ。
もちろん二人は、私にとてもよくしてくれる。
クラスでもアイドル部でも、もう二人との間に壁を感じることはない。
ときどき、思わず一歩身をひいてしまうのは、いつも私だ。
それでも私は、しゃぼん玉のごとき薄い膜で、私と周りの世界を区切っているみたいだ。
隣の調理台からは、二人の可愛らしいさえずりが聞こえる。
薄く濁った出汁に映る私の顔は、あたりまえだけど、さっきよりもっと茫漠としたものになってしまった。
凛 「凛はタマゴの殻むきが何にもまして得意なの。
ほらみて!」
花陽 「凛ちゃん、冷やさずに触るのは危ないよぉ!」
凛 「にゃー!」
それに、コンニャクはほかの出汁をそんなに吸うわけでもないそうだ。
だから、コンニャクは別の鍋で煮てもよいらしい。
周りと馴染まない。
寂しげに鍋のなかでゆれるコンニャクをみるにつけ、私はコンニャクにたいするえもいわれぬ親近感がわきおこるのを抑えることができない。
コンニャクは、高原でコンニャクイモから生まれた。
出自に関しては、両者は全く異なるといってよい。
しかし、私によって意識された〈寂しい客観〉としてのコンニャクと、それを意識している〈寂しい主観〉としての私は、〈寂しい〉という性質を同じくしていると言ってよいのではないか。
すると、この点において私はコンニャクであり、コンニャクは私なのだ。
先ほど思ったほど、私とコンニャクは整然と分断されてはいなかったようだ。
なんだかよくわからないが、とにかくそういうことなのだ。
花陽 「ダレカタスケテェ、凛ちゃんの手があああ」
真姫 「落ち着きなさい、花陽。
凛、ちょっと手を見せてごらんなさい。
……大丈夫、火傷はしてないから、水で冷やせばすぐ痛みはひくわ」
凛 「わーい、ありがとう、真姫ちゃん!」
花陽 「よかった……よかったよぉ、凛ちゃん」
凛 「あーあ、お湯を吐き出す凶悪なタマゴなんて、凛はもう嫌いだにゃー」
真姫 「なにを変なこと言ってるのよ、凛。
ニワトリの無精卵に人格は無いのだから、その性質を好きにも嫌いにもなるわけないでしょう」
凛 「真姫ちゃん、急にむずかしー話をされても、凛わかんないよ」
花陽 (そのわりには、真姫ちゃん、さっきからコンニャクを愛しげに見つめているけど……
みんないろいろあるんだなあ)
ようやく落ち着いた二人を後に残し、私は自分の調理台に戻った。
コンニャクはよく煮えてきた。順調である。
もう少ししたら、おいしいおでんの具として、売り物になるだろう。
コンニャクは売り物になるが、私は売り物にならない。
これは私がコンニャクでないことを証明するための重大な手がかりではないか。
コンニャクはチクワやタマゴといっしょに、串刺しにされておいしくいただかれることができるが、私はそんなふうにはされない。
お金で私を消費することはできないのだ。
もちろんスクールアイドルである以上、私の顔が映った写真や映像が出回ることはあるかもしれないが、それで私という存在がなくなるわけではない。
ビデオカメラに映った私は皆のものだが、今ここで鍋の水面に映る私、そしてほかならぬそれを見ている私自身は、私だけのものであって、ほかのだれのものにもならないのだ。
なるほど、これはおおきな違いである。
まきちゃん冴えてる、さしすせそ、である。
真姫 「ちょっとね。いまいいとこまで考えたのよ」
花陽 「真姫ちゃん、悩みがあるなら、私でよければ聞くよ?」
凛 「凛も聞くよ!」
真姫 「ありがとう。花陽、凛。あなたたちやっぱり優しいわね。
でも、別に聞いてもらうほどの悩みじゃないのよ。
ただちょっとコンニャクと私の違いを…」
凛 「これは超絶に面白そうだけど、今聞かなくてもいいやつだにゃー」
花陽 「作業が終わったら、後で聞かせてね!
(どうしよう、真姫ちゃん、やっぱり疲れてるんだ……
曲を作らせすぎたんだ……
楽音の悪魔に魂を売ってしまったんだ……)」
真姫 「大丈夫よ花陽、私は疲れてなどいないわ。
それに私の〈マッキー&コンニャク理論〉のポイントは、何があっても私は私の魂を売ることがないという点にあるのよ」
花陽 「何で心の声が聞かれちゃってるの?」
さっきまで私は、このコンニャクを自宅に持ちかえるつもりでいた。
私じしんとアイデンティティを同じくするこのコンニャクを、西木野総合病院の科学力を粋を集めて標本にし、「わたし」とラベルをつけて自分の部屋に飾るつもりでいた。
そして私は、今日をもってコンニャクを食べるのをやめるつもりでいた。
というか、カロリーゼロなのだから、もう人類はコンニャク(私)を食べるのをやめてもよいとさえ考えていた。
しかしすべては偽であった。「コンニャク=わたし」の等式は破れた。
素粒子物理学においては対称性が破れるのだが、コンニャクと私においては同一性が破れるのだ。
人類はこれからもコンニャクを食べてもよいのだ。
すると、このコンニャクをどうすべきかは、自ずと明らかである。
凛 「あれ、なに分かりきったこと言ってるの?
