【ラブライブ!】ことり「刑事なことりと、怪盗エリーチカ」
- 2020.04.13
- SS

真面目な二人の物語――――――
1度目 ―遭遇―
都内某所ビル屋上 23:00
ことり「待ちなさい!怪盗エリーチカ!」
絵里「…!」
ようやく追い詰めた怪盗さんの、綺麗なブロンドの髪が揺れる。
ことり「もう逃がしません!」
ようやく口を開いた怪盗さんの声は、呟くように…それでいて、サイレンの喧騒の中でもハッキリと聞こえてきた。
絵里「警察は全員騙せたと思っていたんだけど」
怪盗さんがこっちを向く。顔を覚えようと目を凝らしても、周りが暗くてよく見えない。
ことり「私たちはそんなに甘くありません!」
絵里「そう?そういう割には、あなた一人しか来てないみたいだけど?」
ことり「と、とにかく、あなたはここで逮捕します…!」
怪盗さんがくすくす笑う。と、その時、雲の切れ間から月明かりがさして、その表情がよく見えてーー
絵里「警察に顔を見せたのはこれが初めてだわ」
その綺麗な顔に、私は…
絵里「じゃあね、可愛い刑事さん」
怪盗さんがおもむろにビルから飛び降りる。そこでハッと我に返り、階下を覗く。
ことり「…いない…」
やっとの思いで怪盗エリーチカを追い詰めたのに、こんな簡単に逃がしてしまったーー
でも、それよりも私は、自分の中のおぼつかない感情にとまどっていた。
私は今、怪盗さんの綺麗な素顔に…すっかり見惚れてしまっていた。
翌日 音乃木坂警察署 10:00
海未「本当なのですかことり?怪盗エリーチカの素顔を見たというのは」
ことり「うん、でもごめんね、あとちょっとの所まで追い詰めたんだけど…逃げられちゃって」
海未「いえ、そんな…私達なんてすっかり偽の情報に踊らされてしまって」
真姫「本当、やられたわ…このエリートの私がまるで見当違いの方向を探してたなんて」
海未「結局、昨日怪盗エリーチカに遭遇できたのはことりだけだったのですから」
海未ちゃんと真姫ちゃん…同じ警察署の仲間で、私なんかよりよっぽど優秀な二人に褒められちゃうと、何だか少し落ち着かない。
ことり「うん、もちろんそれは考えなきゃいけないけど…怪盗さんが言ってたんだ、『警察に素顔を見せたのは初めてだ』って…」
海未「怪盗エリーチカと話したのですか!?」
ことり「あっ、でもほんのちょっとだけだけど…」
真姫「何言ってるのよ、大手柄じゃない!怪盗エリーチカが現れるようになってから3ヵ月、未だにほとんど手掛かりが掴めてないんだから」
海未「そのせいで警察はずっと大忙し…私達3人など、もう怪盗追跡専門チームのように扱われてしまっていますし」
ことり「あはは…」
海未「それで、どんな人だったのですか?」
ことり「えっ?」
真姫「えっ、じゃないわよ。怪盗エリーチカ!世間を騒がせてる愉快犯さんは一体どんな奴だったわけ?」
ことり「どんな人…」
そこで改めて、昨日の記憶に意識を向ける。
なんでだろう、あの人の事を思い出すと、不思議と頭がぼーっとするような…
ことり「…怪盗、エリーチカ」
海未「…ことり?」
ことり「……綺麗な人、だったなぁ…」
にこ「こらっ!花陽!!起きなさい!いつまでも寝てんじゃないわよ!」
花陽「うーん…まだ眠いよぅ…ちょっとだけ寝かせて…」
にこ「アンタ今日出社してからずっと寝てんじゃない!?仕事する気あんの!?」
花陽「うぅ~ん…」
凛「まぁまぁにこちゃん、その分凛が働くにゃ」
にこ「アンタは寝坊して今盛大に遅刻してきたんでしょうが!」
凛「にゃぁ~…」
凛「そんなこと言ったって~」
花陽「眠いよぅ~…」
凛「っていうか、そもそも昨日その怪盗エリーチカを追いかけて徹夜してたから今日こんなに眠いんじゃん!」
花陽「ん~…」
にこ「甘ったれるんじゃないわよ!ウチみたいな社員三人の弱小サイトが生き残って行くにはねぇ、一発世間を騒がせてる怪盗エリーチカのスキャンダルを掴むしかないでしょ!」
凛「結局何も情報掴めなかったけどにゃ」
にこ「ぐっ…」
にこ「しょっ、しょうがないでしょ!警察だって全然捕まえられないような奴なんだから!」
凛「だから凛たちじゃスクープなんて無理なんだって」
にこ「あのねぇ、私達のサイトがどれだけ人気無いか知ってるでしょ!?このままじゃ潰れるわよ!?いいの?アンタ達路頭に迷うことになっても」
凛「凛はかよちんといっしょに居られるなら何でもいいにゃ」
花陽「ん~…」
にこ「くっ、どこまでも働く気の無いやつら……いいわ、見てなさい!にこは絶対怪盗エリーチカのスキャンダルを手に入れて、人気サイトにのし上がってやるんだから!」
にこ「だからそれを探すのよ!ほら花陽!いい加減起きなさい!」
花陽「う、うぅ~ん………あ、あれ…?パソコンにメールが入ってる……え、ええ~っ!?」
にこ「どうしたの!?」
花陽「大変です!怪盗エリーチカが早くも次の予告状を出したって、あちこちのマスコミが速報で報じてます!」
にこ「なっ、にことしたことが出遅れた…!?まさかこんなに早く次の動きがあるなんて」
にこ「…って、なんでうちにはその予告状が届いてないのよ!!」
花陽「それは、弱小すぎて無視されてるだけなんじゃ…」
にこ「くぅぅ~…今に見てなさいよ、怪盗エリーチカ!!」
海未「そろそろですね、怪盗エリーチカがやってくるというのは」
真姫「予告状の内容が正しければ、ね」
海未「『一週間後、百貨店11F VIPルームにて収蔵されているティアラを頂きに参上する。』でしたか」
神田にある有名な百貨店のVIPルームで、私は海未ちゃん、真姫ちゃんと一緒に怪盗エリーチカを待ち構えていた。
もちろん部屋の外やお店の外にもたくさんの警官が出動していて、あたりは物々しい雰囲気に包まれている。
海未「確かに、できれば来ないでくれるとありがたいのですが」
ことり「来るよ」
海未「ことり?」
ことり「多分、来る…怪盗エリーチカは予告状で嘘をついたことはないし」
海未「そうですね…まぁ、怪盗を捕まえるのが私たちの仕事ですし、来るというなら今日こそ逃がしはしません」
ことり「秘策?」
真姫「秘密よ。あなた達が変装した怪盗エリーチカかもしれないでしょ?」
海未「真姫、滅多なことを言わないでください…変装されて潜り込まれることを厳重に警戒した結果、部屋の中でティアラを見張るのは私達3人だけになったのですから」
真姫「わかってるわよ、今までさんざんあの変装術にやられてきたんだから…。まったく、最新の科学技術でも見破れない変装って、意味わかんない!」
と、その時、部屋の空気が一変する。
音もなく、気配もなく。でも、確実に。
胸の内を撫でられるような、静かに威圧される感覚。
それはきっと、怪盗さんがやってきた合図――
海未「ことり、真姫」
ことり「…うん」
真姫「…さぁ、逃げられるなんて思わないでよね!」
次の瞬間。
部屋の電気が消える。
真姫「お出ましね!」
これは想定内。素早く予備電源に切り替えて視界を確保する。
真姫「っ…、ティアラは!?」
ことり「ダメ!なくなってる!」
海未「私たちがずっとそばにいたのに…まったく、どういうトリックなのですか」
今まですぐそばのケースに入っていたはずのティアラは、影も形もなくなっている。
ほんの一瞬目を離しただけで…これが、怪盗エリーチカの盗み…
ことり「外に逃げられちゃったのかなぁ?」
部屋の出口の方へ目をやる。ティアラを手に入れた怪盗さんはもうどこかへ行ってしまったのだろうか。
海未「えぇ…。そして、いくら手練れの怪盗エリーチカと言えど、部屋の明かりが消えていたわずかな時間で」
真姫「私たちをかいくぐってティアラを盗み、その上で脱出することは不可能でしょうね。せいぜい片方が手一杯よ」
ことり「それって…?」
海未「今慌てて部屋の外へ飛び出しては、相手の思う壺だという事です。恐らく、怪盗はまだ…」
真姫「この部屋の中にいるわ」
言われて、部屋の中の気配を探ってみる。奇妙なほどに静まり返った室内の、インテリアの一つ一つ、物陰のわずかな暗がりに、撫でるように神経を這わせてみる。
……いる。確かに、海未ちゃんと真姫ちゃん以外に、もう一人…!
海未ちゃんがおもむろに天井に向かって警棒を投げつける。
すると、天井の一部が剥がれ落ちて…まるで、隠れ蓑の術のように中にくるまっていた人が現れる。
海未「あなたですね…この3ヵ月間盗みを繰り返し続けている怪盗エリーチカというのは」
怪盗エリーチカ…今日はマスクをしているせいで顔はわからないけれど、その体系や艶やかな気品は、一週間前に見た人物と同じに思えた。
絵里「あら…見つかっちゃった。これで十分騙せると思ったんだけど」
そう言って、怪盗さんが床へと降りてくる。
絵里「そうね…認めるわ。あなた達は警察の中でもかなり優秀みたい。この間の可愛い刑事さんもいるしね」
ことり「っ…!」
私のこと、覚えて…
海未「ええ、そしてもうあなたは逃げられません…大人しく投降してください」
絵里「ふふ…残念だけど、まだまだ逃げおおせる手はいくらでもあるのよ?例えば…」
真姫「させないわ!!」
真姫ちゃんが叫ぶのと同時に、部屋の中に響く発砲音。
…発砲音?
ことり「真姫ちゃん!?しゃっ、射殺は…えっ!?えっ!?」
真姫「慌てないで!私が今日の為に特別に調合した対人用麻酔よ!」
ことり「麻酔銃でもマズイよ!?」
海未「発砲許可なんて出ていません!というかそもそも麻酔というのは医療行為なのですから医師免許を持たない私たちが」
真姫「もう!ずっと捕まらない怪盗を捕まえるためなんだからいいでしょ!どうせ私達しか見てないんだし…それよりほら!今がチャンスよ!」
慌てて怪盗さんの方に目をやると、やはり驚いた様子で…少しふらついてるように見えた。
海未「はっ、はい!少し卑怯なような気もしますが…園田海未、参ります!」
海未ちゃんが怪盗さんへと向かっていく。
怪盗さんも面食らいながらそれに応じ、二人の組み手が始まる。
真姫「あらゆる武道で段位を持っている海未とまともに組み合ったら、いくら怪盗エリーチカでも逃げられないはずよ。私の麻酔が回り始めれば尚更ね」
ことり「い、いいのかなぁ…」
海未ちゃんと怪盗さんの組み手は続く。
海未ちゃんの身のこなしは相変わらず達者だけど、怪盗さんも相当なもので、二人は互角にやりあっていた。
でも真姫ちゃんの言う通り、だんだんと怪盗さんの動きが鈍く…弱々しくなっていく。
海未ちゃんが次第に、自分の腰に下がっている手錠を意識しだす。怪盗さんの隙を見てその手にはめるつもりなのだろう。
さんざん世間を賑わせた怪盗エリーチカも、ついにここで…
ことり「捕まっちゃう…」
っ…!?
