【ラブライブ!】真姫「510円ぶん」
- 2020.03.26
- SS

春休みとはいえ、そろそろ起きなきゃいけない。
私は、枕に突っ伏したまま、つぶやいた。
真姫 「にっこにっこにー!
あなたの枕に、にこにこにー!
笑顔届けるぅー?」
真姫 「矢澤にこにこ!
……あーもう、うっさいわね、もう目は覚めてんのよ」
真姫 「ほら真姫ちゃん、起きなさいよ、新しい朝よ!
青空もぉー?」
真姫 「にこ!
……あーもう、やかましいわね、起きればいいんでしょ、起きれば!」
最近、この一人芝居をやらないと、ベッドから起きられない。
でも、何だかぼんやりして、何も手につかない。
後ろを振り返ると、最後のライブの日のみんなの笑顔が、目に浮かぶ。
それから、いつもピアノの脇で私を見ていたにこちゃんのアホ面も、頭から離れない。
―――――――
にこ 「真姫ちゃん、元気でいてね」
真姫 「にこちゃんも、元気でいてね」
にこ 「ありがとう。
それから、あんたには、これをあげる」
真姫 「これ、何?」
にこ 「まあ、お守りみたいなものよ。
困ったときに、開けなさい」
真姫 「……ありがとう」
―――――――
あのお守りには、何が入っているのかな?
とはいえ、まだ開けるわけにはいかない。
今の私は、困ってるんじゃなくて、腑抜けているだけだからだ。
卒業という制度をつくった世間にも、時間というものをつくった神さまにも、不満はない。
ただ私は、私に、我慢がならないのだ。
情けなく部屋でぽつねんとしている西木野真姫という人間に、我慢がならないのだ。
私は、鏡の中の自分にアカンベーをして、小銭と傘を掴んで、家を出た。
もうやだ、私、旅に出る。
真姫 「悪いわね、急に呼びだしちゃって」
花陽 「ううん、そんなことないよ。
何かあったの?」
真姫 「家出してきたの」
凛 「ええ?
じゃあ、これからどうするの?」
真姫 「あてどない旅に出かけるわ」
真姫 「安心して。お金ならあるから」
凛 「いくらぐらい?」
真姫 「かっきり500円よ」
花陽 「真姫ちゃん……」
凛 「真姫ちゃん……」
真姫 「だから、あなたたちに、しばしのお別れを言いにきたの。
ふたたび相見える日を期して、バイバイよ。
安心して。
このアヴァンチュールを終えるころには、きっと私は……モゴゴ」
ふたりの親友は、私の口を押さえると、小泉家へと私を連行した。
真姫 「ちょっと花陽、凛、なんでそんな悲しそうな顔してるのよ。
今日という私の旅立ちの日を祝福してくれないの?」
花陽 「真姫ちゃんがこんなに追いつめられていたなんて……」
凛 「もっと早く気づいてあげるべきだったにゃ……」
花陽 「家出の理由は何?
学校や部活で何かあったの?
それなら凛ちゃんと私が、相談にのるよ?」
凛 「それとも、お家で何かあったの?
それでもかよちんと凛が、話をきくよ?」
これは、私の個人的な問題なのよ」
花陽 「個人的な問題?」
凛 「凛、わかったよ!
それって、いわゆる『じぶん探しの旅』という奴だにゃ!」
真姫 「いいえ、逆よ。
私は、自分から逃げたくて、旅に出ることにしたのよ」
花陽 「でも、やっぱり女の子が一人旅なんて、危ないよお!」
凛 「それに、真姫ちゃんと会えなくなるのは、寂しいよ。
『しばしのお別れ』って、どれくらいの長さなの?」
真姫 「心配してくれて、ありがとう。花陽、凛。
でも、『しばし』の長さについては、さっき言ったとおりよ。
500円ぶんよ」
真姫 「それでいいの。
休みの日の午後、500円ぶんだけでいい。
私は、自分から逃げてみたいのよ」
すると、花陽と凛が、顔を見合わせて、にっこり笑った。
凛 「真姫ちゃんがそこまで言うなら、凛たちは止めないことにするよ。
でも、そのかわり、かよちんと凛も、一緒に行っていい?」
花陽 「凛ちゃんと私も、500円ぶん、ね」
真姫 「……ふたりとも、ありがとう」
ちょうど春曇りの空から雨が降ってきたので、傘をさした。
別れを告げるつもりで来たけど、どうやら心の底では、一緒についてきてほしかったみたい。
ああ、出会って一年経っても、なかなか素直にはなれないな。
真姫 「春雨や 友を訪ぬる 想ひあり、か」
花陽 (ハルサメ? ダイエットかな?)
「真姫ちゃん、ちゃんとお米も食べなきゃだめだよ」
凛 (重い? ひょっとしたら体重の悩みかな?)
「大丈夫だよ、真姫ちゃんはスマートすぎるくらいだよ」
真姫 「ん?
まあいいや、行きましょう」
凛 「ねえねえ真姫ちゃん。
どうして、500円ぶんの旅なの?」
真姫 「小さいころ、『10円ぶん』っていうイギリスの童話が大好きだったの。
ティムくんという男の子が、拾った10円で、行けるとこまで行くお話よ」
凛 「イギリスの人も、10円を使うの?」
真姫 「ふふふ、違うわよ。訳者さんが、そう訳したのよ。
いかにも子どもの冒険にふさわしい、すてきな訳よね」
真姫 「チョコレートを手に入れて、無事にお家に帰るの。
小さいころ、このお話を読んで、そんな冒険に憧れたわ。
そしてついに、それを実行に移すことにしたというわけよ。
とはいえ、さすがに10円では、チロルチョコも買えないでしょ」
花陽 「だから、500円ぶんにしたんだね」
真姫 「そのとおり。
500円あれば、とりあえず何とかなる気がすると思わない?」
凛 「わかるにゃー!