真姫ちゃん、最初からそのつもりでコンニャクを煮てたんでしょ?」
花陽 「凛ちゃん、そう言わないで。
真姫ちゃんは何ごとかを成しとげた顔をしてるよ」
真姫 「花陽の言うとおりよ。凛。
私は長い思索の旅を経て、再びこのコンニャクに満ちた日常へと還ってきたのよ」
花陽 (オヨヨ……
ライブが終わったら、真姫ちゃんをゆっくり休ませてあげよう)
こうして私たちは、縦に裂けたモダンなチクワと、かつてお湯を吐いた凶悪なゆで玉子と、そして私の愛しのコンニャクを串に刺し、一本五十円で販売した。
かつて私は、自分の周りに壁を作り、ただ両親の期待に応えることで自我を保ってきた。
もし晴れて両親の期待に応え、医師になることができたら、そのときはじめて、私はその壁を壊すつもりでいた。
しかしμ’sの仲間と出会い、私は彼女たちに壁を壊してもらった。
壊れた壁のあとに残ったしゃぼん玉の遮蔽膜を通して、私は何を与えることができるだろう。
しかし今の私は、その寂しさを自分とコンニャクの二つに分けて、自分はあげないままでコンニャクを誰かにあげることができる。
コンニャクをあげたあとに残った私が何になるのか、寂しさの上にどんな私が重ねられるのか、今の私にはまだ分からない。
しかし私は、自分とコンニャク以外の全てを締め出す冷たい真姫ちゃんとお別れし、コンニャクを誰かに贈ることができる真姫ちゃんになるときがきたのだ。
このささやかな心情の変化をもって、私の思春期は、終着点に至るだろう。
晴れがましくもあり、名残りおしくもある。
ありていにいえば、私は少々センチメンタルになっているみたいだ。
それでも私は、先に進むことにする。
新しい曲を弾くことにする。
壁は壊せるものだし、勇気を出せば、その先にある未来が見えるのだ。
切なさを振りきって、未来を見るために、私は今を輝くのだ。
大好きな仲間と一緒に。
だから、この切なさに名前をつけようか。
コンニャク・ハレーションと。
夢の中で描いた コンニャクのようなんだ 切なくて
時を巻き戻してみるかい?
No No No 今が最高
(作詞作曲:西木野真姫「kon-nyaku halation」より抜粋)
絵里 「ハラショー。おいしそうね。
それでは一本いただくわ」
そういって絵里は、私たちの作ったおでんを食べてくれた。
絵里「このコンニャクはとってもおいしいわ。なぜだかわからないけど、とても優しい味がする」
真姫 「デッショー。心をこめて作ったのよ」
絵里 「そしてこの練り物は、何かしら、とてもハラショーだけど。
え? これチクワなの?
穴はどこにいったの?
まあいいわ。きっと穴だけほかの人に食べられちゃったのね」
凛 「穴だけ食べるってどういうこと?」
真姫 「穴は無である以上、無が無くなったというわけのわからないことを言っている絵里は、ぜんぜんかしこくないか、極端にかしこいかのどちらかということね」
花陽 (真姫ちゃんにあとで私のおむすびあげよう)
絵里 「そして最後は、玉子ね。これもまた、ハラショーよ」
真姫 「あ、それまだ出来たてだから、気をつけ…」
絵里 「にゃー!」
私は私だ。
納豆をかきまわしながら、ふと考えた。
私は私であり、私は納豆ではない。
もちろん、私は日々変わる。
かつての泣き虫のバレリーナは、よく笑うスクールアイドルになった。
とはいえ、どれだけ変わっても、私が納豆になることはない。
ポイントは、私が人間という類に属しており、この納豆(3パック98円)が、大豆という類に属しているという点にある。
グレゴール・ザムザでもないかぎり、私は何度新しい朝を迎えても、絢瀬絵里という人間のままなのだ。
絵里 「朝起きたら、絢瀬絵里は、納豆になって…」
亜里沙「お姉ちゃん、まだ夢の中なの?」
では、人間という類の範囲内なら、私は何にでもなれるのだろうか。
そういうわけでもないみたいだ。
類の中にも、それぞれの個体が動ける限界というものがある。
その限界を越えようとすると、転んでしまう。
かつて私は、完璧なバレリーナになろうとして、ズデンドウと転んだ。
転んだままで、こんどは完璧な生徒会長になろうとしたが、これもうまくいかなかった。
ほかのひとから起こしてもらったのは、つい最近のことである。
海未から発破をかけてもらい、希から本音をひきだしてもらい、穂乃果から手をさしのべてもらった。
そしてどうにか起きあがったあとで、μ’sの皆から迎え入れててもらった。
なんと多くの気づかいを、私は彼女たちからかけてもらったことだろう。
そして、それでよかったのだとも思っている。
私は、彼女らに、おんぶにだっこしてもらうことを学んだのだ。
人はそれを見て、何と言うだろうか。
「嗚呼、悲しむべきかな。絢瀬絵里はポンコツになってしまった」と言うのだろうか。
まあそれでも、ポンコツはポンコツでよいものだ。
ひとりぼっちの完璧主義者をやめるのは痛みを伴うが、少なくとも私には、かけがえのない経験であった。
絵里 「おんぶにだっこ」
亜里沙「お姉ちゃん、ハシ止めて。カラシもいれるね!
