【ラブライブ!】真姫「メイドカフェ黙示録」
- 2020.04.14
- SS

「日頃の感謝を込めて、真姫ちゃんにプレゼント!」
そうして渡されたものは、にこちゃんが働いていたメイドカフェの、ドリンク無料券。
「昔のバイト先で欠員が出ちゃって。もう3年だし、μ’sの活動もあるから引退したつもりだったんだけど、向こうがどうしてもっていうから。
――だからボーナスを要求してやったの。それがこの券よ」
その日、部室にはたまたま私達2人だけで。
他の子には内緒よ、と唇に人差し指をあてたにこちゃんの姿が、なんだか変に大人びて見えて。
私も自分でおこづかいを稼いだら、こんな風になれるのかな、って思ったの。
うちってパパが厳しくて、アルバイトなんて絶対に許してもらえないから――っていうのは、ちょっと言い訳じみてるわね。
それに、前にことりが勤めていたメイドカフェがとってもいい雰囲気のお店だったから。
だからにこちゃんのお店にも、正直に言ってちょっと期待していたの。
本当は胸がいっぱいだった。
当日の朝は早起きして、一番可愛いお洋服を選んで、ちょっとだけ背伸びしてお化粧までして。
――それなのに。
そんな失礼な言葉が、思わず口をついて出ちゃった。
にこちゃんに教えてもらった住所。
そこに建っていたのは、エレベーターホールに潰れた段ボール箱が転がっているような、アキバの片隅の雑居ビルで。
お世辞にも、エレガントとは言えなかったんだもの。
こんなところに、「ユメノクニ」を標榜するメイドカフェが本当にあるのかしら。
狭くてゴミだらけの階段を登りながら、半信半疑だったわ。仕方ないわよね?
だけど確かに看板が立っているし、「メイドさんのゆめのくに」って書かれたドアもあったし。
ならさっさと入ってしまえばよかったんだけど――。
カラオケ店の個室みたいに分厚いドアを開ける勇気が、どうしてもわいてこなかったの。
一斉に注目されたらどうしよう。変なことを口走ったらどうしよう、お店の雰囲気を壊しちゃったらどうしよう――。
そうしてしばらく、路上でもらったチラシをくるくる弄びながら、痛い子みたいに立ちすくんでいたら。
急に「メイドさんのひみつきち」と書かれたドアが開いて、出てきたのは――。
「あら、グッドタイミングね。来てくれて嬉しいわ」
メイド姿のにこちゃんでした。
普段はピョコピョコと、まるで小動物か年下の女の子みたいなのに。
こういう時のにこちゃんって、やっぱり少し頼もしく見えるなって。
優しく手を引かれながら、そう思ったの。
――だけど、入店の際のこの言葉は、なんだかいただけないわね。
「お嬢様1名お帰りでーす!」
「お帰りなさいませー!」
お嬢様。
小さい頃から、私に貼られていたレッテル。
それを今、よりにもよってこのタイミングで突きつけられるなんて。
――ああもう、なんなのよ!
電車でたとえるなら、シートの一番端ね。パーソナル・スペースが確保しやすい場所。
それはよかったんだけど――。
問題は、隣の席のお客さん。外国人観光客の4人組。
やたらに声が大きいし、さっきからこっちをちらちらと見てくるし。
「おや、この女の子はどうしてこんなところに一人で来ているんだろう?」と言わんばかりで。――何よ、悪い!?
腹立ち紛れに、さっきから手に持ったままのチラシを読んでみたの。
どうしてにこちゃんは、ここを職場に選んだのかしら、って。
こんなことが書いてあったわ。
#可愛い制服でご主人様・お嬢様に笑顔をお届けするキャスト募集中!
#取材の依頼が殺到中!テレビで芸能人と共演できるかも!
なるほどね、にこちゃんらしいわ。特にこの「笑顔をお届けする」ってフレーズが。
――というか、早く私の対応しなさいよ!
「お帰りなさいませ、ただいまから入国の儀式を始めます。三つカウントしてくださいね」
入国!?ここって治外法権が適用されるの!?
パスポートなんて持ってきてないし、出入国カードだって書いてないわよ!?
どうしよう。どうしよう。どうしようどうしようどうしよう――。
恥ずかしい話だけど、少し焦っちゃった。
きっと焦りが顔に出ちゃってたのね、メイドさんが苦笑まじりに説明してくれたわ。
「お嬢様。このお店は一時間につき800円の入国料さえいただければ、他に特別な手続きは必要ありません」
あ、そうなの。強制送還なんてないのね――。
まだドキドキしたまま、言われるままにおずおずと三つ数えたら。
「3、2、1――はい、お帰りなさいませ!」
わあ!キャンドルに火がついた!
……って、どう見てもイミテーションじゃない!なにそれ、意味あるの!?
なんだか小馬鹿にされているみたいで、少しだけ腹が立っちゃった。
だけど、思えばあのメイドさんも気の毒ね。こんなお仕事をしているのにものもらいなんて。
次の機会には、是非とも西木野総合病院をご贔屓に!