不意に自分の口から洩れた言葉に驚愕する。
隣にいる真姫ちゃんには聞こえなかったみたいだけど、私は今、確かに…
海未ちゃんが怪盗さんを捕えかける度に、私の胸は張り裂けそうなほどにハラハラする。
それは、ようやく怪盗さんを捕まえられるからじゃない…
怪盗さんが、ここで捕まってしまうかも知れないから。
私は、怪盗さんに逃げおおせてほしいと思っているーーーーー
麻酔がまわって弱っているにしても、あれは…なんだか、わざとらしいような。
あれはもしかして、弱ったふりをしているだけなんじゃ…
ハッと気づいて、部屋の外へと駆け出していく。
視界の端に組み手を続ける海未ちゃんと怪盗さんが映る。
怪盗さんは弱ってなんかいない…まだ逃げきるつもりでいる。
直感が告げる。それを待ち受けるポイントは、外だ――――――
ことり「はぁ、はぁ…」
夢中でここまで駆けてきたら、すっかり息があがってしまった。
今日の為に全て頭に入れてきた、百貨店近くの地図。私の感が正しければ、怪盗さんはここに…
絵里「あら…」
ちょうどその時、怪盗さんが空から舞い降りてきた。
絵里「部屋から駆け出して行ったと思ったら、まさか待ち伏せされていたなんてね」
怪盗さんが地面に降り、マスクを外す。
そのブロンドの髪と端正な顔立ち、アイスブルーの瞳がおぼろげなネオンに照らされて…
やっぱり、綺麗な人。
ことり「こ、このあたりの地形は全て頭に入れてきました…一番人通りが少なく、しかし大通りに面していて逃走に適し、なおかつ警察が張り込んでいないのはここだけです」
絵里「やっぱり優秀なのね、可愛い刑事さん」
また、可愛いって…
ことり「それよりなんで…仮面を外すんですか」
絵里「あら、いけない?一度素顔を見せているんだから問題ないでしょう?」
くすりと笑って見せるその笑顔も、優しい瞳と長いまつげも…ずるいくらいに魅力的で、私の思考を乱してくる。
絵里「それより不可解なのはあなたの方よ」
ことり「えっ…?」
ことり「あっ…」
言われて気づいた。怪盗さんを追いかける事だけに夢中になっていた。
いや、私はたぶん今…本気でこの人を捕まえようとしていない。
むしろ、一人だけで会うことを望んでいたのかもしれない。
絵里「ふふっ…面白いのね、あなたって」
おもむろに怪盗さんが近づいてくる。
戸惑っていると、不意に伸ばしてきた怪盗さんの手が私の首元に触れる。
ことり「ひゃっ!?」
ことり「んっ…や、やめてください!逮捕しますよ!」
怪盗さんの綺麗な指が私の首筋を撫でる度に、体中の力が抜けていく…
吐息が触れそうなほど顔が近くて、どきどきして目を伏せてしまう。
絵里「捕まえればいいじゃない…こんなに近くにいるんだから」
そう言われても、腰に下がった手錠に手が伸びない…
怪盗さんの甘い匂いが、私の頭を蕩けさせる…
その時、怪盗さんのすぐそばへと車が入ってきた。
瞬時にナンバープレートを覚えたが、どうせ改造車で、追跡はできないだろう。
ことり「協力者…!」
ようやく気付いた。麻酔になんてかかっていないのにわざわざ海未ちゃんと組み手を続けたのは、この車と合流する時間を稼ぐため…!
絵里「じゃあね、可愛い刑事さん。また会いましょう?」
ことり「まっ、待ってくださ…違う、待ちなさい!」
怪盗さんのかすかな残り香が、風にさらわれて消えていく。
海未「ことり!無事ですか!?」
真姫「怪盗エリーチカは!?」
少し遅れて、海未ちゃんと真姫ちゃんが駆けてくる音が聞こえる。
ことり「怪盗、エリーチカ…」
また会えますか?なんてことを思ってしまった。
私はどうすればいいのだろう…
翌日 音乃木坂警察署 15:00
海未「お疲れ様です。ことり」
ことり「あっ、海未ちゃん」
海未「順調ですか?報告書の作成は」
昨日怪盗さんを捕まえようと奮闘したばかりだというのに、私は朝から大量の報告書の作成に見舞われていた。
怪盗さんについて分かったこと、そして逃がしてしまった理由、反省文…書かなければならないことは山ほどある。
ことり「うん、そろそろ終わるかな…大変だけど、怪盗さんを逃がしちゃった理由はきちんと説明しないといけないし」
実直で責任感の強い海未ちゃんのことだ。怪盗さんを逃がしてしまったのは自分のせいだと思っているのだろう。
ことり「ううん、そんなことないよ!私の方こそ…」
私の方こそ…あれだけ怪盗さんに近づいておきながら、何もすることができなかった。
いや、何もしなかった。
あのとき怪盗さんを逮捕していれば、今ここで海未ちゃんが責任感に苛まれることはなかったのに。
真姫「情けなさで言ったら、私の方も相当ね」
ことり「真姫ちゃん」
海未「発砲の件は許してもらえたのですか?」
真姫「許すも何も、威嚇のための空砲ですって言ってやったら黙ったわよ。大体、この署で一番優秀な私たちに逆らえる奴なんていないんだから」
ことり「あはは…」
真姫「それより、私の麻酔全然きいてなかったじゃない!撃たれた瞬間に麻酔を抜いたのか、そもそも射撃自体を見切られてたのか…いずれにせよ、それって人間技なの!?まったく…」
真姫「結局外で待ち構えたことりが正解だったわけね」
海未「ことりの直感の鋭さはやはり凄いです」
ことり「そんな、結局私、何もできなかったから…」
海未「これ以上の手?」
真姫「もっと麻酔の量を増やすとか…拳銃じゃなくて、ライフル型に変えようかしら?」
ことり「だっ、だめだよ!怪盗さん死んじゃう!」
でも確かに、真姫ちゃんの言う通りだ。新しい手を考えなければいつまでも怪盗さんは捕まえられない。
あの鮮やかな盗みの手口を封じるには、何かもっと大掛かりな仕掛けが必要だ…
何かもっと、ずるい仕掛けを―――――――
にこ「どう、凛?何か手掛かりは見つかった?」
凛「ダメダメだにゃ~…今日も1日中探したけど何も見つからないよぉ」
にこ「花陽は?」
花陽「こっちもだめ…」
凛「そういうにこちゃんは?」
にこ「私は別の記事を書くので忙しいのよ!怪盗探しはあんた達に任せたんだから!」
花陽「でももうネット中どこを探しても手掛かりなんてないよぉ」
凛「外に出て調べるって言っても、こないだの百貨店の時みたいに成果0で終わるだけだし」
にこ「まぁ確かに、あれは中々キツかったけど…」
にこ「そうね、そろそろ…って、まだ17時じゃない!ほら、夜ご飯前にもう一踏ん張りよ!あんた達マスコミ魂見せなさい!」
凛「えぇ~?」
にこ「えぇ~?じゃないの!シャキッとする!」
凛「ねぇねぇかよちん、何でにこちゃんあんなに怪盗探しに燃えてるんだにゃ?」
花陽「さ、さぁ…?」
にこ「前にも言ったでしょ!ウチみたいな弱小サイトが生き残るには、一発怪盗エリーチカのスキャンダルを手に入れてのし上がるしかないのよ!」
にこ「それに」
花陽「それに?」
にこ「私はねぇ、この矢澤にこを差し置いて街でキラキラ目立とうなんて奴が一番許せないのよ!」
花陽「そんな理由!?」
にこ「悪い!?この街のスターと言えば私でしょ!?」
凛「でもにこちゃんがうちのサイトにアップしてる自撮り写真集、全然アクセスが無いにゃ」
にこ「ぐっ…これからなのよ!これから!そのアクセスを伸ばすためにも怪盗エリーチカのスキャンダルをねぇ」
凛「どうしたの!?まさか怪盗エリーチカ!?」
花陽「うっ、うん!怪盗エリーチカが新しい予告状を出したって!」
にこ「噂をすれば何とやらね……それで、次に狙うお宝は!?」
花陽「こ、これ…」
凛「これって……」
にこ「……はっ、ついに狙うもん狙ってきたって感じね!」
真姫「ことり、人員の配置は大丈夫?」
ことり「うん、大丈夫…皆すごく集中してるし、一分の隙も無いよ」
海未「そろそろ時間です…私達も備えましょう」
ことり「…一週間後、美術館にて展示されている『ミューズの涙』を頂戴しに参上する」
真姫「まぁ、いつかはそう来るんじゃないかと思ってたけど…ついにこの街一番のお宝を狙ってきたってわけね」
真姫「綺麗よね。本当に…怪盗エリーチカが盗みたくなる気持ちもわかる気がするわ」
海未「盗み出さないでくださいよ、真姫…まぁ、この宝石に関しては今まで数多くの黒い噂が立ち、こうして美術館に収蔵されている今でも、実は誰かの隠し資産として利用されているなどどいう人もいますが」
真姫「それだけ人を魅了する美しさがあるって事よね」
ミューズの涙…
これを手にした怪盗さんの姿を想像する。きっとよく似合うんだろうな…
でも、今日はこれを盗まれるわけにはいかない。私には警察として、犯行を阻止する義務がある。
そのための仕掛けも施してきた。海未ちゃんと真姫ちゃんにさえ秘密の、大掛かりな仕掛けーーーー
にこ「そろそろね、予定通りいくわよ!凛!花陽!」
凛「えぇ~?また張り込みするのぉ~?」
にこ「ここまで来ておいて文句言わないの!」
凛「っていうか、凛たちどうすればいいんだっけ?」
にこ「いいわ、もう一回説明してあげるからこの地図を見なさい」
凛「にゃ」
花陽「本当は美術館のすぐそばで張り込みたいけど、さすがに警備が厳重だね…」
にこ「そう、だから私たちは警察の少ない裏通りの方面に張り込むのよ。特に怪しいのは、こことここの二ヶ所」
花陽「にこちゃんと私たちの二手に分かれて待ち伏せをするんだよね」
にこ「ばか、心配なのはあんた達の方よ!もし怪盗とはち合せても逃がすんじゃないわよ!」
花陽「本当に来るのかなぁ?」
にこ「絶対に、このどっちかのポイントが鍵よ。今日の為に過去の怪盗事件を全部洗い直してきたんだから間違いないわ」
花陽「にこちゃん…さすがですっ」
にこ「さっ、さぁ!時間になる前に位置につくわよ!」
真姫「そろそろ予告時間よ」
海未「改めての確認ですが、今この美術館には精鋭の警察官が総動員されています。」
ことり「いくら怪盗さんでも、この人数を騙し切るのは大変だよね」
海未「ええ、むしろ裏をかかずに正面からくる可能性もあります」
真姫「そうして、もし私たちの前で警備にあたっている人たちが全員突破された場合…」
ことり「最後の砦として、ミューズの涙の前で私たちが待ち受ける」
海未「責任重大ですね。まぁ、慣れていますが」
真姫「この真姫ちゃんから二度も逃げ切れるわけないのよ」
ことり「うん、今日こそ…絶対捕まえようね」
海未「始まったようですね」
ことり「この部屋まで来るかなぁ?」
真姫「並の人員で敵う相手じゃないでしょ。間違いなくここまでは来るわよ」
真姫ちゃんの言う通り、騒ぎは段々大きくなって近づいてくる。
ミューズの涙が保管されている、この部屋に…
次第に私の胸も高鳴って、緊張感が全身を支配していく。
怪盗さん…来てほしいのか、来てほしくないのか。
捕まえたいのか…逃げ切ってほしいのか。
自分の感情も決めきれないまま…
さっきまでの喧騒が嘘のように、水を打ったように静まり返る館内。
そして、次第に強く感じる静かな威圧感…
ことり「海未ちゃん、真姫ちゃん」
海未「ええ、この部屋に入られましたね…さて」
真姫「さぁ、任務開始よ…」
物音一つしない室内で、怪盗さんの出方をうかがう。
もう何度も会ったからだろうか?以前より、怪盗さんの気配が濃密に感じられる。
どこにいるかはわからないけど、どこからか私達を見ている…
照明を落としてくるだろうか?不意にすぐ近くに現れるだろうか?