500円あれば、何でもできる気がするもんね!
じゃあさっそく、あそこのラーメン屋さんで、腹ごしらえしよう!」
花陽 「あ、おむすび屋さんが、新商品出してるよ、真姫ちゃん!
まずはあれ、買ってみない?」
真姫 「ちょ、計画的に使わなきゃだめよ!
いきなり冒険が終わっちゃうじゃない!
食欲に衝き動かされる二人を引きずるのは大変だったけど、嬉しくもあった。
二人とも、こんな私のわがままに付き合ってくれて、ありがとう。
それから、私の家出の理由について、訊かないでいてくれて、ありがとう。
花陽 「うん、そうそう!
何して遊ぼっか?」
真姫 「ありがとね。
それじゃ、とりあえず駅に行きましょ。
自分から逃げるには、とりあえず物理的な距離をとることから始めないとね。
Maki-chan escapes from Maki-chan to……」
凛 「とぅー?」
花陽 「どこに逃げるのかな?」
真姫 「……わかんない」
まきちゃんは、まきちゃんからエスケープすることはできない。
エスケープしたふりをしたとしても、たどりつく先は、まきちゃんに決まっているのだ。
それでも、できるだけ遠くの町に行けば、短い間だけでも、ごまかせるかもしれない。
しかし駅の券売機の前に着いて、よくよく運賃表を見てみると……
花陽 「帰りの電車代も考えると、隣町までの切符が限界だね」
凛 「この230円のやつだね。
どうする? 真姫ちゃん」
真姫 「あまり遠くには行けないけど、しかたないわね。
あなたたちが良ければ、これを買いましょう」
所持金の90パーセント以上を蕩尽してしまったが、まあどうにかなるだろう。
逃避行の始まりである。
穂乃果「海未ちゃん、ことりちゃん、もう宿題やるの、疲れちゃったよ!
遊びに行こうよ!」
海未 「そうですね。
今日はここまでにして、息抜きしましょうか」
穂乃果「そうだ!
花陽ちゃんと凛ちゃんと真姫ちゃんも誘おうよ!」
あれ? 出ないよ?
……あ、留守電のメッセージだ!」
真姫(留守電音声)
:逃走中です。
穂乃果「真姫ちゃん、何か用事があるの?」
ことり「……闘争中? 何かと闘ってるみたい。
凛ちゃんはどうかな?」
凛 (留守電音声)
:えすけーぷ? だにゃー!
海未 「凛は何と言ってますか?」
ことり「……エスケープ? 何かから逃げてるみたい。
かよちゃんはどうかな?」
花陽 (留守電音声)
:真姫ちゃんと凛ちゃんと、隣町に行ってきます。
三人は、何かと闘いながら、隣町まで逃げのびてるみたいだよ」
穂乃果「ええ? それって大変なことだよ!」
海未 「警察に連絡すべきでしょうか?」
ことり「その割には、楽しそうな声だったけどなあ……
でも心配だから、ちょっと様子を見にいこうか」
穂乃果「そうだね、ちょうど出かけようと思ってたとこだし!」
カタンカタンと電車に揺れていると、冬の日にみんなで海に行ったことを思いだす。
真姫 「ふふふ、あの日はみんな泣いちゃって、帰りは大変だったわね」
凛 「何だか、もうずいぶん前のことみたい」
花陽 「希ちゃんと絵里ちゃんとにこちゃん、元気かな?」
真姫 「元気にやってると思うわよ。
だって、元気でいてねってお願いしたんだから」
凛、三人がくれたプレゼントを見るたびに、三人のこと思いだすんだよ。
希ちゃんは写真立て、絵里ちゃんは花活け、それからにこちゃんは、お守り」
花陽 「にこちゃんのお守り、困ったときがきたら開けなさいって言われたよね。
何が入ってるのかな?」
真姫 「にこちゃんのことだから、自分の缶バッジでも入れてるんじゃないのー?
『このバッジをにこだと思ってほしいにこ』とかいう戯言と一緒に」
凛 「あはは、まさかそんな」
花陽 「ふふふ、ほんとは、何が入ってるんだろうね。
困ったときがきたら、開けてみようね」
すぐ近くだけど、私たちが歩いたことのない町だ。
真姫 「あいにくの雨だけど、しばらく散歩でもしましょうか」
凛 「よーし、40円で豪遊するにゃー!」
花陽 「さくらんぼ餅、買う?」
凛 「いやあ、ここは家出した不良少女らしく、
ココアシガレットじゃないかな?」
花陽 「パイプチョコを吹かすのもいいかもね!」
真姫 「二人とも、シガレットとかパイプとか……何を言ってるの?
喫煙は、ぜったいダメよ?」
凛 「ふふふ、お姫さま。
本物の煙草じゃなくて、お菓子でできた宝物ですよ」
花陽 「ローマの休日にぴったりのスイーツでございますよ」
凛 「ダガシヤというところです」
真姫 「ふーん。
それが、リーズナブルな秘宝の眠る館というわけね」
凛 「わあ、そういうふうに言うと、冒険っぽいにゃ!