(最近のお姉ちゃんはちょっとポンコツさんなのかな?)」
今さらくよくよ考えてもしかたないが、一つだけ確かなことがある。
完璧なバレリーナや完璧な生徒会長が世界のどこにもいないように、完璧な人間など、そもそもどこにもいないのだ。
それでも人間は、完璧な人間をめざして頑張ってしまう。
しかし、頑張りすぎると、転んで起きあがれなくなってしまう。
そう、私の最大の過ちは、おんぶにだっこしてもらうことを忘れて、一人で頑張りすぎたという点にあったのだ。
亜里沙 「お姉ちゃん、ハシ止めて。もう納豆できてるよ」
絵里 「そうよ、頑張らなくてもいいのよ」
亜里沙 「うん、だからハシを…」
文化祭が終わり、差し迫った本選に向けて、μ’sは順調に活動している。
最近は、ユニットごとの曲作りをすすめているところだ。
そうすると、しぜんと作曲の真姫の負担が増えてしまう。
前からひねくれた優しさをもった女の子ではあったが、最近は素直に皆のためになることができるようになったみたいだ。
もちろんこの変化はうれしい。しかし真姫は、私たちにおんぶにだっこすることをまだ学んではいない。
このまま彼女が私たちに何かを与えつづけて、私たちからは何も受けとってくれないのだとしたら、彼女はいつか転んでしまう。
私としては、そうなる前に、おんぶにだっこをさせてほしい。
しかし私は、真姫に何と言って手をさしのべればよいのだろう?
頑張れ、とはいいたくない。
そのなかに、マダム・ショーシャという奔放なロシア婦人がでてくる。
ショーシャさんはあのてこのてで主人公をそそのかすのだが、
彼女はしばしば、「メンシュリッヒカイト(人間性)」を、ロシア訛りのドイツ語で「メーンシュリッヒカイト」と口にする。
日本の訳者は、これを「ねーんげん性」と訳した。
けだし名訳である。まごうかたなきハラショーである。
なんでもありなのだ。ねーんげんなのだ。
完璧な人間じゃなくていい。おばあさまの故郷であるロシアの地とその大らかさに敬意を表し、わたしも「ねーんげん的」なねーんげんでありたい。
ねーんげんは、「頑張らねばならぬ」と肩ひじを張ったりしない。
「がんばらねーばならぬ」と、肩の力を抜いて、まわりのねーんげんによりかかりながら歩いてゆけばよいのである。
ねーんげん、がんばらねーばならぬ、ねーば、ねーば……
絵里 「それよ!」
亜里沙「お姉ちゃん、お願いだからもうハシを止めて!
納豆がねばねばになりすぎちゃってるよ!」
真姫 「どうぞ」
絵里 「こんにちは、真姫。お邪魔するわね」
真姫 「あら、絵里じゃない、もしかしてもう歌詞ができたの?」
絵里 「まだ完成はしてないけど、はじめのところだけできたから、見てほしいの。
早いほうがいいと思って」
真姫 「ありがとう!
悪いわね、昨日の夜に急にお願いをしてしまって」
絵里 「真姫が謝ることじゃないわ。にこの歌詞だけじゃ不安になっちゃったんでしょう?」
真姫 「そうなのよ。
昨日、歌詞を担当するはずだったにこちゃんから草案を受け取ったんだけど……
それを見て、どうしたらいいかわからなくなって、とりあえず絵里からも案を出してもらおうと思ったの」
絵里 「二つの案を出した上で話し合おうというわけね。ハラショーよ。
それではまず、にこの作ったものから見ましょう」
真姫 「ええ。ちなみににこちゃんは、アイドル研究部長として定例会議があるみたいだから、少し遅れるそうよ。
ではこれを見て」
にこにーにこちゃん
にこにーにこちゃん
にこにーにこちゃん
てれやのまきちゃん
にこにーにこちゃん
にこにーにこちゃん
にこにーにこちゃん
にこにーにこちゃん
かしこいえりちゃん
にこにーにこちゃん
絵里 「これは…」
真姫 「〈いちめんのなのはな〉というフレーズが詩の九割以上を占める山村暮鳥のかの名作『風景 純銀もざいく』」に対する安直なオマージュよ。
山村先生にごめんなさいをしないといけないわ」
真姫 「それよ。
本人は自分の信じるメッセージであるところの〈にこにーにこちゃん〉を全力で込めたつもりでいるの。
だからにこちゃんとしては、全然ふざけてなくて、むしろ真剣なの。
それで私も無碍に突き返すわけにはいかなくて…」
絵里 「にこ、非常事態には頼れる姿を見せてくれるのにね」
真姫 「ただ一つの信念を守ることだけに全力を注いでいる人間というのは、いざというときには頼りになるけど、ふだんはアホの子なのよ。
まあ私はそんなアホなにこちゃんも嫌いじゃないけど」
絵里 「いずれにせよ、確かにこれだけでは不安ね。
では今度は、私の歌詞を見てもらおうかしら」
真姫 「楽しみね」
絵里 「まだほんのアタマしかできてないのよ。それになんだか、照れるわね」
がんばらねばならぬ
=あきらめてはならぬ
=never give up
ゆえに、
がんばらねばならぬ=never give up
すると、
がんばらねーばねーばねばぎぶあぷ
なーなななーななーりたいな
真姫 「これは……」
絵里 「なかなかハラショーだと思わない?」
それに証明だとしても、あらゆる意味で破綻しているわ」
絵里 「そうかしら?
