【ラブライブ!】海未「夏の味」
- 2020.04.01
- SS

それは母の使いの帰り道、猛暑日をとっくに超えた暑い日の午後のこと。
海未「洋服でも良かったかもしれませんね…」
少々はしたないですが、和服の袂を少しだけ開いて風を入れます。
ジリジリと焼けていく街には人影もなく、セミだけがやたらと張り切って気を吐いていました。
海未(受験勉強を口実に断ればよかったのかも…)
坂の多いこの街のてっぺんから彼方を見下ろすと、遠くにはきらきらと海が光っていました。
海未(…最後に海に行ったのは去年の冬でしたか。)
――人は誰でも心の中に遠くに見える海のようなものを持っている …そこだけが美しく光り輝いている。
誰の言葉だったでしょうか。いつか小説で見た気がします。
私にとっての彼方の海、それはきっとあの眩しすぎる日々のことでしょうか―
海未「…いけませんね。」
感傷的になった自分を諌めて、ハンケチを額に当てます。ああ、それにしても本当に暑い――
海未(心頭滅却すれば火もまた涼し――精神一到何事か成らざらん――艱難汝を玉にす――)
海未「…くっ…」
ああ、まだまだ修行が足りませんね。いくら立派な言葉を並べ立てても私の目はある一点に注がれたままです。
「 氷 」
なんて素敵な響きなんでしょう。
おなじみの波の上に赤い文字で大きく書かれた一文字。
海未(いけませんよ。私は母の使いでここまで来ているのです。それが買い食いなんて、穂乃果じゃあるまいし―)
ぐっとつばを飲み込むとセミの声が一層大きくなった気がしました。
みんみん みんみん
海未(…っ、だめです!お店に入るのは買い食いとは違う、休憩だ、なんてそんな言い訳…)
海未(ああ、でも、あの佇まい…ただのお店ではないような気がします。)
海を見下ろし、潮風に髪をなびかせて氷を口に運んだならば――それはなんて素敵なことなんでしょうね…
海未「…こんにちは…あの、一人なんですが。」
…お母様、海未はまだまだ未熟者です。
薄暗い店内の思いがけない涼しさにほっとします。
手漉きの紙に書かれた素朴なメニュー。
海未(くす、可愛らしいですね。)
海未(こういうの、ことりは喜びそうですね―)
何もかもが時代に取り残されたようなお店。
まったりと天井に取り付けられた扇風機がぬるい空気をかき回し、ラジオが控えめに甲子園の熱戦をささやいていました。
海未「抹茶宇治金時をお願いします。」
…まあ、いいですよね。たまには、ね。
穂乃果達もいないのですから、見栄を張って「すい」なんて頼まなくても。
海未「…ちょっと、図々しくなりましたかね。」
誰もいないのになぜか恥ずかしくなってしまいました。
さぁ、という風が私の隣の簾を持ち上げていきます。
風に梳(くしけず)られた髪の毛をそっと直し、ゆっくりと目を閉じます。
――遠くに潮の香り。
静かに、静かに、葉ずれの音を聞いていました。
「――お待たせしました。抹茶宇治金時です。」
海未「わっ…あ、いえ、ありがとうございます。」
…恥ずかしい…思わず声をあげてしまいました。
海未(これは…壮観ですね。)
硝子、というよりギャマンと言うのがふさわしい器にこんもりと盛られた白雪の山。
それは私の目の高さまでありました。
少々の後悔を覚えつつ
さく
と鈍色のスプーンを差し込みます。
海未「んっ…」
――おいしい!
すぅ、と口の中で溶けたかき氷。それはまるで、雲を食むようで――
さく
さく
さく
私は夢中で匙を差し込みました。
しえん
ゆっくりと髪を揺らす潮風
静謐に満ちた店内に差す夏の日差し
色濃く分かれる白と黒
海未(――ああ、私はどんないいことをしたんでしょうか。)
すっかり気分の良くなった私は背に持たれて外を見下ろしました。
海未(随分高くまで上ってきたのですね。朝はそこまで暑くなかったからでしょうか。)
『――本当にご立派になられて――お母様も鼻が高いでしょう。』
そんな言葉を思い出してますます鼻が高くなります。
海未(――おや?)
王侯貴族になった気分で街を見下ろしていると、店のすぐ下に小さな神社があるのに気が付きました。
いや、正確にはその神社が気になったわけではなくて…
海未「…」
――この辺りの学校の子でしょうか。ちょうど正面からは死角になる辺りで、制服姿の男女が語らっていたのです。
なぜでしょうね、私はなんということもなくその二人を見つめていました。
海未(…何を話しているんでしょうか?)
―正直、同じ年頃の男子と話す事柄など想像もつきません。
それどころか、私のような環境では男子と話す機会すら――
海未「え?」
物珍しさに(きっとその筈です)二人を見ていた私は素っ頓狂な声を上げてしまいました。
なぜかって?
それは…その…さっきまで楽しげに語らっていた二人が突然…
海未(せ、接吻……なんて…!)
呆然とする私のことなど知らずに、二人は仲睦まじげに手をとって出て行きました。
え?だって、そんな――私とそんな歳も―いえ、もしかしたら年下かも―
ということは穂乃果やことりや、いえ凛や真姫、花陽と同じ学年という可能性も―
まさか!雪穂や亜里沙と同じ一年生!?