ではさっそく、それを探そう!」
花陽 (たしか秘宝館って、エッチな意味の言葉なんだけど……
二人には知らないままでいてほしいから黙っておこう)
凛 「すごーい! ほんとにそんな名前の駄菓子屋さんがあるんだ!
よーし、真姫ちゃん、入り口まで競争だにゃー!」
花陽 「ぴゃあああ! 何でこんな所にあるのぉ?
凛ちゃん、真姫ちゃん、どうか、あの建物には近づかないで!」
そう言って花陽は、凛と私の腕にしがみついた。
凛 「かよちんがそこまで言うならやめとくけど……」
真姫 「どうして近づいちゃだめなの?」
花陽 「二人は、今までも、これからも、知らなくていいんだよ。
……あ、この近くに、公園があるみたいだよ。
まずはそこに行ってみない?」
そんなわけで、私たちはその場を離れ、公園に向かった。
穂乃果「着いたー!
私、この町、あんまり来たことないんだよね!
うわー、何か新鮮な感じ!」
海未 「しかし今は、闘争しつつ逃走している三人を探さないと……」
ことり「何か手がかりがあればいいんだけどね」
穂乃果「あ、あそこに変てこな建物があるよ!
えーと……ヒホーカン?」
海未 「いかにも怪しげです。
私が様子を見てきますから、二人はここで待っててください」
ことり(たしか秘宝館って、エッチな資料を収めた博物館なんだけど……
まあいいか、これも海未ちゃんのためだよね)
穂乃果「大丈夫かな?
……わああ、どうしよう、海未ちゃんの悲鳴が聞こえてくるよ!」
凛 「わあ、こんなに大きい公園があるなんて、知らなかった!」
花陽 「せっかくだから、一周してみようか。
真姫ちゃん、どっち回りにする?」
真姫 「右回りにしましょうか。
ほら、あっちに果樹園があるわよ。
何だか、お腹すいてきたからね。
果物を眺めれば、ちょっとは食べた気になれるかもよ」
凛 「よーし、いっぱい眺めて、満腹になろう!」
真姫 「目で見るだけでお腹いっぱいになればいいのにね。
なかなか、うまくはいかないものね」
花陽 「鰻屋さんが鰻を焼いている前で白ごはんを食べて、鰻重を食べた気になるという小咄があるよね。
でもそれは、白ごはんを持っているからこそできる芸当なんだね」
凛 「いま凛たちが持ってるのは、40円だけだからね」
真姫 「ああ、あのイチゴ、おいしそう……」
花陽 「ああ、あのキウイ、おいしそう……」
凛 「ああ、あのミカン、おいしそう……
……あ、でも真姫ちゃんは、ミカンが苦手なんだよね。
どうしてなの?」
真姫 「ぜんぜん食べられないわけじゃないけどね。
手が黄色くなるから」
真姫 「そうね。
もっと正確にいうと、体に色がつくのが、嫌なのよ」
凛 「色をつけたくないの?」
真姫 「そうよ。
体に色がつく食べ物を控えていれば、いつか、透明人間になれる気がしない?」
花陽 「あおくとーめいなわたしになりたいー」
真姫 「そうね。プランタンの三人のように、私も透明になりたいの。
いや、もう青さすらない……無色透明になってみたいわ」
あ、わかった! 女湯を覗きたいんだね?」
真姫 「そう、あの桜の園、あの桃源郷へと……
そういうわけじゃないわよ! ふつうに入れるんだから!」
花陽 「じゃあ、何をしてみたいの?」
真姫 「何かをしたいわけじゃないわよ。
でも、誰の目にも止まらないようにしたいの」
凛 「えー、でもそんなの、寂しいよ?」
真姫 「ずっと隠れていたいわけじゃないのよ。
ふさわしい時がきたら、ちゃんとみんなの前に出るつもり」
花陽 「ふさわしい時って、どんな時?」
真姫 「高嶺のフラワーになれた時よ」
海未 「秘宝館はハレンチです……
秘宝館はハレンチです……」
穂乃果「ねえ、ことりちゃん。
あれから海未ちゃんの様子がおかしいんだけど」
ことり「ごめんね、海未ちゃん。
でも、海未ちゃんのためを思ってのことだったんだよ。
旅行先とかで、ご家族に『あの建物は何ですか』と訊いて恥をかかないようにと思って……」
穂乃果「あ、公園があるよ!
ひとまずここを、一周してみない?」
ことり「うん、そうだね」
穂乃果「どっち回りにする?」
ことり「左回りにしようか。
ほら、あの池のほとりに、きれいな水仙が咲いてるよ。
美しい花を見れば、海未ちゃんも元に戻るかも」
凛 「ねえ真姫ちゃん、『たかねのふらわー』って、どんな花なの?」
真姫 「美しい花のことよ。
それだけじゃなくて、高いお山の上に咲いていて、誰の手も届かないところにあるの」
凛 「えー、そんなところに咲いてたら、寂しくないの?」
真姫 「寂しくないからこそ、高嶺のフラワーなのよ。
高嶺のフラワーは、完璧に美しい自分のことが大好きなの。
だから、たぶん寂しくないんじゃないかしら」
そんな高嶺のフラワーみたいな人、ほんとにいるのかな?」
真姫 「ほんとにいるかどうかは、分からないわね。
でも、こんな神話があるわ。
あるところに、ナルキッソスという、完璧に美しい少年がいたの。
そんなナルキッソスくんは、ある日、誰も来ない高いお山の上に迷いこむの。
そして、そこにある泉に映った自分に、恋をした」
凛 「それから、どうなったの?」
真姫 「泉に映る自分の姿を、飽かずに眺めて暮らしたの。
だから、自分に恋した自惚れ屋さんのことを、ナルシストっていうのよ」
真姫ちゃんがなりたいのは、高嶺のフラワー。
じゃあ真姫ちゃんは、ナルシストを目ざしてるの?」
真姫 「ふふふ、そう言うと、ちょっと語弊があるわね。
高いお山の上に行きたいのは、ほんとのことだけどね」
花陽 「真姫ちゃんは、高いお山の上で、何をしたいの?