私はこれを思いついたとき、えもいわれぬハラッセオな気持ちがわき起こるのを抑えることができなかったけど」
真姫 「ちなみに、あまり聞きたくないけど、いつ思いついたの」
絵里 「朝、亜里沙といっしょに三色納豆を作っているときよ。
そのとき亜里沙は私にこう言ったの。
お姉ちゃん、納豆がねばねばに……」
真姫 「やめて!
もうわかったからそれ以上言わないで!」
真姫 「できてないわよ!
リリーホワイトとプランタンはもう素晴らしい歌詞を出してくれたけどね!
3年生がふたりもいるうちのユニットは、どうしてこうなるのよ!」
絵里 「まあまあ」
真姫 「絵里、あなたほどの人が昨日何も考えなかったとは思えないわ。
もう少しまともな案もあるんでしょ?」
絵里 「たしかに、昨日も私はいろいろと書いてみたわ」
真姫 「よかった……早くそっちを見せてよ」
絵里 「ここにはないの。
朝起きてノートを見たら、何だか恥ずかしくなっちゃったから、火にくべたわ」
真姫 「うぇぇ…」
絵里 「夜に書いた力作が、朝起きると正視に耐えないものになるのはなぜなのかしら?」
真姫 「知らんがな」
真姫 「かつて何百人もの酔っぱらいが思いついたであろう駄洒落で、従来の通説をひっくり返そうなんて思わないことね。
というか今さらかしこいふりしても無駄よ」
絵里 「でも、ほかの証拠もあるのよ。〈なまえ〉と〈name〉とか」
真姫 「はいはい。私も中学生のころ、おんなじこと思いついて、面白いなって思ったものよ。
ていうかそんなことはどうでもいいのよ……」
絵里 「あら、真姫がこんなお茶目なことを考えるなんて以外ね。
名前は英語で〈ナメー〉かよ!なんつって」
真姫 「絵里、私はあなたが最近ポンコツになってるのは、場を和ませるためのオトボケだと思ってたのよ。
ほんとのあなたは、かしこいままなんだって信じてたわ。
でもそれは間違いだったみたい。
あなた、モノホンのアホになっちゃったのね」
絵里 「オトボケ坂学院…」
真姫 (ダメだこりゃ)
真姫 「神田でその発言をするなんて、度胸あるじゃない。
江戸っ子だって英語はできるし、そもそも話、戻ってないわよ」
絵里 「たしかに真姫の言うとおりね。
江戸っ子といえばべらんめえ口調だけど、あの〈ら〉の発音は、ほかのどの日本人にもまして英語の〈r〉だと言えるものね」
真姫 (どうしよう、軌道修正できない)
絵里 「そうそう、亜里沙ったら、ハラショーって言うのが私よりずっとうまくて、〈ハルァショー〉って、こうなるわけね。
そうすると私は、どうしても亜里沙のべらんめえ口調が見てみたくなるのよ。
だから晩ごはんをたべたあと、私は亜里沙に、上級日本語教材として『男はつらいよ』を見せてあげるの。
それで、そのあとお風呂に一緒に入って、亜里沙に寅さんの真似をしてもらうわけ」
真姫 「亜里沙ちゃんを巻きこまないで!」
絵里 「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。
帝釈天で産湯使いました。
根っからの江戸っ子、姓名の儀は車寅次郎……
てなもんで、次のスピーチは抱腹絶倒のものにする用意ができてるのよ」
真姫 「亜里沙ちゃんに『スピーチがつまらん』と言われたこと、すごくショックだったのね……」
真姫 「ええ、喉も乾くわよ、これだけ大声出させられたら
……ていうか誰のせいだと思ってるの?
いーい? 私はすっごく急がしいの!
あなたのしょーもないおしゃべりにこれ以上付き合う道理はないわ!
作曲、作曲、作曲で、疲れてるの!
プレッシャーかかってるのよ?
だから……だから、少しくらい私の言うこと聞いてよ!」
絵里 「やっと口にしてくれたわね」
私がおんぶやだっこをしようとしても、一人で歩けると言って強がるだろう。
そのくせ自分は、ピアノにかじりついて、皆のために頑張ろうとするのだ。
だから私は、彼女の方から甘えてくるまで、彼女にちょっかいを出しづつけることにした。
これから彼女は、少しずつ、サンタさんだけではなく、地上にいる私たちにもお願いすることを学んでくれるにちがいない。
彼女を不必要に苛立たせなかっただろうか。
誰も信じてはくれまいが、私は彼女を王侯貴族のように慎重にもてなしたつもりだ。
自分がかつて転んだことはいいとしても、私は彼女には転んでほしくない。
あるいは、転んでも平気なくらい丈夫になるまで、私は彼女のそばにいたいのだ。
ポンコツで気のおけない、ただ彼女より二年ほど早く生まれたにすぎない、ただの「ねーんげん」として。
真姫 「なによそれ…」
絵里 「あの冒頭部分は、そうね、個人的にあなたに見せたかっただけのものだから、焼き芋の包み紙とかにしてもらって構わないわ。
はい、これノート」
真姫 「まったくもう、ノートの詞のほうはけっこうカッチリ作詞してるし……
最初からこれを見せなさいよね」
絵里 「あら、でも前置きのほうも、けっこう面白かったでしょう?