考えうる全ての状況はシュミレーションしてきた。何があっても対応できる…
ふとその時、何かが素早く天井から舞い降りてきた。
何事かと思ったが、それは紛れもなく怪盗さんその人だった。
ことり「怪盗…エリーチカ」
マスクをつけた怪盗さんは、ゆっくりと歩いて近づいてくる。私達もそれに応じて身構える。
真姫「正面切ってやり合おうっていうの?」
海未「私たちはすっかり甘く見られてしまっているということでしょうか」
絵里「いえ、逆よ…これは私なりのあなた達への敬意。優秀なあなた達には、小細工なんて通用しないとわかっているもの」
海未「その見上げた心意気…決して嫌いではありませんが」
ことり「そこまでです!止まりなさい!」
呼びかけるが、応じてはもらえない。
海未ちゃんが怪盗さんへ向かって踏み出していく。
海未「この場に限って言えば、それは慢心ですよ怪盗エリーチカ。正面から正々堂々と戦っては、悪は正義に敵わないのです」
絵里「そうやって、私が悪であなた達が正義だというのなら…ここで私を倒してみなさい!」
海未ちゃん…前にやり合ったときよりも数段集中して、本気の本気で仕留めにかかってる。
怪盗さんの方も、今日は身のこなしに一分の隙も見つけられない。
真姫「海未!援護するわ!」
隣を見ると、真姫ちゃんが拳銃――いや、麻酔銃を構えていた。
ことり「やっぱり持ってきてたんだ、それ!?」
真姫「当たり前でしょ!撃ちまくるわよ!」
海未ちゃんと怪盗さんの組み手は続く。
両者一歩も譲らず。そして、少しでも両者の距離が空くと、真姫ちゃんが麻酔銃を連射する。―――真姫ちゃん、それもし全弾当たったら怪盗さん死んじゃうと思うんだけど…
私はというと、そんな激しい戦いに混じっても足を引っ張りそうなので、ミューズの涙の前で守りを固めていた。
やっぱり、純粋な武道の力量なら海未ちゃんの方が少しだけ上…!
怪盗さんが不意に煙幕を張る。ただ組み合うだけでは海未ちゃんを超えられないと判断したのだろう。
海未「逃がしません!」
海未ちゃんが煙幕の中へと突っ込んでいく。
心眼――目では見えなくとも、心で見えるものだといつか海未ちゃんが語ってくれたけど、今の海未ちゃんはその境地にいるのだろうか。
真姫「海未!」
真姫ちゃんが海未ちゃんを援護できる位置へと動く。よく見ると閃光弾や催涙弾なんかも装備しているけど、どこから持ってきたんだろう…
海未ちゃんが煙の中で何かを掴む。…が、様子がおかしい。
海未「変わり身…!?」
海未ちゃんが掴んだのは、警察の制服。
恐らく今日警備にあたっていた誰かから盗んだのだろう。
真姫「ことり!前!」
ことり「えっ!?」
言われて気づいた。いつの間にか、音もなく怪盗さんが目の前に近づいてきていた。
絵里「ふふ…ミューズの涙、頂くわ!」
ことり「わっ、渡しません!」
絵里「あら、私を止めるの?でも悪いけど、もう宝石は目の前…」
そこで、ミューズの涙に目をやった怪盗さんの動きが止まった。
―――気付いた…!
私の、ここ一番の…怪盗さんも止められるはずの、大仕掛け!
真姫「え…?」
海未「怪盗エリーチカの動きが止まった…?」
怪盗さんがくすくす笑う。
ああ、マスクさえしていなければ、こんなに近くであの美しい表情が見れたはずなのに。
絵里「やっぱり最後はあなたなのね?可愛い刑事さん」
ことり「さぁ…?なんのことでしょうか」
絵里「意外とやり手なのね…やられたわ」
怪盗さんがじっと私を見つめる。何度か嗅いだ甘い香りが私の頭を支配していく。
ああ、いつまでも怪盗さんがここにいてくれたらいいのに…
私はただ、怪盗さんのすぐそばで、その姿を見つめていた…
真姫「…海未!」
海未「はい!怪盗エリーチカ、覚悟!!」
真姫ちゃんと海未ちゃんの声でハッと我に返る。
怪盗さんの隙だらけの背中に、海未ちゃんの手が伸びる―――
凛「怪盗エリーチカ、早く出てこないかにゃ~」
花陽「凛ちゃん、結構乗り気だね」
凛「まぁ、凛は眠いのが嫌いなだけで、張り込み自体は割とすきだにゃ。なんか探偵みたいでわくわくするし!」
花陽「確かに、どきどきするよね…でも、本当に怪盗エリーチカが出てきちゃたらどうしよう?」
凛「その時は凛がかよちんを守るから大丈夫だにゃ!」
花陽「凛ちゃん…」
花陽「そうだよね、もし向こうに怪盗エリーチカが現れちゃったらどうしよう…」
凛「う~ん、やっぱりあっちが正解だったかのかなぁ~、こっちの方誰もいないし」
花陽「ほとんど誰も通らないもんね、ここ…近くの美術館はかなり騒がしいのに」
凛「怪しいものがあるとしたら、ずっとバンが一台停まってるだけだにゃ」
花陽「確かにあのバン、人が乗ってるのにずっと停まってるよね。誰かを待ってるのかなぁ?」
凛「こんな寂れた通りで待ち合わせするかにゃ~?」
花陽「う~ん…」
花陽「…もしかしたら、怪盗エリーチカの仲間、だったりして」
凛「それだにゃ!」
花陽「えぇ~っ?それなのぉ!?」
凛「近づいて確かめてみよう!」
花陽「だ、大丈夫かなぁ…」
???「ん~、ちょっとアカンなぁ…」
???「エリチ、今回ばかりはさすがに苦戦しとるみたいやなぁ」
凛(今、『エリチ』って!)
花陽(本当に怪盗エリーチカの仲間!?)
???「こら、助けにいかんとアカンかなぁ…」
凛(もっと近くに行くにゃ!)
花陽「えぇっ!?ばれちゃうよぉ!」
凛(大丈夫大丈夫!ほら、空いてるトランクから忍び込むにゃ)
花陽(まっ、待ってぇ~)
凛(よく聞こえるにゃ)
花陽(バンに乗っちゃったけど…大丈夫かなぁ)
???「よっし、エリチ救出にレッツゴーや!!」
花陽「えっ!?」
凛「にゃっ!?」
???「飛ばすでぇ~!」
花陽(ト、トランクがしまっちゃったよ!?しかも走り出してる!)
凛(こ、これってもしかして…閉じ込められちゃったのかにゃ…?)
花陽(だっ、誰か……誰か助けてぇ~~~!!!)
海未「怪盗エリーチカ、覚悟!」
絵里「くっ…やっぱり、簡単には逃がしてくれそうにないわね…!」
怪盗さんはミューズの涙に背を向け、部屋の入口へと踵を返した。
すんでのところで海未ちゃんの手に捕まるのを逃れ、素早く走り去ろうとする。
真姫「逃がすと思うの!?」
真姫ちゃんが入口の方へ先回りし、部屋の外へ出られないように封じようとする。
それを見て怪盗さんが一層スピードを上げる。迷いなく踏み込み、宙を舞う…
真姫ちゃんがドアへたどり着く一瞬前に、その頭上を飛び越えていく。
真姫「くっ…!外に…!」
海未「追いますよ!」
数えきれないほどの警官に囲まれて、さすがに身動きがとれなくなっている。
ことり「怪盗さん!」
真姫「はぁ、はぁ…堂々と正門から逃げて行こうなんて、警察ナメすぎなのよ」
確かに、いくら怪盗さんと言えどこの人数で固められてしまっては…!
はっと閃く。そうだ、協力者…私が前回怪盗さんを取り逃がした時と同じだ…!
次第に大きくなってくる車のエンジン音、そして、断続的なブレーキ音、その音だけで、相当無茶な運転をしていることがわかる。
何度も繰り返される急ブレーキ、急発進の音。
そしてついに車は美術館の敷地へと突っ込んでくる。
強引に警察のバリケードを突破し、怪盗さんを取り囲む警察の列に突っ込む程の勢いで…!
希「エリチ!!乗って!!」
うろたえ、隊列が崩れた隙間から怪盗さんがするりと抜け出していく。
絵里「ナイスタイミング…!ハラショーよ、希…!」
目にもとまらぬ速さで怪盗さんが車に乗り込むと、車は強引なターンで切り返し、もう一度正門を突破していく。
そのあとにはただ、呆然と立ち尽くす何百人もの警官と、夜空へむなしく響くサイレンの音だけが残された。
しばらくして、海未ちゃんがぽつりと呟く。
その表情は悔しがっているものではなく、ただ目の前で起きた出来事に驚いているようだった。
真姫「まったく、映画のワンシーンかと思ったわ…やることなすこと、派手すぎでしょ。あの怪盗…」
ことり「…でも、ミューズの涙は奪われなかった」
海未「あっ、そうですね…つい逃げられてしまったことで頭がいっぱいになっていましたが、ミューズの涙は私たちが守り切っています」
海未「そうですね、怪盗エリーチカは確かにミューズの涙を奪えるところまで辿り着きました。なのに何故、それを土壇場でやめてしまったのか」
真姫「謎だわ。ハッキリ言って、不可解よ」
ことり「…」
ごめんね、海未ちゃん、真姫ちゃん。
その理由はまだ、秘密にさせておいてください。
私と怪盗さんの、2人だけの秘密に…
同日 都内某所 22:30
希「追手は全員振り切ったみたいやね」
絵里「ええ、さすがのテクニックね、希…あなたがいるから、私は今日も逃げ切れた」
希「今日ばっかしは流石にアカンかと思ったけどな。天下の怪盗エリーチカも偉い苦戦しとったやん。…それに」
絵里「…ええ」
希「持ってないねんな、ミューズの涙。怪盗エリーチカ、初めての任務失敗やね」
絵里「やられたわ。あの刑事さん、可愛い顔して意外とやり手なんだから…いったい本物のミューズの涙はどこに…あっ」
希「どうかしたん?」
絵里「そうか、そうよね…ふふ、なるほど、…あの刑事さん、本当に可愛いわ…」
絵里「ええ、次に盗みに入る場所が決まったわ。もしかすると今日以上に大変な場所かもしれないわよ」
希「ウチ的には、これ以上の窮地は勘弁願いたいところやけどなぁ~」
花陽(うぅっ…もうだめ…気持ち悪い…)
凛(かよちん頑張るにゃ!今ここで凛たちが乗ってることがばれたらまずいにゃ!)