和木さんがいれてくれる紅茶の味には、遠く及ばないけどね。
それより問題なのは、
「ご一緒に、美味しくなる魔法の呪文を唱えてくださいね!せーの、美味しくなーれ、萌え萌えキュ~ン!」
――なんなのよ、もう!
ホントにホントになんなのよ!
ご丁寧に胸の前でハートの形まで作らされて、すごく恥ずかしかったんだから!
さっきのニセモノキャンドルといい、魔法の呪文といい、意味があるとは思えないわ!
はぁ。思わず一つため息。
ことりのお店は、こんなに押し付けがましくなかったのに。
押し付けがましいといえば、このお店のBGMもそうよ。
こんなピコピコした電子音楽ばかり聴かされたら、なんだか目眩がしちゃう。
真姫ちゃんのお耳は繊細なんだから!
まったくもう――どうしてもっと、雰囲気を大切にしないのよ!
自分から誘っておいて、さっきから他のお客さんの相手ばっかり。
早くこっち来なさいよ!
そうやって、一人でぷりぷり怒っていたら。
急にお店の照明が暗くなって、BGMがフェードアウトして。
お店の壇上に、にこちゃんが上ったの。
「イエー!!」
「今日は、にこのスペシャルライブ!いっぱい盛り上げてくださいねー!」
「フゥー!!」
今日のメインイベント。にこちゃんのソロライブ。
しょうがないから行ってあげるわよ、なんて斜めに構えていたけれど。
本当は、ちょっと楽しみにしていたの。
だけど――。
何だか、ちっともノれなかったわ。
もちろん、それもあるんだけど。
何となく、わかっちゃったの。
この人達は、にこちゃんが特別に見たいわけじゃない。
メイド服を着た可愛い女の子なら、誰だって構わないのよ。
一体感さえ味わえれば、何を見たって同じなのよ。
この人達に、にこちゃんがアイドルになるためにどれだけ努力してるかなんて、わかりっこない。
エリーの厳しい指導に耐えて、海未が提案する練習メニューをこなして、3年も部長の仕事を全うして。
そんなこと、この人達には関係ないんだわ。
なんにも知らないくせに、わいわい騒いじゃって、ばっかみたい!
それはまるで、休み時間に下らないことで盛り上がってる、遊ぶことしか考えていないクラスメートみたいで――。
「ハーイ!ハーイ!ハーイ!ハーイ!」
「にーこ!にーこ!にーこ!にーこ!」
――ああ、そっか。
これだから私、友達少ないのね。
冷めたミルクティの残りを飲む気にもならなくて。
ずっと顔を両手に埋めていたの。
今思えば、かなりさびしくて痛い子みたいな振る舞いね。
指先から、マニキュアのにおいがしたわ。
ママにもパパにも内緒で塗ってきたマニキュア。
にこちゃんは気づいてくれたのかしら?
お客さんと記念撮影なんてしちゃって。
私だってツーショットの写真は欲しいのに。
壇上で並んでいるのは――お隣の席の軽薄な外国人観光客。
苦手なはずの英語まで使って、お得意のにこにースマイルで、めいっぱいサービスするにこちゃんを見て、
なんだか、急にムカムカしてきちゃった。
胸のムカムカは引っ込んでくれなくて。
だから、ようやくにこちゃんが私の席に来てくれたとき、
「お嬢様、お楽しみいただけてますか?」なんて他人行儀に言われたのにカチンときて、
思わず、こう言っちゃったの――。
「それより、このお店ってお水はセルフサービスなのかしら?――店員さん」
だって、にこちゃんの笑顔が強ばってたもの。
メイドカフェで「セルフサービス」だなんて、イヤミ以外の何物でもないじゃない!