がんばらねーばねーばねばぎぶあぷ、てね」
真姫が少しいたずらっぽく微笑んだ。
真姫 「そうそう、絵里、今日は私の言うこと聞いてくれるのよね。
じゃあまずは、私のノドをかわかせたおわびに、お茶をおごってもらおうかしら」
絵里 「何なりと私をパシらせてください、プリンセス・まきちゃん。
ご注文は何になさいますか?」
真姫 「砂糖のどっさり入ったレモンティーをいただくわ」
絵里 「レモンティー!」
自販機「ヘイ ラッシャイ」
絵里 「でた!
取り出し口はここね!」
自販機「アツイカラー」
絵里 「サマー、デー!」
自販機「エリチャン、アツイカラ、キヲツケテ……
アー、イワンコッチャナイ」
絵里 「にゃー!」
私は私だ。
みかんの皮をむきながら、ふと考えた。
私は私であり、私はみかんではない。
あくまで私は私であり、みかんはみかんなのだ。
むずかしいことを考えるのは得意じゃないけど、これはまあ私にも飲みこめる理屈だ。
にこ 「待っててね、もうすぐ皮をむきおわるから」
今もそうだ。私の考えはあてどもなく進む。
「私は私である」ということと、「みかんはみかんである」ということは、同じレベルのことなのだろうか。
字面だけ見れば確かにそうだ。
「私は私である」という文の「私」という字を「みかん」という字に置き換えれば、「みかんはみかんである」という文ができる。
すると、二つの文は、「○○は○○である」という同じ形式をもった、いわば同じレベルの文であるように見える。
でも、実際に二つの文を口に出してみると、どうだろう。
にこ 「私は私……である」
虎太郎「わたし?」
にこ 「みかんはみかんである」
虎太郎「みかん?」
「私は私である」と言うとき、私はすこしためらった。
つまり私は、「私は私」まで言ったあとで、〈私〉は〈私〉なのか? と一瞬ためらい、「そーだ」と確信し、「である」と口にしたのだ。
これに対し、「みかんはみかんである」と言うとき、私はぜんぜんためらわなかった。
みかんはみかんだ。あたりまえのことだ。
そうじゃなかったら、私はみかんの皮をむきながら、「ほんとーにみかんはみかんなのか?」と問いつづけ、いつまでたっても虎太郎にみかんをあげることができなくなっちゃうだろう。
にこ 「はい、むけたわよ」
虎太郎「おいしー」
むずかしいことは考えられないけど、なんとなく分かる気がする。
みかんはこたつの上にのっている。
だからそれを見て、「みかんはみかんだなあ」とすんなり納得することができる。
しかし、こたつの上のみかんを見るのとおなじしかたで、私は私を見ることができない。
もちろん、私がいつも持ち歩いている手鏡を見れば、鏡に映る私の顔が見える。
でも、鏡に映った私と、それを見ている私は、同じ私でありながら、互いにほんの少しズレているのだ。
このズレを意識してしまうと、さっきみたいなためらいが、ほんのちょっぴり出てきちゃうのだろう。
では、ためらいを振りきって「私は私である」とすんなり言うためには、どうすればよいのだろう。
カンタンなことである。
魔法の言葉、「にこにこにー」を唱えればよいのである。
これでなにもかもうまくいく。
なぜかは私にもよくわからないが、ムズカしーことはこの際どうでもよいではないか。
あーあ。ガラにもなくヘンなことを考えてしまった。にこにこにー。
ここあ「かくれんぼ、しよう!」
虎太郎「にこにーも、かくれんぼ」
にこ 「虎太郎、ごめんね。
にこにーは今日はかくれんぼできないの。
これからお友達が遊びにくるから」
呼び鈴が鳴った。
真姫が来たようだ。
真姫 「お邪魔するわね」
にこ 「まあ遠慮しないで、入って入って。
ここでする? それともにこの部屋でする?」
真姫 「こたつに入りたいから、ここがいいわ。
それにしても、まだ秋口なのに、ずいぶん早くこたつを出すのね」
にこ 「好きなことは我慢しないというのが、家の方針なのよ。
ちょっと待っててね、いまお茶淹れるから。
紅茶と緑茶とコーヒーがあるけど」
真姫 「ありがとう。こたつだし、緑茶をいただいてもいいかしら」
にこ 「了解、食べるものは……
あ、ごめん。あんたみかん嫌いだったわね。
いま別のお菓子を持ってくるわ」
確かに私はみかんが苦手だけど、食べられないってわけじゃないのよ。
だからおかまいなく」
にこ 「そうなの?