おむすびを食べたいの?」
真姫 「『100人で食べたいな、富士山の上で、おむすびを』ってやつね。
それも楽しそうだけどね。
でもまずは、高いお山の上から、きれいな曲を聴かせてあげたい」
凛 「もう、聴かせてくれてるじゃない」
真姫 「今の私じゃ、まだ、ぜんぜん足りないの。
それに、ほかにも、してあげたいことがあるの」
花陽 「何かな?」
真姫 「みんなの病気を、治してあげたい」
それから、みんなの病気も治してあげる。
それが真姫ちゃんにとって、高嶺のフラワーになるということなの?」
真姫 「そうよ。
もしそんなふうに完璧に美しい花になれたら、
私は、私のことを、好きになれるかもしれない」
真姫 「何?」
花陽 「まだ、高嶺のフラワーになるには、足りないの?」
真姫 「ぜんぜん、ぜんぜん、足りないわ」
花陽 「……じゃあ今の真姫ちゃんは、自分のこと、好きじゃないの?」
真姫 「……さあね」
海未 「ああ、美しい水仙ですね。
おかげで、心が洗われました。
取り乱してしまい、すみませんでした。もう大丈夫です」
穂乃果「よかったー。
海未ちゃんが元に戻ったよ」
ことり「海未ちゃん、ごめんね、次からは気をつけるからね」
穂乃果「ねえねえ、水仙って、きれいな名前だよね!
西洋では、どんな名前なのかな?」
海未 「ナルキッソスです」
穂乃果「なるきっそす?」
海未 「泉に映る自分に恋した、ギリシア神話の美少年の名前です」
それで、自分に恋したナルキッソスくんは、どうなったの?」
海未 「えーと……
どうなるんでしたっけ、ことり?」
ことり「海未ちゃん、聞いてもビックリしない?」
海未 「もちろんです。何を聞いても、取り乱したりしませんよ。
さあ、もったいぶらずに教えてください」
ことり「ええと、泉に映る自分に、キスを……」
海未 「接吻はハレンチです!」
穂乃果「わああ、海未ちゃん、落ち着いて!」
凛 「ねえ真姫ちゃん。
凛は、真姫ちゃんの作る曲が、大好きだよ。
それに、真姫ちゃんが勉強を頑張ってることも、知ってるよ。
それなのに、まだ足りないの?」
花陽 「そうだよ、真姫ちゃん。
みんな真姫ちゃんのこと、すごいなって思ってるんだよ。
それなのに、どうして真姫ちゃんは、自分のことが……」
真姫 「なーんちゃって!
ごめんね、変な話をしちゃって。
今の私の話、やっぱり無し。
だって私は、ナルシストのマッキーだもんねー!」
凛 「真姫ちゃん、はぐらかさないで」
花陽 「そうだよ。
私たちでよければ、話の続きを聞かせてほしいな」
たしかに、ここまで口にしちゃったなら、続きを話さないとね。
私が自分のことを好きになれないのは、私が借金を抱えているからなのよ」
凛 「ええ?
真姫ちゃん、シャッキンがあるの?
凛のおこづかいでよければ、わずかでも助けに……」
花陽 「あわわ、どうしよう、真姫ちゃんが……」
真姫 「二人とも、落ち着いて。
ほんとに借金してるわけじゃないのよ。
これは、もののたとえよ」
凛 「あーよかった。
じゃあ、ほんとにお金を借りてるわけじゃないんだね」
花陽 「じゃあ、何を借りてるの?」
真姫 「いろんなこと。
素直になれない私が今まで迷惑をかけたり、助けてもらったりした、すべてのこと」
真姫 「返せれば、の話よ。
実際には返せないから、この問題は、解決不可能ということになるわ」
花陽 「どうして、返せないの?」
真姫 「返すべき相手は、もう卒業しちゃったからよ。
あのアホのエリーと希とにこちゃんに、私はまだ、返してない借金がたくさんあるのよ。
あいつら、私に渡せるだけのものを渡して、ろくに何も受け取らずに行っちゃったのよ」
海未 「ふたたび取り乱してしまい、すみませんでした。
今度こそ大丈夫です」
穂乃果「ねえ、さっき聞きそびれちゃったんだけど……
自分にチューしようとしたナルキッソスくんは、どうなったの?」
ことり「そのまま泉に落ちてしまったの」
穂乃果「かわいそうな、ナルキッソスくん。
ナルキッソスくんは、どうすればよかったのかな?