いっそ、いつもみたいに怒ってほしかったわ。
「なによ!気がきかなくて悪かったわね!」って怒鳴ってほしかったのに、
お仕事モードのにこちゃんは、どこまでも大人で。
「申し訳ありません、すぐお持ちいたしますね」
そんな愛想の良さが、余計に悲しくて。
気がついたら、逃げるようにお会計をすませて、
お店から飛び出していたの――。
昭和のにおいが残る、飴色が基調の喫茶店。
にこちゃんに教えてもらった、秘密の隠れ家。
初めて来たのは、二人で映画を観に行った帰りだったわ。
「真姫ちゃんは特別」って紹介してくれたのが、ちょっぴり恥ずかしくて、でもすっごく嬉しかった。
あの日見たにこちゃんの笑顔や照れた顔を心に描いて、無理やり笑おうとしたけれど、
さっきの大失敗がなおさら重く心にのしかかってきて、やっぱりダメだったわ。
くだらないとかバカみたいとか意味わかんないとか、なんに対しても思っちゃって。
だから私の居場所は、いつも人気のない音楽室。
こんなひねくれ者の私がスクールアイドルやってること自体、僥倖としか言いようがないのよね。
――私、思い上がっていたのかしら。
いつまでも自分だけが、にこちゃんの特別なんだって。
頭の中は、さっきから月並みな後悔の言葉でぐじゃぐじゃ。
寂しかったの。
悔しかったの。
にこちゃんが、他の人にサービスしてるのが嫌だったの。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
そんな言葉をいくら並べたって、もちろんにこちゃんに届くはずがなくって。
ずるくて臆病な私には、大きな声でにこちゃんを呼ぶ勇気すらなくって。
なんだか疲れちゃった。
頼んだ濃いエスプレッソはさっぱり効き目がなくて、
私はいつのまにか、ウトウトと居眠りをしていました――。
ジャングルにつくられたステージの夢。
客席には、兵隊さんの格好をした外国人がいっぱい。
私はそれを、外から見ていたの。
やがてヘリコプターが夜空から舞い降りてきて、
この夢が、いつか観た映画の再上映なんだって気がついたわ。
ワーグナーが効果的に使われている、昔の戦争映画のワンシーン。
だけどヘリコプターから降りてきたのは、セクシーな水着をつけたショーガールじゃなくて、
メイド服姿の、にこちゃんでした。
ねぇ、私はここにいるわよ。そんなところで踊っちゃダメ、こっち見なさいよ。
だけど、客席の外国人の声があまりに大きくて。
どんなに手を振っても、毒々しいサイリウムに遮られちゃって。
にこちゃんは、全然気づいてくれなかった。
そのうち、興奮した外国人が次々と客席を乗り越えて、ステージのにこちゃんに押し寄せて――。
小さくて優しい手。
不思議なものね。
顔を上げるまでもなく、それがにこちゃんの手だって気づいたの。
こんなところにいるのはおかしいのに。
私に対して怒っていても、仕方がないのに。
「早めに上がらせてもらったから、探しに来たんだけど――やっぱりここだったわね」
にこちゃんはそう言ってから、ブレンドコーヒーを一口飲んだわ。
ミルクもお砂糖も入れないコーヒー。
ちょっと無理しちゃったみたい。「にがっ」と小さくつぶやいて、テヘッと舌を出して。
それから、「大丈夫?嫌な夢でも見たの?」って、
冷たいお水のグラスを渡してくれたの。
少し気まずそうな、困ったような笑顔。
ほっぺたに髪の毛を一本貼りつけたまま、私は不思議と冷静でいられたの。
まるで夢の続きでも見ているように、ね。
だけど、にこちゃんが「ごめん」って頭を下げた時には、
いつもクールな真姫ちゃんも、さすがに冷静じゃいられなかったわ。
「どうして!?」
思わず椅子から立ち上がって、叫んじゃった。
他にお客さんがいなかったのが幸いね。
「どうしてにこちゃんが謝るのよ!」
「だって、真姫ちゃんがああいう雰囲気のお店が苦手だって知らなくて、それなのに無理に誘っちゃって――独りよがりだったな、って」
にこちゃんが謝ってる。
時にトラブルメーカーで、そのくせ絶対に悪びれたりしない、あのにこちゃんが頭を下げてる――。
不意に我慢ができなくなって。
胸が詰まって、なんにも言えなくなって。
そんなのズルくてみっともないって、わかっていたのに。
少しだけ、泣いちゃった――。
私達は互いに「ごめんなさい」を繰り返して。
そのうち、どちらからともなく「いい加減に謝るのはやめにしなさいよ!」とムキになりだして。
この期に及んで、素直になれない私。
でも、にこちゃんはこう言ってくれたの。
「いいの、真姫ちゃんはそのまんまで。
――素直な真姫ちゃんなんて、私の好きな真姫ちゃんじゃないんだから」
恥ずかしくて、顔から火が出るかと思ったけれど。
やっぱり、嬉しかった。
ちゃんと「ありがとう」を言わなきゃいけないのに、私の方にも伝えたい想いはあるのに。
用意しておいたはすの言葉は、いつの間にか迷子になっちゃった。
思ったことをきちんと言えるようになるには、私はまだまだ修行が足りないようです。
だから、代わりに。
「埋め合わせはするから」って手を合わせるにこちゃんに、こう言ったの。
「今度は私がご馳走するから、ちゃんと休日は空けておきなさいよね!」
私はお気に入りのお店に、にこちゃんを招待したの。
渋谷の片隅の、とある名曲喫茶。
パパにも内緒で時々足を運ぶ、ちょっと後ろめたい秘密の場所。
ここは毎日、重厚なスピーカーでクラシックをかけているのよ。
今日はベートーヴェンの交響曲第5番を聴かせてもらえたわ。
グレン・グールドのピアノはいつ聴いても新鮮な発見があるわね!
だけどにこちゃんは、なんだか不満顔。
「なによぉ、店内会話禁止って!真姫ちゃんとお話できないなんて、つまんない!」
――なにそれ、意味わかんない!
おしまい
これのために真姫ちゃんのSid買ってしまいました。
真姫ちゃんが前よりもっと好きになる、すばらしい一冊でした。
そして真姫パパが嫌いになりました。
ばっかじゃないの、俗物!
あと、自転車のエピソードには嫌な汗かかされました。
前作で乗せまくってたので……。
良かったぞ
アニメ時空の話っぽいし自転車乗っててもへーきへーき
だがsidは全部読もう
真姫ちゃんかわいい
素晴らしい
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