花陽(うぅ、まさか本当に怪盗エリーチカの車だったなんて…)
凛(しかもずっと止まらずに走り続けてるから降りれないよぉ)
花陽(この車、どこまで行くのかな…)
凛(やっぱり、怪盗エリーチカのアジト…?)
花陽(私達、帰れるのかな…)
凛(車が止まった!)
花陽(アジトに着いたのかな?)
絵里「ありがとう、希。私は先に戻って休ませてもらうわね」
希「おやすみ、エリチ。ウチはこの車を処分してくるわ」
凛(怪盗エリーチカが降りていくにゃ!)
花陽(それより処分って!?私達どうなっちゃうの!?)
凛(凛たちもここで降りよう!)
凛(多分トランクも内側から空くにゃ!えーっと、ここかなぁ…)
花陽(り、凛ちゃん!そんなに物音を立てたら…)
希「……誰!?」
花陽(ひぃぃっ!?)
凛(見つかった!?)
希「な~んや怪しい気配がする思ったら、後ろにお客さんが紛れ込んでたんかな?」
花陽(り、凛ちゃん!どうしよう!)
凛「にゃ~お、にゃぁ~…」
希「……」
凛「にゃあ、にゃあ~…にゃ~あ…」
希「………」
凛「にゃあ!ふにゃにゃにゃにゃ、にゃっ!」
希「……なんや、猫ちゃんか」
凛(…ふう、なんとか誤魔化せたにゃ)
花陽(誤魔化せちゃったのぉ!?)
希「猫ちゃんならしゃーないな、猫ちゃんなら…」
花陽(あ、あれ?近づいてくるよ…?)
希「……って、そんなんで誤魔化せるわけないやろ~!!」
凛・花陽「きゃあああああああああっ!?」
凛「うぅ、ぐるぐる巻きに縛られちゃったにゃ…」
花陽「誰か助けて誰か助けて誰か助けて…」
希「子猫ちゃん達、怪しいものは持ってないみたいやね」
凛「かよちんは関係ないにゃ!凛が捕まるからかよちんは離して!」
花陽「り、凛ちゃん…」
希「おぉ~、仲間想いやねぇ?でもダーメ、ウチらの事を見られたからには簡単に帰すわけにはいかんし」
凛「り、凛たちをどうするつもりだにゃ…」
花陽「あっ、それ花陽の携帯…」
凛「縛られてたらかけられないにゃ!」
希「ウチが口元に押し当ててあげる。ところでこれロック解除してくれへん?」
花陽「は、はい…」
希「誰か心配してくれてる人に連絡しといた方がええんちゃう?」
花陽「ど、どうしよう?」
凛「にこちゃんだ!にこちゃんに伝えなきゃ!」
希「ただし、変なこと言ったら許さへんよ…?」
花陽「うぅ…」
花陽「に、にこちゃん…実は」
凛「怪盗エリーチカに捕まっちゃったんだにゃ…」
にこ「はぁ!?怪盗エリーチカに!?ちょっと一体どういう」
花陽「今はアジトみたいなところで捕まってて…場所はわからない」
凛「怪盗エリーチカの仲間に見張られてるんだにゃ」
花陽「それに、怪盗エリーチカの姿も見…」
希「はーい、そこまで。安否は十分伝えられたやろ?」
にこ「もしもし、花陽!?凛!?…待ってなさい!すぐ助けに行くから!」
花陽「にこちゃん…」
凛「にこちゃんが絶対助けに来てくれるにゃ!」
希「お~、頼もしいなぁ。それじゃあ、その助けが来る前に二人とも…」
花陽「ひぃっ!?」
凛「こ、ここまでかにゃ…」
花陽「…えっ?」
希「ずっと車に揺られて疲れたやろ?縄も今ほどいたる!」
花陽「あ、ありがとう…」
凛「もしかして…結構いい人なのかにゃ?」
真姫「はぁ、昨日は流石に疲れたわ…」
ことり「結構ハードだったもんね…結局夜遅くまで事後処理に駆り出されちゃったし」
真姫「それでまた、大量の報告書も仕上げなきゃいけないってんだからやってられないわよ」
海未「怪盗エリーチカ…二度も逃がしてしまうとは、不覚です…」
真姫「悔しいけど、昨日は完全に負けたわ…あの状況から逃げ切るなんて…」
海未「ミューズの涙は守り切りましたが…いえ、守り切ったからこそ謎です。怪盗エリーチカが何を考えていたのか」
真姫「実力で負け、謎も解けず…はぁ、この真姫ちゃんが珍しく敗北感ってやつを感じてるわ」
ふと、そんな言葉が自分の口から洩れる。
今は一人欠けている私達4人組。やはり全員そろわなければ…
真姫「…穂乃果」
海未「穂乃果が『怪盗事件!?面白そう!穂乃果ちょっと調べてくるね!』と言って署を飛び出していったのがもう1ヵ月前ですか」
ことり「穂乃果ちゃん、全然連絡ないけど大丈夫かなぁ…」
海未「厄介なことに巻き込まれていなければいいのですが…」
ことり「そうだよね、きっと…」
海未「ええ、穂乃果を信じましょう」
真姫「…でも、やっぱり3人だけだとこの部屋も広いわね…」
にこ「…ねぇ、ねぇ!ちょっと、聞いてんの?いるじゃない4人!この部屋に!」
海未「あ、すみません…つい話し込んでしまいました」
にこ「すみませんじゃないわよ!あんた達さっきからにこのことを無視して、それが警察の態度!?」
ことり「ご、ごめんなさい~…えっと、矢澤にこさんですよね?今日はどういうご用件で…」
にこ「だからぁ、私の仲間が怪盗エリーチカに捕まったのよ!」
海未「怪盗エリーチカに捕まった…?怪盗が人さらいをしたということですか?」
にこ「そうよ。詳しいことは私にもわからないけど…携帯に連絡があって、アジトに捕まってるっていうのよ」
真姫「待って。それ本当なの?もしかしたらただのデマかも知れないわよ?」
にこ「なっ、何よ…にこのことが信じられないっていうの?」
真姫「大体、何で私たちが一般市民からのタレコミを処理してるワケ?事務の仕事でしょこれ」
にこ「アンタ、それが市民に対する態度!?これだからエリートってやつは!」
真姫「何よ!」
にこ「何よ!」
海未「す、すみません!真姫!それが市民の皆様に接する態度ですか!」
ことり「そうだよ真姫ちゃん!それに今は怪盗事件のせいで署全体がごちゃごちゃになってるから、皆が場当たりで仕事をするのはしょうがないよ」
海未「とにかく、矢澤さんのお仲間は捜索する必要があります。もっと詳しく話を聞かせていただけますか」
にこ「へっ?あ、ああそうね、いいわ、よく聞きなさい…」
にこ(警察に頼るのもいいけど、早く自力でアジトを突き止めるのよ!凛と花陽には一刻の猶予もないかもしれないんだから!)
その時、部屋の外が急に騒がしくなる。
普通じゃない慌てぶりだ。何かあったのだろうか…
真姫「見てくるわ」
真姫ちゃんが部屋から出ていく。なぜか、体の内を緊張感が支配していく。
じっとりと貼りつくような、この感覚…
まさか、これは…
真姫「ことり!海未!」
真姫ちゃんが大慌てで部屋へと戻ってくる。
その手には一枚のカード…いや、予告状。
真姫「署全体にばら撒かれてるわ!」
海未「昨日の今日で素早いですね…それで、次に狙われるのは?」
真姫「のんびり構えている場合じゃないわ!これを読んで!」
海未「音乃木坂警察署…それに、今からって…これは…!」
ことり「怪盗エリーチカの、強襲…!」
次の瞬間、署内の電気が一斉に落ちる。
システムが自動で予備電源に切り替わり、再び明かりがつくが――
間違いない、これは怪盗さんがやってきたことを知らせる合図。
真姫「どうやら、本気みたいね…」
海未「ええ、そのようです…できればあなたは避難を。といっても、私達から離れてはかえって危険かもしれませんが」
ことり「ど、どうしよう…?」
真姫「とにかく3人で固まりつつ、この人を護りながら署内を捜索するしかないわね」
海未「ええ、ですが…怪盗エリーチカは何を狙っているのでしょう?署内の金庫や資産が目当てなら、いささか以上に昨日の美術館に劣ると思うのですが」
真姫「しかも、警察の本丸に突っ込んでくるなんて…リスク覚悟って度を越してるわよ」
怪盗さん…来てくれるとは思ったけど、まさかこんなに早くなんて。
でも、予定通り…これでいい。
そして、真姫ちゃんと海未ちゃんにはもう打ち明けなきゃ。
ことり「あのね、真姫ちゃん、海未ちゃん…たぶん、怪盗さんが狙っているのは…私だよ」
私たち以外の同僚は皆ぐっすりと眠らされてしまっていた。
相変わらず、素早くて鮮やか…
しかし、昨日の美術館に比べればずいぶんと狭い署内だ。程なくして怪盗さんを見つけることができた。
ふだんは会議に使われる大部屋の一つだ。
この部屋だけは照明が完全に落とされていて暗いが、いくつもある大きな窓から月明かりがさして、おぼろげながら視界が確保されている。
その月明かりに照らされて、怪盗さんが立っていた。
にこ「あいつが…怪盗エリーチカ」
真姫「私達の本拠地に殴り込みだなんて、どこまでナメてくれれば気が済むわけ?」
絵里「私もこんなことは予定してなかったわ。でも…確かめなきゃいけないことがあったから」
怪盗さんが、マスクの下で視線を私に向けているのがわかる…
絵里「ね、可愛い刑事さん。昨日は驚かされたわ。まさか美術館に飾られたミューズの涙を、偽物とすり替えておくなんて」
ことり「はい…私の警察としての権限を全て活用して、ミューズの涙は贋作とすり替えておきました。海未ちゃんと真姫ちゃんにさえ秘密だったけど…」
真姫「何言ってるのよ、そのお陰でミューズの涙を奪われずに済んだんだから、お手柄じゃない」
海未「敵を騙すにはまず味方から…ことり、お見事です」
ことり「そんな…それに、怪盗さんはやっぱり一目見ただけでわかっちゃったみたいだけど」
絵里「そう、昨日の私は面食らってしまってそれがとっさにわからなかった。でも考えてみたら簡単なことだった。そんな大事なもの、自分の身から手放すわけないものね?」
怪盗さんの視線がより一層鋭くなるのを感じる。
何度も感じたこの威圧感だけれど、こうやって強く向けられると金縛りにあったように体が動かない…
絵里「本当に集中して観察すれば、腰の左のポケットが少しだけふくらんでいるわ。わかってしまえば何のことはない、あなたはずっと自分でミューズの涙を隠し持っていた…」
ことり「はい、その通りです…それは、昨日美術館であなたにこの宝石を奪われないため。そして…」
動かない体に喝を入れ、身構える。ここからが正念場だ…
ことり「真相を確かめるため私を追ってくるであろうあなたを、この警察署で迎え撃つためです!」
私が叫ぶのと同時に、海未ちゃんと真姫ちゃんも身構える。もはやほんの一欠けらの油断もない…今日こそは逃がさないという気迫が漂ってくる。
絵里「…仲間?」
にこ「とぼけてんじゃないわよ!」
真姫「いいのよ、あなたは闘わなくて。」
にこ「なっ…」
真姫「悔しいけどあいつは相当強いわよ?その小さい体で立ち向かってもすぐ返り討ちよ」
にこ「あんたねぇ!にこをバカにするのもいい加減に」