自分をフるべきだったのかな」
ことり「自分をフったらだめだよ。
自分にフられたら、自分は、行くところがなくなっちゃうからね」
じゃあ、どうすればよかったんだろう?」
ことり「自分のことと同じくらい、ほかのみんなのことも、好きになればよかったんじゃないかな」
穂乃果「ナルキッソスくんには、それができなかったの?」
海未 「そうです。
だから、彼みたいな人のことを、ナルシストって言うんですよ。
自分のことは好きだけど、ほかのみんなのことは好きになれない人」
穂乃果「なるほど。
でも、逆もありうるよね。
ほかのみんなのことは好きだけど、自分のことは好きになれない人」
海未 「そうですね。
でも、そういう人のすることも、ナルシストと同じなんですよ。
高いお山の上で、一人で暮らそうとするんです。
だから一見すると、そういう人は、ナルシストと区別がつかないんです」
ことり「いわば、うそつきナルシストだね」
穂乃果「……私、知ってるよ。
私の友達にも、ひとり、うそつきナルシストがいる」
ことり「……私も、心当たりがある」
海未 「……私にも、分かる気がします」
凛 「もー、真姫ちゃんの、うそつきナルシスト!」
真姫 「何よそれ!
私がいつ、うそをついたっていうの?」
凛 「ナルシストのふりをしてるくせに、
自分のことじゃなくて、いつも、ほかのひとのことばっかり気にかけてるからだよ!」
真姫 「あら、買いかぶってもらっちゃ困るわ。
私は、そんな聖人君子じゃないわよ。
だって、今はまだ、大したことはしてあげられないから。
だから、みかんを食べるのを控えて、透明人間になって隠れていようと思うのよ」
それで、高嶺のフラワーになったら、姿を現すつもりなの?」
真姫 「そうよ。
高嶺のフラワーであり、みんなを救うヒーローでもある、完璧な人間としてね」
凛 「何ていう名前のヒーロー?」
真姫 「仮に、怪傑マッキーとでもしておきましょうか」
花陽 「でも真姫ちゃん、私たちは、お花じゃなくて、人間なんだよ。
だから、高いお山の上で咲くのは、無理があるんじゃないかな?」
けっきょく私は、透明人間にも、高嶺のフラワーにもなれない、ただのうそつきナルシストなのよ。
そんな自分のことを受け入れるべきなのは、分かっているの。
でも、今日はちょっとだけ、自分から逃げてみたくなったのよ」
凛 「……」
花陽 「……」
真姫 「面倒な話に、長々と付き合わせてしまって、ごめんなさいね。
これでこの話は、おしまいにしましょ。
あ、あそこに広場があるわよ!
ちょっとあそこで、一休みしましょうよ」
相変わらず小雨が止まないので、広場で遊んでいる人は誰もいない。
ただ、赤い傘をさした小さな女の子が一人、となりのベンチに座っている。
あの子も、お散歩の途中なのかな?
でも、それにしては、ちょっと様子がおかしい。
あの女の子、何かあったのかな?
遊びに来たにしては、寂しそうな顔してるけど」
花陽 「ちょっと声をかけてみようか?」
真姫 「でも、急に声をかけたら、怖がられちゃうかも……」
凛 「よし、凛が行ってみるよ!」
凛が立ち上がって、隣のベンチに行った。
女の子「はあ?
なにそれ、いみわかんない」
凛 「ええとね、一緒に遊ぶっていうのは、
お姉ちゃんたちとお友達になって、かけっこしたりすることだよ」
女の子「おことわりします」
凛 「まあまあ、そう言わずに。
みんなで遊んだほうが、楽しいよ!
ほら、凛、家からボールも持ってきたんだよ!」
女の子「そんなの、いまは、どうでもよくって……」
凛 「どういうこと?」
女の子「ことばどおりのいみよぉー」
凛 「昔の真姫ちゃんみたいなことを言われた……」
真姫 「何それ、意味わかんない!」
凛 「うん、そんな感じのこと」
花陽 「じゃあ、こんどは私が!」
そう言って花陽が立ち上がり、隣のベンチに行った。
女の子「そうですね。それがなにか」
花陽 「あわわ、ごめんね」
女の子「なんであやまるのよ」
花陽 「うん、そうだね、ごめんね」
女の子「とししたのまえで、そんなにかしこまらなくていいのよ。
あなた、こえはきれいなんだから、どうどうとしてればいいのよ」
ええと、私の名前は、花陽っていうの。
あなたのお名前は、何ていうのかな?」
女の子「しらないひととは、おしゃべりしちゃだめって、ママにいわれた」
花陽 「なるほど、言いつけを守って、偉いんだね。
今日は、ママと一緒じゃないの?」
女の子「家出してきたの」
花陽 「どうして?
ママとケンカしたのかな?」
女の子「ううん、そうじゃないよ。
わたしは、わたしのことがきらいだから、家出することにしたの」
凛 「すごいね、さすが、かよちん!
女の子、何て言ってた?」
花陽 「真姫ちゃんみたいなこと言ってたよ」
真姫 「どういうこと?」
花陽 「自分のことが好きになれなくて、家出してきたみたい。
だからここは、真姫ちゃんの出番じゃないかな?」
真姫 「いや、私、小さい子と話すの苦手で……」
花陽 「でも、凛ちゃんと私だけでは、もうどうにもならないの。
だれかたすけてぇー!」
凛 「あ、そこにいるのは……まさか、怪傑マッキー!?」
真姫 「小芝居打ってんじゃないわよ!
いーわよ、海鮮巻きにでも怪傑マッキーにでも、なってやろーじゃない!」
私は、愛用のサングラスをかけて、立ち上がった。
穂乃果「うそつきナルシストさんに、自分のことを好きになってもらうには、どうすればいいのかな?」
ことり「私たちには、そばについていてあげることくらいしか出来ないかもしれない。
でも、大丈夫だよ。
私たちだけじゃなくて、かよちゃんと凛ちゃんもついてるし、それに……」
海未 「それに?」
ことり「卒業した三人の残した言葉が、うそつきナルシストさんを守ってくれるよ」
花陽(口伴奏)
「でけでけでん! でけでけでん!」
凛 (口伴奏)
「でけでけでけでけでん!」
花陽 「強きをくじきー」
凛 「弱きをたすくー」
花陽 「正義の味方だ!」
凛 「怪傑マッキー!」
真姫 「とうっ!」
女の子(ふしんしゃだ)
あなたのハートに、まきまきまー!