まーでも、昨日ことりからもらったおやつがあるから、これも置いとくわね。
それとこれお茶。熱いから気をつけて」
真姫 「ありがと。さすがにこちゃんね。おかげで『にゃー!』て言わずに済むわ」
にこ 「それ昨日も絵里が叫んでたわね。
レモンティー飲むときに」
真姫 「『ふーふーしなさい』とか、『ホット商品にむやみに手を伸ばさないで』とか、私たちもいろいろ助言してはいるんだけどね……
まあいいわ。ことりのおやつ食べよ」
真姫 「うーん。ときどきすっぱいのに当たるからとか、手が黄色くなるからとか、いろいろ理由はあるけど。
いちばんの理由は、私が小学校に入りたてのころ、ピアノの練習をしていたときにまでさかのぼるわ」
にこ 「悲しい思い出なら、べつに話さなくてもいいわよ」
真姫 「いや別に、たいした話じゃないのよ?
ほら、楽曲には4分の4拍子とか、8分の6拍子とか、いろいろあるでしょ。
あれが小さい頃の私には理解できなかったのよ。まだ分数も習ってなかったし。
そしたらピアノの前で、ママがみかんを使って説明してくれたわけ。
このみかんをよっつに分けるとこうなって、やっつに分けるとこうなって…てね。
すごく優しく説明してくれた。
でもあのときの私には、それも理解できなかった」
にこ 「様子が目に浮かぶようね……それでどうなったの」
真姫 「泣いたわ。
優しいママにも、楽しいピアノにも、おいしいみかんにも不満はなかった。
世界はすべてキレイなのに、そこにうまくなじめない自分が情けなくて、泣いたのよ。
そうすると、ママは慰めてくれるわけ。『ゴメンね、まだ難しかったわね、真姫ちゃんは悪くないのよ』って。
そうすると、そんなふうに慰められてる自分がさらに情けなくなって、さらに泣いて…」
にこ 「大丈夫よ真姫ちゃん!にこなんていまだによく分かってないんだから!だから悲しまないで!」
今はちゃんと意味分かってるわよ。作曲者なんだから。
ていうかあんたはそろそろ理解しなさいよ……
まあそういうわけで、みかんの香りがするとそのときのことを思い出しちゃうから、ふだんはあんまりみかん食べないようにしてるってだけのことよ。
さて、それはそれとして、そろそろ本題に入りましょう」
にこ 「『にこにーにこちゃん』の話ね」
真姫 「そう。『にこにーにこちゃん』の話よ…なんだかこんなふうに言うとアホみたいね」
にこ 「ぬぁんでよ!」
真姫 「とはいえ、私はあなたの作詞した歌『にこにーにこちゃん』を、どういうわけか気に入ってるのよ。
だからこそ今日は、この曲をあなたにソロ曲として提供するために、こうして相談に来たんじゃない」
にこ 「そうね。ユニット曲の作曲が終わったあとすぐに私のために曲を作ってくれるなんて、感謝してもしきれないわ。
それで相談というのは何?」
でもね、にこちゃん。
私にはまだ、あなたの歌詞の大半を占める、この「にこにーにこちゃん」というフレーズがイミワカンナイのよ」
にこ 「あら真姫、あんた勉強はよくできるのに、こんなカンタンなことがわかんないの?
ちゃんちゃらおかしいわ。
〈にこにーにこちゃん〉の意味は、〈にこにーにこちゃん〉に決まってるじゃない。
〈にこにーにこちゃん〉は、まさに〈にこにーにこちゃん〉なのよ」
真姫 「ねえにこちゃん。同語反復っていうのは、長い思索の終点においてはじめて深遠な意味をもつようになるの。
だからアタマのカラッポなあなたが同じ言葉を繰り返しても、何の説明にもならないのよ」
にこ 「アタマがカラッポとは失礼ね!
ふん、そんならいいわよ、私だって〈にこにーにこちゃん〉のイミワカンナイわよ!
でもこれは笑顔になるための呪文なんだから、それでいいのよ」
でもまあ確かににこちゃんの言うことにも一理あるわ。
幼いころから信じている魔法の言葉を分析するなど、無粋なことかもしれない。
でも私は、作曲者として、理屈の届くところまできちんと考えないと、理屈をこえた音楽の世界には至れないと、こう考えるわけなのよ。
だからこの機会に、〈にこにーにこちゃん〉の意味を二人で徹底的に考えてみたいの」
にこ 「そこまで言うなら、分かったわよ。やってやろうじゃない。
このチラシの裏に書いていきましょう」
真姫は胸ポケットから鉛筆を取り出し、紙片に次のように書きつけた。
真姫 「これだけだは要領を得ないわ。
まずは、文節に区切る必要があるようね。
さあ教えてにこちゃん、この文字列をどういうふうに区切ればいいのか」
にこ 「えー、にこは、むずかしいことよくわかんないけど。
まーでも、〈にこにー〉と〈にこちゃん〉の間には区切りがあるのかな?」
では、〈にこにー〉のほうはどうかしら。
〈にこ〉は、にこちゃんあるいは笑顔を表すことができる語ね。
いずれにしても、品詞としては名詞に分類されるわ。
問題は〈にこ〉と〈にー〉の結びつきよ。
〈にー〉っていうのは、〈にこちゃん〉における〈ちゃん〉と同じように、相手への親しみを表す接尾語なのかしら?」
にこ 「うーん。〈にー〉は〈ちゃん〉とはちょっと違う気がするの。
なんていうか、にこ、というステキなことばを口にすると、胸がカーって熱くなって、カンゲキしちゃって、思わず〈にー〉って声がでちゃう。そんなかんじよ」
でも今ので分かったわ。
つまり、〈にー〉っていうのは、感激を表す言葉で、〈ああ〉とか〈おお〉みたいなもんなのね。
それは品詞としては、感動詞に分類されるわ。」
にこ 「キャー、真姫ちゃん、知性あふれてるぅー」
真姫 「しょーもない揚げ足取りをするヒマがあったら、もうすこしアタマをつかってよね。
まあいいわ、つまり文節に区切るとこうなるわけよ」
にこにーにこちゃん
=にこ(名詞)+にー(感動詞)+にこちゃん(名詞)
真姫 「次は、この中から言い換え可能な語を探しましょう。
わかりやすく言い換えることで、思わぬ構造が見えてくるかもしれないわ」
にこ 「うーん……
おおお、ひらめいたわ!