真姫「市民を護るのは、警察の仕事。あなたは闘わなくていいの。私があなたの代わりに闘う…絶対に、あなたには傷一つ付けさせないんだから」
海未「はい、その通りです真姫…危険なことはすべて、私たちがやればいい」
そう語る真姫ちゃんと海未ちゃんの表情は真剣で…何よりも純粋だった。
にこ「っ…!ふん!そんなに言うなら、せいぜい頼もしいところを見せてよね!」
海未「ことり、離れないで…やはり狙いはあなたです」
ことり「うん、お願い…」
こうなると、武道の心得がない自分が悔しい。
でも、私は私にできることを――今は、このミューズの涙を守り切るだけ。
怪盗さんが私に向かって突っ込んでくる。
しかし、それを海未ちゃんが体を張って受け止める。
海未ちゃんはそのまま素早く怪盗さんの手に手錠を掛けようとするが、怪盗さんは一旦距離を取って逃れる。
真姫「今日は私もいるのよ!」
怪盗さんの背後から、真姫ちゃんが手錠を持って飛びかかる。
海未ちゃんに比べればその動きは鈍いが、怪盗さんを牽制するためには十分だ。
真姫「麻酔弾が…きれたのよ!」
真姫ちゃんが懸命に怪盗さんに掴みかかるが、やはりそう簡単に捉えられる相手ではない。
絵里「中々厄介だったから助かるけれど…なんなら、ゴム弾…いえ、実弾でもいいのよ?私は」
真姫「あなたねぇ!本当にぶちかますわよ!?」
真姫ちゃんが腰の拳銃に手を伸ばす…が、一瞬早くそれを怪盗さんが奪い取った。
真姫「しまった…!」
怪盗さんが拳銃を床へ滑らせると、壁際の机の下へと入って行ってしまった。
あれではもう取り出せない…
絵里「さぁ、どうするの?自信家の刑事さん」
怪盗さんの背後から海未ちゃんが掴みかかる。
絵里「あなたをいなすのが大変なのよね、真面目な刑事さん…」
これで何度目かの怪盗さんと海未ちゃんの組み手が始まる。
海未ちゃんの動きは今までに見たことがないほどだ…その拳はもはや空さえ切っているように見える。
絵里「それだけの実力…素晴らしいわ。警察なんてやめて格闘家になったらどう?」
海未「私の拳は、ただ正義を守るためだけにあるのです!」
海未ちゃんのパンチが怪盗さんの耳を掠める。
体制が崩れたところで、素早く手錠を掛けに行く。
絵里「くっ…やっぱりあなたには正面から挑んでも勝てないわ…でもね」
怪盗さんが距離をとり、次の手を打とうとする。
絵里「警察にいるだけでは貫き通せない正義もあるのよ!」
真姫「私なら勝てると思ってるの!?」
真姫ちゃんが怪盗さんの動きに合わせて蹴りでカウンターを入れようとする…が、怪盗さんは急にその動きを止め、巧みに真姫ちゃんの背後に回る。
真姫「なっ…!?」
気がつくと真姫ちゃんの手と足に手錠がはめられていた。さっきこの警察署から盗み出しておいたのだろう…
海未「真姫!」
海未ちゃんが拳を構えて突っ込んでいくが、怪盗さんは素早く真姫ちゃんを盾にするような位置に着いた。
海未「くっ…」
そこでほんの一瞬だけ、海未ちゃんの動きが鈍ってしまった。
その隙を逃す怪盗さんではない。海未ちゃんの手と足にも、手錠が…
海未「しまった…!」
怪盗さんがこっちへ向かってくる…こちらも手錠を構え、懸命に応じようとするが、真正面から敵う相手でないことは自分で一番よく分かっている。
まるで相手の動きを捉えられないまま、私の手足にも手錠がかかってしまった。
絵里「さぁ…ついでにあなたにも」
にこ「ちょっと、なんでにこにも手錠をかけるのよぉ!!っていうかあんた達全員いいようにやられてんじゃないわよ!!」
海未「三度目の不覚をとってしまうとは…くっ…自分が情けない…」
真姫「もう!これ外しなさいよ!!ばかぁ!!」
敵がいなくなった怪盗さんが、ゆっくりと私に近づいてくる…
足に手錠をかけられているせいで、うまく動けない…床にへたりこんで、どうにか後ずさりする。
絵里「ふふっ…私、結構相手を縛るのって好きなんだけど…あなたはどう?気に入ってもらえたかしら?」
身動きできないまま、怪盗さんに追い詰められていく…
確かに、すごくどきどきして…なんだか興奮する…なんて、そんなことを考えてる場合じゃない!
なんとしてもこのミューズの涙は守り切らなきゃ!
でも、もう打つ手は何も…ない。
ことり「っ……」
絵里「さぁ、これで終わりよ!」
???「そこまでだよっ!怪盗エリーチカ!」
一瞬にして強く照らし出される室内。
突然のことに、その場にいる全員が声の主を探す。
ことり「えっ!?」
次の瞬間、私の手足を拘束していた手錠が外れるのを感じる。
海未「!」
真姫「ひゃっ!」
にこ「何!?何なの!?」
どうやら皆の手錠も外されたようだ。
いったい誰が…と、探すまでもなくその人物は堂々と部屋の中央に立っていた。
照明に照らされて、優しい笑みを浮かべるその顔は…私達のよく知っているものだった。
穂乃果「遅れてごめんね、皆…えへへ、ちょっと手間取っちゃって」
海未・真姫「穂乃果!」
ことり「穂乃果ちゃん!」
怪盗さんが苦笑する。穂乃果ちゃんのことを知っているのだろうか…?
海未「穂乃果!あなたいったい今までどこに…」
言いかけた海未ちゃんに、穂乃果ちゃんがちょっと待っての合図をする。
いつもと変わらない、優しい笑顔。
穂乃果「もうっ、酷いよエリちゃん!穂乃果のことぐるぐる~って縛って置いてっちゃうんだもん!」
ことり「え、エリちゃん…?」
穂乃果「そ、怪盗エリーチカだから、怪盗エリちゃん!ずっと追いかけてたんだけど、今日の朝捕まっちゃって」
絵里「今日の朝だけじゃないけどね…何度も何度も私に挑みかかってきては捕まってるわよ」
絵里「今日は大事な日だから、いつもよりきつめに縛っておいたんだけれど…まさか、こんなタイミングで邪魔されるとはね」
海未「ほ、穂乃果…ともかく助かりました。やっぱりあなたはすごいです」
真姫「色々と、ね…ほんと、あなただけは読めないわ」
海未ちゃんと真姫ちゃんが立ち上がり、怪盗さんを取り囲む。これで一気に形勢は逆転だ。
絵里「ふふ…楽しいわ。あなた達…本当に面白い」
怪盗さんがおもむろにマスクに手をかけ、外した。
綺麗なブロンドの髪と、その楽しげな表情がよく見える。
絵里「うーん、なんでだろ…わからないけど、あなた達には素顔を見せたくなったの。好敵手、だからかな」
海未「そうですか…私も、あなたほどの実力者に認めて頂けたのなら…素直に嬉しいです。」
怪盗さんと海未ちゃんが、静かに笑う。よく見ると、真姫ちゃんも楽しそうだった。
にこ「か、怪盗エリーチカ!」
若干蚊帳の外気味になっていた矢澤さんが声をあげる。
絵里「何かしら?」
にこ「その素顔……しゃ、写メ撮ってもいいニコか?」
絵里「写真は困るわ…そんなことされたら、あなたの携帯を砕くしかなくなるもの」
にこ「それは困るニコ…」
矢澤さんがすっかり大人しくなってしまっている。
さっきまでの緊迫していた空気はいつの間にかとても緩み、温かささえ感じられるものになっていた。
これも、穂乃果ちゃんの力なのだろうか…
穂乃果「おおっ!?まだやるの?」
絵里「いや、今日はここまでね…撤退させてもらうわ」
奇妙なほど素直に、私たちはそれを受け入れていた。
怪盗さんが逃げるというなら、深追いはしない…そんな気分だった。
絵里「でも、ミューズの涙は諦めたくないの」
怪盗さんがこっちを向く。目が合って、ドキリとする…
絵里「ねぇ、可愛い刑事さん」
絵里「もう一度?」
ことり「もう一度、盗みに来てくれますか」
絵里「それは、どっちを?」
―――ああ。
怪盗さんには、私の気持ちも全部ばれちゃってるんだなぁ。
ことり「……怪盗さんが、盗みたい方です」
絵里「…私が狙うのは、ミューズの涙よ」
その言葉を聞くと、瞳の奥から急に涙が込み上げてきた。
平静を装い、言葉を続ける。
ことり「……待ってますから」
怪盗さんが少しだけ微笑むと、一瞬のうちに窓から外へと飛び出していく。
そのあとにはただ、いつもの甘い香りだけが残された。
真姫「ふふ、あなたも怪盗エリーチカの素顔を見たからにはすっかり私たちのお仲間ね?」
にこ「怪盗エリーチカの素顔…写真に撮りたかったわ…」
ことり「どうしてそんなに写真にこだわるんですか?」
にこ「私がマスコミだからよ!」
海未「あ、マスコミの方だったのですか?」
穂乃果「う~ん、何はともあれ今日の所はこれで無事終了だね!」
海未「無事ではないですけどね、全く…穂乃果、あなたが今までどこで何をやっていたのかは詳しく聞かせてもらいますからね!」
海未「ダメです!」
穂乃果「え~ん、ことりちゃん助けてぇ~」
ことり「え、えぇ~?」
真姫「あなたねぇ、これだけ好き勝手やって…もし海未から逃げられたとしても、大量の始末書からは逃げられないと思うわよ?」
穂乃果「そんなぁ~」
飛びついてくる穂乃果ちゃんの頭を撫でながら、怪盗さんのことを考える。
私たちのこと、好敵手って…本当に楽しそうに笑ってくれた。
でも、次で最後…次の勝負で決着がつく。なぜだか、そんな気がする。
怪盗さん…いなくなってしまう前に、どうか、私を…
翌日 音乃木坂警察署 13:00
にこ「怪盗エリーチカが、実はいい奴~!?」
怪盗さんがやってきた次の日の警察署。
署内は機能回復のためにごたごたしているけど、あんまり大きな被害は無さそうだ。
私達もいろいろと雑用をこなして、今は昼休憩をとっている。
穂乃果「そうだよ、エリちゃんは怪盗だけどすっごくいい人なんだから!」
にこ「にこでいいわよ、にこで」
海未「はぁ…では、どうしてにこがここにいるのですか」
にこ「悪い?昨日、怪盗エリーチカの素顔を見たからには仲間だって言ったのはあんた達でしょ」
海未「わ、悪くはないですが」
真姫「まぁ、私は別にいいけど…」
ことり「それより穂乃果ちゃん、どういうこと?怪盗さんが実はいい人って」
穂乃果「うん、それはね…」
凛「それにしても、どうして希ちゃん達は怪盗なんてやってるのかにゃ?」
希「んー、知りたい?」
凛「それを調べるのが凛の仕事にゃ」
希「さっすが、小さくてもマスコミさんやなぁ~」
花陽「りっ、凛ちゃん!私達人質なんだよ!?もうちょっと遠慮しないと」
希「花陽ちゃんはそういう割にはすごい勢いでご飯食べてるけどなぁ」
花陽「ごっ、ごめんなさい!希ちゃんが作るごはん、美味しくて…」
希「えぇよえぇよ、た~んとお食べ♪」
希「ん~、世の中には優しい怪盗もおるんよ?」
花陽「もしかして、怪盗エリーチカも?」