笑顔とどけるぅー?」
女の子(どうしよう、ぜんぜん、いみがわからない。
まず、まきまきまーが、わからない)
真姫 「んー? その名も?」
女の子「……」
花陽 (女の子に耳打ちする)
「怪傑マッキー」
凛 (女の子に耳打ちする)
「怪傑マッキー」
女の子「……かいけつマッキー?」
真姫 「スピリチュアルハラショー!」
穂乃果「私、うそつきナルシストさんには、もっともっと、はっちゃけてほしいんだ!」
海未 「そうですね。
はっちゃけて、色んな人と、なかよくなってほしいですね。
……おや、あそこでポーズを決めているグラサンの女の子、真姫に似てませんか?」
ことり「そばには、かよちゃんと凛ちゃんっぽい姿も見えるね」
穂乃果「いやー、まさか。
いくらなんでも、はっちゃけすぎじゃないかな?
でも、もっと近くまで行って、確かめてみようか」
真姫 「かよちんから、わけを聞いたよ。
お嬢ちゃん、家出してきたんだって?」
女の子「そうよ。
いっとくけど、かいけつマッキーのいうことなんか、きかないからね。
おうちにかえれっていわれても、かえらないからね」
真姫 「そんなことは言わないよ。
だって、それを言う資格は、私にはないからね。
何を隠そう、この怪傑マッキーも、家出してるとこなんだよ」
女の子「えー、なにそれ。
かいけつマッキー、ヒーローのくせに、かっこわるい」
真姫 「そうよ。かっこわるいの。
でも、あなたと一緒に遊ぶことはできるわ。
家出中の子どうし、なかよくしましょうよ。
凛ちゃんの持ってきてくれたボールもあるからね」
凛 「これで鞠つきをして、遊ぼうよ」
花陽 「すごいんだよ、怪傑マッキーのボールさばきは」
さん、はい。
あんたがた……どこさ……肥後……どこさ……」
凛 (歌は上手いけど)
花陽 (歌は上手いけど)
女の子(歌は上手いけど、鞠つきはすごく下手だ)
真姫 「どうして、自分のことが好きになれないの?」
女の子「ピアノがうまくひけないし、おべんきょうもできないから」
真姫 「そんなことないわよ」
女の子「そんなことあるもん。
わたし、ピアノのがくふの、オタマジャクシの違いがわからないの。
ニョロニョロが生えたオタマジャクシと、生えてないオタマジャクシの違いが分からないの」
真姫 「うん、あれは、難しいわよね」
女の子「そしたら、ママが、ミカンを割って、おしえてくれたの。
ミカンを4つに割ったり、8つに割ったりして。
でも、わたしはアタマがわるいから、それもわからないの」
女の子「うん。
もうミカン見たくないから。
でも、ミカンがきらいなわけじゃないの。
わたしがほんとにきらいなのは、ミカンじゃなくて、わたしなの」
真姫 「ふふふ、私も、同じ説明されて、分からなくて泣いたことがあるわ。
でも大丈夫よ、いつかきっと、分かるようになるから」
女の子「ほんとに?
それなら、いつか、できないことも、わからないことも、なくなるかな?」
真姫 「うーん、なかなか難しい質問ね」
女の子「怪傑マッキーにも、答えられない?」
そうだ、あなた、ミカンのジュースは好き?」
女の子「うん。きのうまでは、すきだったよ」
真姫 「大丈夫よ。今日飲んでも、きっとおいしいわよ。
よーし、今日は怪傑マッキーが、みかんジュースを買ってあげる」
女の子「ほんと? やったあ!」
そう言って立ち上がったあと、私は気づいた。
ポケットの中には40円しか入っていない。
真姫 「ええと、その……」
あたふたする私の後ろから、話を聞いていた凛と花陽が両肩に手を載せた。
凛 「大丈夫だよ、真姫ちゃん。
かよちんと凛も、40円ずつ持ってるからね」
花陽 「あわせて、120円。
これでジュースが買えるね」
真姫 「凛、花陽、ありがとう!」
そこに来るまで、私たちは、最近の値上がりのことをすっかり忘れていた。
真姫 「やばい、10円足りない」
花陽 「どうしよう」
凛 「今さら買えなかったとは言いづらいよね……」
そこで私たちは、胸ポケットのお守りのことを思いだした。
それから、このお守りをくれた日に、にこちゃんが何と言っていたかを。
―――――
にこ 「まあ、お守りみたいなものよ。
困ったときに、開けなさい」
―――――
真姫 「今こそ、開けるときが来たのね」
花陽 「案外早く来たね」
凛 「中身は何だろう?」
お守りの中には、手紙が入っていた。
そこで私たち三人は、それぞれの手紙を黙読した。
手紙:
この手紙を読んでいるということは、何か困ったことがあったのね。
まー、大体見当はつくわよ。
考えられる可能性は二つ。
真姫 (お、何かな)
手紙:
第一は、私に会いたくて泣いてるという可能性。
真姫 (いや、泣いてないし、今ちょっと急いでるんだけど)
手紙:
えへへ、そんなに寂しがらなくても大丈夫よ。
にこの顔が見たくなったときのために、これをあげるから!