〈にこちゃん〉っていうのは〈にこ〉のことね!」
でもにこちゃんにしては冴えてるわね。
固有名詞に接尾語を補っても、指示対象が変わるわけではないわ。
〈にこ〉って呼んでも、〈にこちゃん〉って呼んでも、にこちゃんはにこちゃんなのよ」
にこ 「ロシアふうに言うと、絵里っていう言葉とエリーチカっていう言葉が同じ子を指してるっていうことね」
真姫 「そのとおりよ。分かってくれて嬉しいわ。
そうすると、ここでは〈にこちゃん〉をより簡潔な〈にこ〉で置き換えても差し支えなさそうね。
さらに、この文を構成する各文節には、名詞と感動詞しか含まれていないわ。
そういう文においては、文節の順番を入れ替えても意味は変わらないと言ってよさそうね」
にこ 「〈おーい、真姫ちゃん〉っていうのと、〈真姫ちゃん、おーい〉っていうのが同じ意味をもつということね」
真姫 「いい例ね。つまりはそういうことよ。
だから私たちは、これらの文節の順番を好きに入れ替えていいってわけ」
にこにーにこちゃん
=にこ+にー+にこちゃん
=にこ+にー+にこ
=にこ+にこ+にー
=にこにこにー
真姫 「これは……」
にこ 「ねえ真姫、私たちスゴいことに気づいちゃったんじゃないかしら」
真姫 「〈にこにーにこちゃん〉は、つまり〈にこにこにー〉であったということね。
さすがのマッキーも、驚きを隠せないわ」
真姫 「いや、よりシンプルな形に言い換えることによって考察が容易になるという点において、私たちは前進しているわ。
そこで次に考えるべきことは、意味を帰ることなく、これらの文節に何かを補えないかっていうことよ。
順番に考えましょう。
まず、一つめの〈にこ〉と二つめの〈にこ〉の間には何を補えばいいの?」
にこ 「うーん、〈にこ〉は〈にこ〉ってことかなあ」
真姫 「じゃあ、二つ目の〈にこ〉と〈にー〉の間は?」
にこ 「〈にこはにこだ〉って言うのが一番すんなりくるかなあ」
真姫 「なるほど。そうすると、〈にー〉って感動詞は、もはやそれだけで独立した文をなすと考えるべきね。
つまりこういうことよ」
にこにーにこちゃん
=にこにこにー
=にこ(は)にこ(だ。)にー。
にこ 「なるほど」
あらためて訊くけど、〈にこ〉っていうのは何のこと?」
にこ 「にこは私よ」
真姫 「じゃあ、〈私〉って書き換えてもいいのね?」
にこ 「うーん、ちょっと堅苦しいかんじがするけど、まあいいわ」
〈ああ〉とか〈おお〉に翻訳していいの?」
にこ 「えー、それじゃ可愛くない」
真姫 「じゃあなんて言えばいいのよ。そもそもなんで〈にー〉って言うわけ?」
にこ 「さっきも説明したでしょ。胸が熱くなって、言わずにはいられないのよ」
真姫 「そりゃ、最初はそうかもしれないわ。
でも口に出してるうちに、何かそこに意図をこめるようになるんじゃないの?
たとえば、史上はじめて〈ウヒョー〉って言った人は、思わずそれを口に出しただけかもしれない。
でも現代の私たちは、軽い驚きや喜びみたいな気もちを表現するために、相槌として〈ウヒョー〉と言うこともできるわけ」
にこ 「へー。真姫ちゃん、〈ウヒョー〉って言うんだ」
真姫 「もののたとえよ!
私はそんなこと言わないもん!」
ねえ真姫、にこは、あんたが来る前に、ちょっと考えてたの。
鏡を見てる私と、見られてる私には、なにかズレがあるんじゃないかって。
だから〈私は私だ〉って言うのは、〈みかんはみかんだ〉って言うのと違って、ほんの少しだけ、ためらいを振りきる勇気がいるんじゃないかって。
そのときにこは、ためらいを振りきるための魔法の言葉は〈にこにこにー〉だなって思ったのよ。
今なら、自分がどうしてそう思ったのか分かる気がするわ。
つまり、〈にー〉には、喜びとか勇気づけとか、そういう気もちが込もってるのよ」
真姫 「にこちゃんのくせに、ずいぶん含蓄深いこと言うのね」
にこ 「ガンチクブカイ?