希「その通りやん♪ああ見えてエリチは誰よりも優しい…まぁ、ちょっと頑固なのがたまにきずやけど」
凛「その怪盗エリーチカさんはここにいないのかにゃ?」
希「昨日凛ちゃん達が寝ちゃったあとに帰ってきて、今は奥の部屋で寝とるよ。」
花陽「えぇっ!?ここに怪盗エリーチカがいるのぉ!?」
希「いや、ここ怪盗エリーチカのアジトやし…花陽ちゃんのこと、とって食べたりしないから安心し♪」
花陽「う、うぅ…」
希「…じゃあ、少しだけ…ウチらのこと教えてあげよかなぁ」
希「そうやなぁ…エリチはな、昔は警察だったんよ」
凛「えっ…!?」
花陽「怪盗エリーチカが、警察~!?」
凛「か、かよちん!スクープだよ!にこちゃんに知らせなきゃ!」
希「おっと、連絡はさせへんで~?二人の携帯も隠しとるしな」
花陽「凛ちゃん、い、今は話を聞こう!」
凛「う、うん…それで、なんで警察から怪盗になんてなったのかにゃ?」
希「エリチは誰よりも真面目な刑事で、立場の弱い人たちの為にいくつもの事件を解決しとったんやけど…そのうち、警察の限界に気付いてしまったんや」
花陽「限界?」
花陽「…」
希「どうしても納得できなかったエリチは、その政治家の邸宅に忍び込み、一切の証拠を残さずほとんど全ての資産を盗み出した。それが、怪盗エリーチカの始まり」
凛「す、すごいにゃ…」
希「程なくしてエリチは警察をやめた。もう誰からも圧力を受けることなく、自分の力で悪を罰するために」
花陽「そんなことが…」
希「うちはそんなエリチに共感して…ううん、誰よりも思い詰めていたエリチを、ずっとすぐ傍で支えるためについてきた。まぁうちは警察やなくてただのフリーターやってんけどな。これが、ウチらの経歴。」
希「そ、そう?信じてくれるん?」
凛「希ちゃんは嘘をつくような人じゃないにゃ!希ちゃんとエリちゃんはすっごいいい人だにゃ!警察が許さなくても、凛が二人を許すにゃ!」
花陽「私もっ、二人がやったことは正しいと思います!」
希「えへへ……ありがとなぁ二人とも、そう言ってくれたらエリチも喜ぶと思うわ」
花陽「でも、なんでそんな大事なことを私達に話してくれたの?」
希「もう、ええんよ…次で最後になるって、カードもそう言っとるしな」
凛「次で、最後…?」
希「だから、最後に向けての準備をせんと」
花陽「希ちゃん、それってどういう…」
花陽「えっ、ええ!?」
凛「隠れなきゃ!」
希「大丈夫やって、別にここにいても怒ったりせんよ」
絵里「おはよう、希…って、何!?その子たち!?」
希「おはよう、エリチ。」
凛・花陽「お、おはようございます!」
凛(この人が、怪盗エリーチカ…)
花陽(綺麗な人…)
絵里「……あーっ、昨日警察署でちっちゃい子が仲間を返せって言ってたのはあなた達のことね…」
凛「にこちゃんに会ったの!?」
絵里「にこちゃんかどうかは知らないけど…ちっちゃくて、ツインテールの威勢がいい子だったわ」
花陽「にこちゃんだ!」
絵里「それより希、なんなのよこの子たちは…」
海未「怪盗エリーチカが元警察で…」
真姫「今までに盗んだものは全て悪人の隠し資産だった?」
ことり「そんな…」
穂乃果「そうなんだよ~!びっくりだよね!」
海未「穂乃果が言うと、いまいち真剣に聞こえないのですが…確かなのですか?」
穂乃果「本当だよぉ~、希ちゃんっていう、エリちゃんの友達から聞いたんだもん」
海未「まぁ、あなたの刑事としての力量は確かですから…信じられる話なのでしょうね」
ことり「にこちゃん?」
にこ「噂の怪盗エリーチカが、実は鼠小僧よろしく庶民の味方だったなんて!これ以上ないセンセーショナルなネタじゃない!早速報道させてもらうわよ!」
穂乃果「待ってにこちゃん!まだ駄目だよ、事件を解決してからじゃないと」
にこ「何よ、警察がマスコミを止めるの!?」
真姫「止めるわけじゃないけど…あなた、怪盗エリーチカに人質取られてるの忘れたの?今はあんまり刺激しないほうがいいんじゃない?」
にこ「ぐっ…それは、確かにそうね…」
海未「そうですね、真偽のほどは怪盗エリーチカ本人を逮捕して聞き出せばわかることです」
ことり「…」
怪盗さん、実はそんな事情があったなんて…
だとしたら、怪盗さんはどんな思いをしながら盗みを行ってきたのだろう?
それはきっと、とても―――
今朝、夢を見た。
怪盗さんに連れられて、どこまでも逃げていく夢。
途中で、執拗に追ってくるパトカーをやり過ごした。それには、海未ちゃん達が乗っていた。
声をかけようとするが、私の口を怪盗さんの手が塞ぐ。
怪盗さんの綺麗な指が、私の制服を脱がしていく…
私は、自分の気持ちを決めきれない。
私は弱い人を守る警察が好き。
だから、私は警察になった…今でも、この気持ちは全く変わらない。
でも、警察という立場に立つ以上、怪盗さんは捕まえなくてはいけない…それがずっと私を悩ませている。
それを一方的に悪だと断じて、逮捕してしまっていいのだろうか?
ううん、きっと、そんな難しい理屈じゃない。
私はただ単に、怪盗さんのことを…
ことり「好きになってしまったから」
今すぐにでも、私のことを盗み出してほしい。
そうすればもう、こんなに悩む必要もない。
警察という肩書を捨てて、ただ、一人の人間として…怪盗さんにさらわれてしまえればいい――
ことり「あ、海未ちゃん…どうしたの?」
海未「怪盗エリーチカが新しい予告状を出したんです。とにかく早く来てください」
―――来た。
怪盗さんの、最後の予告状…
もうちょっとで書き終わる…
真姫「今日も当たり前のようににこちゃんがいるのね」
穂乃果「いいよいいよ、大勢の方が楽しいし!」
真姫「まぁ、捜査の邪魔をしないのなら何でもいいけど…」
ことり「それで、予告状は?」
真姫「これよ」
海未「『一週間後、21:00に美術館にて展示されている『ミューズの涙』を頂戴しに参上する。』…」
ことり「やっぱり、もう一度…」
真姫「一度捕まりかけたところにまた盗みに入ろうなんて、明らかに向こうのほうが不利ね。悪いけど今度こそは逃がさないわ」
穂乃果「よし、今回は穂乃果も頑張るよ!」
にこ「凛!凛の字だわ!よかった…元気そうじゃない」
真姫「人質のメッセージにしてはずいぶん気楽ね」
ことり「あはは…」
海未「さぁ、日時も確定したことですし早速警備プランを練りましょう。恐らく、これが最終決戦ですよ」
穂乃果「うん、皆ファイトだよっ!」
凛「あ~あ、今日でこのアジトともお別れかぁ~…」
希「くすくす、解放されて寂しがる人質がおるん?」
花陽「私も寂しいな…本当に楽しかったから」
凛「毎日ゲームしてテレビ見て、希ちゃんの美味しいごはん食べて…幸せだったにゃ~」
花陽「エリちゃんも優しかったしね」
凛「凛もゲームなら怪盗エリーチカに勝てたにゃ!」
希「ふふ、楽しんでもらえたなら何よりや。でもそろそろ出発するよ?」
凛「エリちゃんを助けに行くんだよね!」
希「二人ともすっかりエリチの味方やなぁ」
凛「当たり前だよ!エリちゃんは凛の友達だもん!」
花陽「こんな私でも力になれるなら…がんばる!」
希「ありがとうなぁ、二人とも。でも今日はそんなに頑張らなくてもいいかもしれへんよ?」
凛「えっ、そうなの?」
海未「そろそろ時間です」
穂乃果「うわぁ~っ、怪盗さんを待ち構えるのってなんだかドキドキするね~」
真姫「私たちはもう慣れたわよ。穂乃果がずっとサボってただけでしょ?」
穂乃果「サ、サボってたんじゃないよ、いろいろ調べてたんだもん」
にこ「にこも初めてだからぁ、緊張しちゃう~」
海未「ここにまでにこは付いてくるのですね…」
にこ「いいじゃないいいじゃない!」
真姫「まったく、一般人のあなたをこの部屋に入れるためにどれだけの根回しが必要だったと思ってるわけ?」
にこ「真姫ちゃんってピリピリしてて怖いかと思ってたけど、実はとっても優しいニコね~」
真姫「な、なによ…別に私はそんなんじゃ」
海未「やはり、本物は輝きが違いますね…前回は偽物を必死に護衛していたわけですが」
ことり「ご、ごめんね…」
真姫「私は最初から、ミューズの涙にしては何だかオーラがないって思ってたのよね」
穂乃果「おおっ、真姫ちゃんさすが!」
真姫「あ、当たり前でしょ?」
穂乃果「来たのかな?」
海未「いえ、まだ予告5分前ですが…仕掛ける前の威嚇、みたいなものでしょうね」
にこ「に、にこにもなんとなくわかるわ…この押しつぶされそうな感じ」
真姫「あら、怪盗エリーチカの本気のプレッシャーはまだまだこんなもんじゃないわよ?」
にこ「…ちょ、ちょっと隠れてようかしら」
ことり「怪盗さん…」
海未「さぁ、来ますよ…備えましょう」
裏をかかずに正面突破…それは、私たちに対する挑戦なのか、それとも自分自身に対する挑戦なのか。
前回の反省と対策をしっかり叩き込んできた私達警察の警備を突破するのは決して楽ではないだろう。
しかし、鮮やかに、着実に、この部屋へと近づいてくる―――
にこ「な、何だか近づいてきてない?」
ことり「来るよ、この部屋までは」
にこ「そ、そんなことでいいの?」
海未「私たち以外では捕まえられませんよ。」
真姫「ええ。…私たち以外に捕まったら、承知しないんだから」
そしてついに、私たちがいる部屋の扉が開かれる。
海未「回を重ねる毎に、怪盗らしくなくなっていきますね?」
絵里「ほんとにね…」
怪盗さんが苦笑する…なんだかとても楽しそうだ。隣を見ると、海未ちゃんも笑っていた。
穂乃果「エリちゃ~ん、今日は穂乃果もいるよ~!」
絵里「こんばんは、元気な刑事さん。それに自信家の刑事さんと…あら、『にこちゃん』もいるのね」
にこ「私の名前、覚えたの!?」
絵里「ええ、凛と花陽にはお世話になったわ…久々に楽しかった」
絵里「大丈夫、きちんと解放するわ…さて」
優しい表情をしていた怪盗さんが、急に真剣な空気を醸し出す。
その場の空気が一気に引き締まり、私達も身構える。
絵里「ミューズの涙、今日は本物みたいね」
ことり「はい、約束通りちゃんと戻しておきました」
絵里「そう…。私も、約束通りもう一度盗みに来たわ」
ことり「…どっちを、ですか?」
絵里「…予告状のとおりよ。私は今日、ミューズの涙を頂きに参上した…!」
ことり「…そうですか、なら…私がミューズの涙を守ります!」
海未「私達も…」
真姫「忘れないでよね!」
にこ「にっ、にこもいるわよ!!」
穂乃果「さぁ、エリちゃん…今日で決着だよ!!」
やっぱり鍵を握るのは、この二人の組み手――!