じゃーん、缶バッジよ!
このバッジを、にこだと思ってほしいにこ。
真姫 (期待を裏切らないわね、にこちゃん)
これで問題は解決した?
真姫 (いや、ぜんぜん)
手紙:
え、まだなの?
しょーがないわねー。
じゃあ、第二の可能性かしら。
真姫ちゃん、どうせ無計画に外で買い食いしようとして、小銭が足りなくなったんじゃないの?
真姫 (ドンピシャよ。何で分かるのよ)
手紙:
あんたのやらかしそうなことは、だいたい分かるわよ。
それで、藁をもつかむ思いで、このお守り袋を開けてみたんでしょ?
これに懲りたら、これからも、この袋の中に小銭を入れて持ち歩くのよ。
真姫 (ママみたいなこと言ってる)
手紙:
とりあえず10円入れとくから。
真姫 (にこちゃん、マジで助かったわ)
10円を取り出したところで、二枚目の便箋が入っているのに気がついた。
ねえ、真姫ちゃん。
あなた、あなた自身のこと、好きになってね。
少しずつで、いいからね。
真姫 「……ありがとう」
それから、にこちゃんの10円を自販機に入れて、みかんジュースを買った。
そのあとすぐ、私たちはベンチに向けて歩き出した。
真姫 「花陽、凛、どうしたの?」
花陽 「だって、嬉しいことが書いてあったから……」
凛 「うん。凛のところにも、大切なことが書いてあった。
二人のところには、何て書いてあったの?」
真姫 「ふふ、それは内緒にさせてもらおうかな。
今は、早くこのジュースを渡しに行かないとね。二人の泣き虫さん」
凛 「あー、そんなこと言ってるけど、
怪傑マッキーだけグラサンで目を隠してるの、ずるくない?」
真姫 「あら、何のことかしらね」
女の子「りんちゃん、かよちん、かいけつマッキー、ありがとう!」
真姫 「ふふふ、どういたしまして。
それから、ここにはいないけど、宇宙ナンバーワンアイドルにもカンパしてもらったのよ」
女の子「わー、すごーい!
何ていう名前なの?」
真姫 「にこにーよ」
女の子「にこにー、ありがとう!」
私の言葉は女の子の言葉のようでもあり、女の子の言葉は、私の言葉のようでもあった。
そして、私の言葉は、にこちゃんの言葉でもあった。
「あなた、さっき、質問してくれたわね。
『いつか、できないことも、わからないことも、なくなるかな?』って」
「うん」
「やっとその質問の答えが分かったわ。
できないことも、わからないことも、いつかきっと、なくなるわよ。
あなたが、何でもできて、何でもわかるようになるときが、きっとくるわよ」
「よかった!
いつくるの?
オタマジャクシが読めるようになれたとき?」
「そんなにすぐじゃないわよ。
もっと、ずっと先のことよ」
「そんなことはないわ。
自分のことを大好きになれる日がくるまで、ずっと自分のことを嫌いのままでいる必要はないのよ。
毎日、ちょっとずつ、自分のことを好きになればいいのよ」
「できないことや、わからないことが、たくさんあっても?」
「そういうことが、たくさんあっても、いいのよ」
「よかった」
あなたも、あなた自身のこと、好きになってね」
「うん」
「少しずつで、いいからね」
「うん」
「みかんジュース、おいしい?」
「うん」
「ジュース飲みおわったら、お家に帰ろっか。
きっとママが心配してるわよ」
「うん」
「どうして泣いてるの?」
「家出してからずっと、さびしかったの。
なんだか、おうちにかえりたくなってきたの」
「そうね」
ことり「穂乃果ちゃん、どう?
あそこにいるの、やっぱり真姫ちゃんと凛ちゃんとかよちゃん?」
穂乃果「……うん、間違いないよ」
海未 「何をしてますか?」
穂乃果「小さい女の子と、ベンチでお話をしてる。
……あ、女の子のお母さんが迎えにきたみたい。
女の子のお母さんがおじぎをして……クッキーをもらってる。
女の子が手を振って、三人とお別れしてるよ」
ことり「うふふ、よかった」
穂乃果「さあ、お邪魔にならないように、私たちは行こうか」
海未 「そうですね」
花陽 「よかったね、女の子のお母さんが迎えに来てくれて」
凛 「クッキー、おいしかったね。
それにしても、さすが怪傑マッキーだにゃー。
真姫ちゃん、小さい子の前では、あんなに優しい声になるんだね」
真姫 「あら、いつもはそうじゃないとでも言いたげね。
それに凛、私の鞠つきの超絶テクニックにも、圧倒されたんじゃない?」
凛 「あ、いや、それは別に」
真姫 「ちょっと、それどういう意味よ!」
凛 「言葉どおりの意味よー」
真姫 「ちょっと凛、それ私の真似でしょ、やめて!」
凛 「お断りしまーす」
真姫 「ちょっと待ちなさい、こら!」
日も傾いてきたし、私たちもそろそろ行こうか。
ほら、向こうに、ゴールの池が見えるよ。
池のそばに咲いてるのは、えーと……水仙かな?」
真姫 「ナルキッソスか」
凛 「水仙は、ナルキッソスくんなの?」
真姫 「そうよ。
ナルキッソスくんがいなくなったあとの泉のほとりに咲いた、お花の名前」
真姫 「往復の切符で460円。
ジュース代のカンパで40円。
にこちゃんのボーナスで10円。
計510円の冒険だけど、とっても楽しかったわ。
女の子と仲良くなれたし、クッキーももらえたし」
花陽 「ふふふ、何か忘れてないかな、真姫ちゃん。
凛ちゃんと私も、にこちゃんからボーナスをもらってるんだよ。
一人10円、合計20円」
凛 「だから、その20円で、今日大活躍した怪傑マッキーに、お菓子をプレゼントしたいの」
真姫 「花陽、凛……」
何のお菓子になさいますか?」
真姫 「チロルチョコがいいな」
凛 「何味になさいますか?」
私は、少し考えてから、言った。
真姫 「みかん味」
それを聞くと、花陽と凛が、嬉しそうに笑った。
花陽 「じゃあ真姫ちゃん、ちょっと近くのお店に買いに行ってくるね」
凛 「すぐ戻ってくるから、待っててね」
今日の昼、私は、鏡に映る私にアカンベーをして家出してきた。
私は、自分が負った借りをぜんぶ返す日まで、自分のことが好きになれない気がしていた。
でも、ほんとは、少しずつ自分のことを好きになるべきなのかもしれない。
じゃあ、今の私は、出かける前の私より、私のことを好きになれたのかな?