何それ、ハラショーの仲間か何か?
それはそれとして、真姫、あんた〈愛してる〉って言ったあとにはなんて言う?」
真姫 「ばんざーい!」
にこ 「あんた、普段は照れ屋だけど、この言葉よっぽど好きなのね…
でもこれで分かったでしょ。
〈にー〉は、いわば〈ばんざーい〉なのよ」
にこにーにこちゃん
=にこにこにー
=にこはにこだ。にー。
=私は私だ。ばんざーい。
真姫 「それ、いま重要なことなの?」
にこ 「どんなときでも大事なことよ。
メールでも、句読点だけで区切ると何だか素っ気ない感じがして、絵文字とか使っちゃったりするでしょ。
それと同じよ。デコレーションが必要なのよ。
だから、ちょっと付け足してあげる」
にこにーにこちゃん
=にこにこにー
=にこはにこだ。にー。
=私は私だ♪ ばんざーい♡
にこ 「もー。真姫ちゃんがゴチャゴチャ考えるから、にこ疲れちゃった。
でもこれで完成ね」
真姫 「ねえにこちゃん、私、文化祭のとき、コンニャク鍋の前でふと思ったの。
〈私は私だ〉って。
あれからエリーとにこちゃんとおしゃべりしたおかげで、いろんなことが分かったわ。
それで結局、ぐるっと回って、同じところに帰ってきたのね」
にこ 「そうなの?
でも最初のころとは、ずいぶん違って見えると思わない?
〈ばんざーい〉って言えるし、デコレーションもついてるし。
そうだ真姫、みかん食べる?私が皮むいてあげる」
真姫 「……」
みかんの前で、自分が情けなくて、泣いたって。
たぶん小さな真姫ちゃんは、なんでも分かると思ってる自分から見て、拍子の違いが分からない自分が情けなくて、泣いちゃったのね。
でも、ほんとは、そのときの真姫ちゃんは、しくしく泣くんじゃなくて、にこにこ笑って、拍子の違いが分からない自分を受けいれるべきだったのよ。
それでいいんだ。私は私だ♪ばんざーい♡ってね」
真姫 「……」
にこ 「ねえ真姫ちゃん、いまでもまだ、自分のことを情けなく思っちゃうこと、ある?」
真姫 「……」
にこ 「そんなときは、魔法の言葉を唱えれば解決よ。
魔法の言葉は、何ていうんだっけ?」
真姫が私の目を見つめて、はずかしそうに笑って、口を開いた。
真姫 「にっこにっこにー」
真姫 「どうしたの?」
にこ 「まだ、食べなくていいわ」
真姫 「あれ、どうして?」
にこ 「そんなに、焦らなくていいのよ。
情けない自分と、少しずつ、お近づきになればいいのよ」
真姫 「そうなの?」
にこ 「そうなのよ。
だから今は、私が、代わりに、みかん食べてあげるね」
真姫 「うん」
私がみかんを食べていると、真姫が心配そうに訊いてきた。
真姫 「おいしい?」
「ありがとう」
「どうしてお礼言うの?」
「私の代わりに、私のこと、好きになってくれて」
「大丈夫よ」
「どうして?」
「みんな、あなたのこと……」
「私のこと?」
「愛してる」
「ばんざーい」
にこ 「ねーねー絵里、昨日ちょっとおめでたいことがあったから、今日はパーッとやりましょう」
絵里 「何があったの?」
にこ 「私がこの冬に、手がめっちゃ黄色くなるまで真姫ちゃんの代わりにみかんを食べることになったのよ」
絵里 「何ともすばらしい話ね!」
にこ 「それで今日はこのあと、一緒に甘いものでも食べに行こうって真姫と話してたの。
どう?」
絵里 「そういうハラショーなイベントには、もちろん私も行くわ」
真姫 「あなた最近、ハラショーって言い過ぎよ……
それはともかく、私の心境の変化は、絵里のおかげでもあるの。
だから、この前の作詞の相談のときには言いそびれていたんだけど……
絵里、ありがとう」
絵里 「ウヒョー」
にこ 「もうちょっと可愛く喜びなさいよ!ハラショーのほうがまだましよ!」
店員 「パフェは、こちらの蒟蒻パフェと納豆パフェと蜜柑パフェがございますが……
どれになさいますか?」
真姫 「私は蒟蒻」
絵里 「私は納豆」
にこ 「私は蜜柑」
絵里 「あ……それから私はこの今川焼も追加でお願いします」
にこ 「不用意に触っちゃだめよ」
真姫 「ふーふーしてから食べるのよ」
絵里 「ふふふ、よしてよ、二人とも。
いくら私といえども、三度目の正直よ。
もう私は、熱い食べ物を口にして『にゃー』と言ったりしないわ」
絵里 「ありがとうございます。
ウヒョー、この今川焼、本で見たことある!」
にこ 「不用意に触っちゃだめよ!」
真姫 「ふーふーしてから食べるのよ!」
絵里 「小さいころに図鑑で読んで以来、ずっと憧れていたの。
夢の中で描いた、絵のようなんだ、切なくて」
真姫 「時を巻き戻してみるかい?」
にこ 「No No No 今が最高」
絵里 「だって、今川……にゃー!」
おわり
素晴らしい
そしてひふみんを思い出した
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