真姫ちゃんが常に海未ちゃんを援護できる位置から発砲し、私とにこちゃんの二人でミューズの涙が入ったケースを守る。
そして穂乃果ちゃんが常に手錠を構えながら、攻撃にも防御にも参加できる位置につける。
さぁ、怪盗さん、この布陣を突破できますか――
海未ちゃんの気合の入った拳。しかし、怪盗さんはひらりと交わす。
絵里「もう何度もやり合っているもの…あなたの動きは手に取るようにわかるわ」
海未「そうですか…しかしそれは!」
海未ちゃんの追撃が、怪盗さんの肩を捉えかける。
海未「私も同じですよ。あなたの身のこなしはもうほとんど見切りました…!」
絵里「くっ…!」
怪盗さんがたまらずに煙幕を張る――
海未「同じ手は食いません!」
海未ちゃんがためらいなく煙幕の中へと突っ込んでいく。
遊撃の位置についていた穂乃果ちゃんが素早くスモークグレネードを蹴飛ばし、煙を晴らす。
怪盗さんがいつのまにか部屋の天井へと貼りついていた。
真姫ちゃんがすかさず麻酔銃を連射し、怪盗さんを叩き落す。
しかし怪盗さんが空中で体制を変え、壁を蹴ってわたしとにこちゃんの方へと突っ込んでくる――
にこ「こ、こっちくるわよ!?」
ことり「…!」
怪盗さんが地面に着地し、ミューズの涙へ向かって踏み出していく。
海未「させません!」
絵里「これで!」
海未ちゃんが素早く取り押さえようとするが、怪盗さんが着ていたマントを素早く脱ぎ去り、海未ちゃんに被せる。
海未「しまった…!」
マントはひとりでにきつく巻き付き、海未ちゃんの自由を奪う―――
真姫「いい気にならないで!!」
真姫ちゃんが一気に前線へと躍り出る。その手には――ショットガン。
真姫「ゴム弾でもいいって…言ったわよねぇ!!」
大きな銃声とともに、真姫ちゃんがショットガンを連射していく。
ゴム弾といっても、至近距離であたれば怪盗さんの命は無い――
真姫ちゃんもそれはわかっているのだろう、直撃を狙うよりも、怪盗さんの動きを牽制するような打ち方をしている。
これは、海未ちゃんが復帰するまでの繋ぎ――
するりと真姫ちゃんに近づくと、簡単にその手からショットガンを叩き落してしまった。
そしてその手に手錠をかける――
真姫「そんなっ…」
絵里「次は!?」
怪盗さんが穂乃果ちゃんの姿を探す。が、見当たらない。
穂乃果「たあぁ~っ!!」
穂乃果ちゃんが照明を背にして怪盗さんへと飛びかかる。
絵里「くっ…」
面食らった怪盗さんの右手を、穂乃果ちゃんの手錠が捉えかける――
絵里「甘いわよ!」
しかし、ギリギリのところでとどかない…!
怪盗さんはするりと回転すると、穂乃果ちゃんにロープを巻き付けて縛り上げてしまった。
穂乃果「またこれなのぉ~!?」
にこ「にこのことを、忘れてんじゃないわよ!!」
にこちゃんが怪盗さんへと向かって飛び出していく。
絵里「へぇ、あなた…警察でもないのに勇気あるのね。その勇敢さに免じて…」
にこ「ひゃっ!」
絵里「手錠をかけておいてあげる。じゃあね、『にこちゃん』」
にこ「このぉ~、離しなさいよぉ~!」
ぴょんぴょん飛び跳ねているにこちゃんを尻目に、怪盗さんは私のすぐそばまで来ていた。
簡単な打撃でケースを叩き割ると、ミューズの涙に手を伸ばす…
精一杯、怪盗さんの虚を突いたつもりで…その右手に手錠をかけた。
絵里「あら…抵抗するのね、可愛い刑事さん。でもこの手錠のもう片方を、私の左手にもかけられるかしら?」
ことり「その必要は…ありません」
ゆっくりと怪盗さんに、隠していた私の左手首を晒す。
そこには怪盗さんにかけた手錠のもう片方がかかっている。
つまり、私の左手と怪盗さんの右手が、一つの手錠で繋がれた――
絵里「っ……これは」
ことり「これでもう、あなたは私から逃げられません…先に言っておくと、鍵は置いてきました」
怪盗さんが呆気にとられているうちに、右手で割れたケースの中からミューズの涙を奪い取る。
決してなくさないように、手のひらの中に強く握る…
ことり「さぁ…盗んでください。ミューズの涙といっしょに、私を」
絵里「本気なの…?」
ことり「嫌なら、ここで降伏してください!!!」
自分でもびっくりするほど大きな声が出てしまった。
堰を切ったように感情があふれ出してきて、わけがわからなくなる。
ことり「もう、私から離れたところに行かないでください…」
―――それはもう、誰がどう聞いても…告白に違いなかった。
怪盗さんが優しく微笑む。
その表情が、やっぱり大好きで。
絵里「行きましょう。走れる?」
怪盗さんが部屋の出口へ向かって走り出す。
手錠で繋がれた私の左手を、怪盗さんの右手が引っ張っていく。
海未・真姫「ことり!!」
一目散に逃げだしていく。
皆の呼び止める声に、聞こえないふりをして―――
ことり「はぁ、はぁ…どうやって逃げ出すつもりなんですか」
絵里「そうね、いくつか手はあるけど…この状況なら、これね」
怪盗さんが指し示したのは、屋上の隅に括りつけられた、無数の真っ白な風船…
絵里「万が一のときのために二人分用意しておいたけど、まさか使うとはね…」
ことり「ま、待ってください!風船でどうやって逃げ出すんですか?まさかこれで飛ぼうなんて」
絵里「そのまさかよ。ちょっと特別な気体が詰まってて、人を浮かせることくらい簡単なんだから」
そう説明しながら、怪盗さんは片手で器用に自分と私の背中に風船の束をくっつけていく。
絵里「中身はちょっと秘密なんだけど…よし、OKね。地面から離すわよ?準備はいい?」
ことり「じゅ、準備って…ひゃあぁ~~っ!?」
ことり「とっ、飛んで…きゃぁぁ~っ!!!」
絵里「この紐を引っ張るだけで、前進も下降もお手の物なのよ?便利でしょ?」
ことり「こ、これっ…これ大丈夫なんですかぁ~!?」
絵里「狙撃されても割れないから安心して。それに、もし撃ち落とされてもそれはそれで別の手があるから」
ことり「そんなこと言われても、こ、怖いですよぉ~っ!」
絵里「私の手」
ことり「えっ?」
絵里「ずっと繋いでいるんだけど…それでも怖い?」
ことり「あっ…」
怪盗さんの右手が、きつく私の左手を握ってくれている。
ことり「えっ…?」
怪盗さんが周りを見るように合図する。言われて、周囲に注目してみると…
ことり「うわぁ~っ…!」
眼下に広がるのは、東京中のネオンの明かり。
煌びやかに、絢爛に…どこまでもどこまでも広がる、白やオレンジのイルミネーション。
ううん、それだけじゃない…上を向けば、今度は満天の星空…お月様もよく見えて、綺麗…
絵里「ねっ、綺麗でしょう?私はこの景色が一番好きなの」
答えたいが、感動のあまり言葉が出ない。
これがいつも怪盗さんが眺めていた景色…!