真姫 「ナルキッソスくんは、どう思う?」
小雨の中で、水仙の花がちらりと頷いた気がした。
花陽 「お待たせ、真姫ちゃん」
凛 「はい、これだよ!」
真姫 「ありがとう。
ねえ、凛、花陽。
せっかくだから、これ、三人で分け合いっこしましょうよ」
花陽 「えへへ、そうしようか。
でも、うまく割れるかな?」
凛 「よーし、凛に任せて!」
凛 「どうぞ!」
真姫 「いただきます」
花陽 「ねえ、真姫ちゃん。
みかん味のチョコ、おいしい?」
真姫 「うん」
花陽 「自分のこと、好きになれそう?」
真姫 「うん。
今日の冒険のおかげで、行く前より少しだけ好きになれた」
凛 「少しだけって、どれくらい?」
真姫 「510円ぶん」
ナルキッソスくんが泉に浮かべた微笑みには遠く及ばないけど、今の私には、これくらいが丁度いい。
凛 「あれ、穂乃果ちゃん、ことりちゃん、海未ちゃん!」
穂乃果「おーい、三人とも、元気してた?」
花陽 「うん。元気だよ。
それにしても、すごい偶然だね。
公園を別々の方向から一周してたんだね」
真姫 「こんなこともあるのね。
あれ、でもおかしくない?
逆方向から廻ってたのなら、どこかで一度すれちがったはずだけど……
どうして気づかなかったんだろう」
海未 「春の日は、時間が経つのを忘れるものですからね」
真姫 「そうね。
私、夢中で女の子と手鞠をついてたから、気づかなかったのね」
明日から練習が始まることを確認したあとで、私たちはそれぞれの家に帰った。
こうして、510円ぶんの私の家出は、幕をとじた。
希のくれた写真立てに、その写真を入れた。
エリーのくれた花活けには、水仙の花が活けてある。
集中して作曲したいときは、ピアノの脇に、にこちゃんの缶バッジを置くことにしている。
こうすると、ピアノの脇で嬉しそうに私を見ていたにこちゃんのアホ面が、目に浮かぶのだ。
卒業した三人に返せなかったものは、たくさんある。
もうそれを、当人たちに返すことはできないかもしれない。
しかし、だからといって、私は私のことを嫌いになる必要はない。
だって私には、まだできることがあるから。
つまり……
雪穂 「あ、やばい、今日体育あったんだっけ。
体操着忘れちゃったよ」
亜里沙「困ったね。1クラスしかないから、1年生からは借りられないし……
あ! 雪穂、耳をすませてごらん?」
雪穂 「どうしたの?」
亜里沙「みんなのヒーロー、怪傑マッキーのテーマソングが聞こえるよ。
作詞作曲は凛さんと花陽さん、編曲は真姫さんなの。
おお、見えてきたよ、怪傑マッキーとその親友たちの姿が!」
「でけでけでん! でけでけでん!」
凛 (口伴奏)
「でけでけでけでけでん!」
花陽 「強きをくじきー」
凛 「弱きをたすくー」
花陽 「正義の味方だ!」
凛 「怪傑マッキー!」
真姫 「とうっ!」
雪穂 「三人とも、はっちゃけすぎですよ!
まるで不審者じゃないですか!
学校でグラサンしてると、また海未さんに叱られますよ」
あなたのハートに、まきまきまー!
笑顔と体操着を届けるぅー?」
雪穂 「えーと、あの……」
真姫 「んー? その名も?」
花陽 (雪穂に耳打ちする)
「怪傑マッキー」
凛 (雪穂に耳打ちする)
「怪傑マッキー」
雪穂 「……怪傑マッキー?」
真姫 「スピリチュアルハラショー!」
亜里沙「スピリチュアルハラショー!」
高嶺のフラワーたりえない私がしてあげられることは、ほんの少しかもしれない。
それでも、少しずつ、返していきたいのだ。
小銭で返済するヒーロー、怪傑マッキーとして。
真姫 「はい、雪穂ちゃん、体操着。
よかったら、使ってね」
雪穂 「ありがとうございます」
読んでくれた方、ありがとうございました。
良かった
いつもニヤリとさせらる
ニヤニヤじゃなくニヤリ
凄い引き込まれたわ乙です
これはspiritual хорошоですわ
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