ことり「っ…!」
言われて意識し始めた。無我夢中でここまで走ってきたけど、ずっとこんなに近くに怪盗さんがいる…
幸せで、夢のようで…
でも、なんでだろう…
幸せなはずなのに、涙があふれ出して、止まらない。
絵里「…泣いてるの?」
ことり「ごめんなさい…」
絵里「泣かないで。せっかくの可愛い顔が台無しになっちゃうわ」
ことり「そうやって、優しいから…」
ことり「…私が…、警察じゃなければ良かった…!」
絵里「…」
ことり「もし私が警察じゃなかったら…何にも考えずに、あなたにさらわれてしまえるのに…!」
絵里「…違うわ。あなたが警察だから、私たちは出会えたのよ」
ことり「…!」
絵里「そして、あなたが警察だから…私はあなたのことを好きになった」
えっ…
今、好きって…
穂乃果「にこちゃ~ん、はやくこの縄ほどいてよぉ」
にこ「今やってあげるから待ちなさいよ!」
真姫「もう、穂乃果…手錠の鍵持ってたなら早く言いなさいよね」
穂乃果「ごめんごめん、そんな暇なくて」
にこ「よし、ほどけたわ!」
穂乃果「ありがとう!にこちゃん」
海未「これで全員自由になりましたね。さぁ、ことりと怪盗エリーチカを追いかけなくては」
真姫「大丈夫?」
穂乃果「ちょっと待ってて……あ、もしもし?希ちゃん?うん、ちょっと予定と違うけど…そう、ことりちゃんが一緒だから…あとは、ことりちゃんがどうにかしてくれるよ」
にこ「ちょっと、誰と話してるわけ?」
穂乃果「希ちゃん、エリちゃんの友達だよ。あ、もしもし?うん、大丈夫…ことりちゃんなら、きっとエリちゃんを救ってくれる。じゃあ、こっちも合流するね」
真姫「合流?」
海未「どうやら、穂乃果には穂乃果なりの考えがあったみたいですね」
穂乃果「うん、ついてきて!」
絵里「可愛い刑事さん。あなたの気持ちは、ずっと前からわかっていた。」
ことり「…」
絵里「私のことを好きでいてくれるのは嬉しいわ。でもね…」
怪盗さんが、夜空の遠くの方を眺める。
しばらく考え込んだ後、また言葉を紡ぎ始める。
絵里「…私は、あなたをさらってしまえるほど…綺麗な人間じゃない…」
ことり「そ、そんなことないですっ…!私は、怪盗さんなら…」
絵里「違う、違うのよ…!」
ことり「怪盗さん…?」
怪盗さんが私の方を向く。
その目から、次第に涙があふれだして行く――
ことり「…はい」
絵里「やっぱりね…私も昔は警察だった。でも…続けられなかったの…」
怪盗さんはぽつぽつと語り始めた。
自分自身に語り聞かせるように…私に、懺悔するように。
絵里「私は、弱い人を守りたかった。あなたのように、警察としての正義をずっと貫いていたかった…でも、それができなかった」
ことり「…」
絵里「私は、怪盗になることでしか自分の正義を表せなかった…。弱者の為だと言い聞かせ、日々悪行を重ねることでしか自分の存在を維持できなかった…!」
それは、今まで怪盗さんが抱えてきた心の痛み。
一人で背負い込んで、ひたすら耐える事しかできなかった…怪盗さんの苦しみ。
ことり「怪盗さん…」
怪盗さんの涙はどんどん溢れて、その頬を濡らしていく。
子供のように顔をくしゃくしゃにしながら、止まらず――
絵里「私は、自分勝手な正義を守るためだけに、皆から恨まれ続ける怪盗…!そんな私に、あなたのことをさらってしまえる権利なんてない!」
ああ、この人は―――
絵里「こんな私は、誰にも、誰にも許されるわけないじゃない…!警察にも、皆にも…!!」
―――ずうっと、一人きりで抱え込んでいたんだなぁ―――
この、誰よりも真面目で優しくて、不器用な怪盗さんのことを――もう、二度と離さないように。
ことり「私がっ…」
涙があふれて、怪盗さんの肩越しに零れ落ちる。
ことり「私が許しますっ…!私と…海未ちゃんと真姫ちゃんに、穂乃果ちゃんと…にこちゃん達が許します!警察が決して許さないかもしれないあなたのことを、私たちが許しますっ…!あなたの行いの、すべてを…!」
東京の夜空に、二人。
宙に浮いて、怪盗さんの体温だけを感じる。
怪盗さんの顔を見つめ…目を閉じて、その唇を奪う。
怪盗さんも、ゆっくりと、確かに…それを受け入れてくれる。
ことり「せっかくの綺麗な顔、崩れちゃいますよ…?怪盗さんには、笑っていてほしいんです…」
街の端っこの方で、水色の信号弾が輝いているのが見えた。
怪盗さんのことを待っている人たちの、暖かな合図…
ことり「さぁ、帰りましょう…私たちのことを、待ってくれてる人たちがいます…」
停まっている大きなバンのすぐそばに、皆が集まっているのが見えた。
穂乃果「ことりちゃ~ん!エリちゃ~ん!!」
大きな声で叫びながら穂乃果ちゃんが駆けよってくる。
怪盗さんと目を合わせ、少しだけ笑い合って…私達も駆けていく。
海未「ことり!!」
真姫「もう、心配したわ。空中散歩は楽しかった?」
ことり「海未ちゃん、真姫ちゃん…」
凛「エリちゃ~ん!!」
希「エリチ、おかえり!」
絵里「凛、希……ただいま!」
花陽「でも、何だか怪盗さん…楽しそう」
にこ「憑き物が落ちたって顔してるわね。あいつ、あんなに子供っぽく笑えるんじゃない」
海未「何はともかく、無事でよかったです…さて、怪盗エリーチカ」
海未ちゃんが怪盗さんに向かって呼びかけると、この場の暖かな空気が一気に引き締まった。
海未「あなたが数々の窃盗を繰り返したことは、最早振り返って確認するまでもありません。あなたは私たち警察の敵です」
海未ちゃんが手錠を構え、怪盗さんに近づく…
怪盗さんも抵抗はせず、ただ静かに海未ちゃんの言葉を聞いていた。
海未ちゃんが掲げた手錠をおろす。
絵里「…!」
海未「真姫や穂乃果と相談して決めました…ことり、あなたも同じ意見なのでしょう?」
海未ちゃんがこちらを見る。わたしも、うなずいて答える。
海未「悪人を逃がすというは私の主義に反するのですが…あなたは悪人ではありません。むしろ、自分なりに正義を立派に貫き通した人だと私は思います」
絵里「……」
穂乃果「エリちゃん!」
真姫「どう?私たちのこと、仲間だと認めてくれる?」
絵里「……う、うわぁ~ん!!」
にこ「なっ、泣くの!?」
凛「しかもボロ泣きだにゃ!」
花陽「こっ、これは予想外です!」
希「あーあ、エリチの泣き虫な一面が出てもうた…」
絵里「うぅ……皆、ありがとう……」
ことり「え?…あっ!」
言われて気づいた。そういえば、私の左手と怪盗さんの右手は、まだ手錠で繋がれたままだ…!
真姫「むしろ、ずっと外さないほうがいいんじゃない?」
穂乃果「うん!すっごくお似合いだよ!」
絵里「おっ、お似合いだなんて、そんな…」
ことり「ほ、穂乃果ちゃん!」
とっさに怪盗さんの方を向くと、ちょうど視線が合って顔をそらしてしまう。
ああ、すごく照れくさいけど――
今、何だかとっても幸せな気分――
今ようやく全部書き終わった…
花陽「にこちゃん!こないだあげた記事のおかげで、今日も順調にアクセスが増えてるよ!」
凛「っていうか、こないだまでとは比べ物にならないにゃ!」
にこ「『怪盗エリーチカ、東京の夜空に消え失踪…』。ふふふ、他のどのマスコミも報道してない、私達だけの特ダネ記事なんだから当然よ!」
真姫「順調みたいね」
にこ「真姫ちゃんが監修しなければ、もっとスキャンダラスな記事が書けたんだけどなぁ~?」
真姫「ちょっと、絵里の秘密は私達9人だけのものにしておくって皆で決めたでしょ!?そのために怪盗エリーチカは失踪したなんて嘘の記事を書いたんじゃない」
希「せやな、エリチは盗んだものをばらまくことはしなかった…きっと、心の奥では誰かに自分がやってることを止めてほしかったんやろなぁ」
真姫「まったく、面倒な人ね」
希「ほんまになぁ」
にこ「アンタもね」
希「ウチ?」
真姫「あなた、怪盗エリーチカのことを、こうやって誰かが許してくれるように…わざわざ、穂乃果や凛、花陽に情報を流していたんでしょう?」
希「ウチはただ…辛そうだった親友に、幸せになって欲しかっただけや」
凛「希ちゃん…友達思いだにゃ~!!」
真姫「本当に絵里と一緒にここで働くつもりなの?」
花陽「私たちは大歓迎です!」
にこ「これから私たちのサイトは一気にメジャーになるわ!人手が必要になるし…それに」
真姫「それに?」
にこ「絵里の怪盗として培われた変装・潜入のスキルがあれば、どんなスクープも撮り放題じゃない!」
真姫「もう、それが狙いなのね!まったく…」
凛「そういえば、その絵里ちゃん本人はどこ行っちゃったのかにゃ?」
希「多分…怪盗エリーチカの最後の仕事をしにいってるんと違うかなぁ」
海未「ことり、本当なのですか?休職届を出したというのは」
ことり「うん、色々あったから…ゆっくり休みたいなと思って」
海未「そうですか…まあ、ここの所は休日返上で働いていましたからね。ゆっくり休んできてください」
穂乃果「それがいいよ!働きっぱなしじゃ疲れちゃうもんね!穂乃果もちょっとお休みしようかなぁ」
海未「穂乃果は1ヵ月署を開けていた分、たくさん仕事が溜まっているでしょう!」
穂乃果「えぇ~っ、もう十分働いたよぉ~!反省文だってたくさん書いたのにぃ~!」
海未「あぁ、真姫ならにこの職場で、怪盗事件の後始末をしているはずです」
穂乃果「うぅ、もう働きたくないよぉ~!」
海未「あっ、穂乃果!待ちなさい!」
穂乃果ちゃんと海未ちゃんが元気に駆けていく。
私は一人、中庭で…あの人のことを考えていた。
ふと、真姫ちゃんがやってくる。
ことり「うん。…本当はね、仕事よりも大切なものができたから」
真姫「ならいっそ、警察なんてやめてしまえば?」
ことり「だめだよ、私はやっぱり刑事だもん…弱い人たちの為に、正義を貫く刑事だもん」
真姫「ふふっ…」
真姫ちゃんがくすくす笑う。
真姫「やっぱり、真面目なのね」
真姫「そうかしら?」
ことり「そうだよぉ」
穏やかな風が、私たち二人の頬を撫でる。
ことり「でもね、きっと…ちょっとだけ警察をお休みして、自由な立場になったら…さらいに来てくれる人がいるから」
真姫「…」
ことり「ずぅっと、待ってるの…だから」
優しく、真姫ちゃんの瞳を見つめる。
ことり「だから、そろそろ変装を解いてほしいな?」
絵里「ふふっ……迎えに来たわ、可愛い刑事さん。」
絵里「ええ、もう怪盗はやめるつもりだけれど…最後に、一番大切なものを盗んでいかなくっちゃね」
ことり「…」
絵里「こんな私のことをすべて受け入れてくれた、一番大切な…可愛い刑事さん。」
怪盗さんの唇が私に触れる。
私の首筋を、指が静かに撫でる…
私も目を閉じて、それにひたすら答える。
しんと静まり返った中庭で、怪盗さんの温かさだけを体に感じる…
怪盗さんの指が、私の体に這っていく…
声を抑えられなくなりそうで…もたれかかるように抱き着いたら、頭を優しくなでてくれた。
絵里「…なぁに?」
ことり「手錠…かけても、いいですか?」
一週間前と同じように、私の左手と怪盗さんの右手に一つの手錠をかける。
ことり「えへへ…ようやく捕まえちゃいました。怪盗さん」
絵里「でもやっぱり、これじゃあなたも逃げられないわよ?」
ことり「…いいんです」
――――これは、とある怪盗に捕まった小鳥の物語。
ことり「もうずーっと逃がしませんから…私のこと、ずっと捕まえていてくださいね」
――――――――真面目な二人の、幸せな物語――――――――
ことり「刑事なことりと、怪盗エリーチカ」 おわり
もし最後まで読んでくださった方がいるなら感謝感謝です本当にありがとうございます
他にもラブライブSS書くかもしれないので、よかったらまたお付き合いくださいませ
今気づいたけどIDがKKE
すごい偶然ハラショー
もう寝ていいぞ
またことえり書いてくれ
お疲れ様
月並みな言葉だが面白かったよ
本当にありがとう
ことえり好きとしてはようやく成仏できる想いでいっぱいだ
ハッピーエンドでよかった乙!
ことえりのUR見た時からこういうSS密かに期待してた
盗みのシーンも心情描写も上手くて良かった
最高のSSでした
あっと言わされた
あのURのおかげでことえりのSSや同人誌が増えたし蟹には感謝しかなかった
おつおつ
チーズケーキ鍋を作る権利をやろう
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