そんな、まさか!…まさか…まさか…
だ、だって、私達はまだ高校生で勉学第一だからそんなの…
あれ?でも花陽もラブソングはアイドルに欠かせないって言ってましたし、ということは、あれ?えっと…
いや、でも、共学に行った○○さんは確かその、お付き合いしている殿方がいるというお話を…
だからといってあのような!…いや、しかし…私はそういうことには疎いですし…
しかし誰が見てるかもしれないところで…あ、あのような…その…
実際私が見てしまったではありませんか!
海未「…うぅ…///」
何をしたわけでもないのに、すごく辱められた気がします…
訳もなく頬に手を当てると、熱くなっているのが自分でもわかります。この猛暑のせいじゃない。
海未「……ぐす…」
あれだけおいしかったかき氷も、もう味がわかりませんでした。
海未「…ごちそうさまでした。」
腹に力を入れてそれだけ絞りだした私はよろよろと店の外に出ます。
相変わらず
みんみん みんみん じいじい じいじい
誰も居ない街でセミだけが元気にしていました。
ゆっくりと坂を下りながら、心を鎮めようと努力します。
海未(…あのようなことが『普通』なんでしょうか。)
―そっと肩を抱いて
海未(…音ノ木坂が女子校だから?…共学に行ったらああなるものなのですか?)
―ゆっくりと顔が近づいて
海未(…そういえば、穂乃果にも言われましたね。)
以前、穂乃果の少女漫画コレクションに苦言を呈した時のことが思い出されます。
『――海未ちゃんは古すぎだよ!こんなの今は普通だよ!』
海未(…あの時は漫画の内容が破廉恥だと怒ったんでしたね。)
今思えば、穂乃果が正しかったのかもしれません。
私が知ってる『恋』なんて、『幼馴染の筒井筒』がせいぜいで―
海未「……っ」
じわり、胸のあたりが苦しくなりました。
『ごめんね海未ちゃん、今日は○○君とデートだから…』
『ことりも…海未ちゃんは男の子と遊ばないの?』
海未「…!」ブンブン
頭に浮かんだ嫌なビジョンを振り払います。
海未(そんなことない…そんなこと、ない…)
…どうでしょうね。穂乃果もことりも、二人共すごく可愛くて魅力的な子です。
実際、中学の時はかなり男子からの人気もありましたし。
(私は煙たがられるだけの存在でした。)
きっと、音ノ木坂学院を卒業して、それぞれの道に進んだら――
私は、いつも偉そうなことを言うくせに引っ込み思案で臆病な私だけはきっと――
海未「…っ」
ああ、いけない。もう覚悟したことじゃないですか―
慌てて目頭を押さえます。
歩いても、歩いても遠ざかって―
海未(穂乃果、穂乃果、穂乃果に会いたい―)
こんなにも広がる空の下で、私はただそれだけを想って歩き続けました。
――――
――――――
ことり「すいませんっ、ラムネ一つ下さいっ!」
お店の奥で休んでいたおじさんには悪いことしちゃったかな?
小銭を渡しながらそんなことを考えました。
ことり「はあぁ…素敵だったなぁ…」
お店の前のベンチに腰掛けて、うっとりと今日のことを思い返します。
日本の服飾文化の総合展。まさかまさかの素晴らしすぎるタイミングです!
来年になったら見られるかどうかもわからないし、今まで見たこともない資料がたくさんで…
ああ、ことりって本当に運が良いのかも。そんなことを思っちゃいました。
ことり「えいっ。」
軽く気合を入れてポン、とラムネの栓を抜きます。
あれ?これって抜いてるの?それとも落としてるのかな?
小さな泡がしゅわしゅわ、と上っていくのを見ながらそんな疑問をもちました。
遠慮がちに葉を揺らす風がうっすら汗ばんだ肌に心地いい。
ことり(…なんだか子どもの頃の夏みたい。こうして、穂乃果ちゃんちの縁側で海未ちゃんと3人で腰掛けて――)
少しだけ足をぶらぶらと投げ出してみようかな…えいっ。
ザリ
ことり(あはは、やっぱりサンダル擦っちゃうよね。)
その時、音に合わせて何かが動きました。
ことり「あ…ねこさん!」
小さな黒猫が驚いたようにこっちを見ています。驚かせちゃったのかな?
ことり「かわいい~!ほらほら、こっちおいで?怖くないよぉ~♪」
お尻に手を当ててしゃがみこむと空いてる手でチチチ、と誘ってみました。
あっ、来た来た♪
もう少し――
もう少し――
「ねえ、何してんの?」
突然頭の上から投げかけられた声に一瞬体が強張ります。
「うわあ~、かわいいねえ!」
ことり「あ、はあ、どうも…」
「しっかしあっついよね~、どっか冷たいものでも飲みに行かない?」
ことり「あ、いえ…間に合ってますので…」
じり、と後ずさり。
「ええ~?ね、いいじゃんいいじゃん!ほら!クーラー効いたとこ行ってさあ…」
ことり「えっ、ちょっと、困ります!そんな…」
手を引かれそうになった時――
「ゥオッホン!!」
いつの間にか起きていたおじさんが男の人を睨みつけていました。
「…チッ、なんだよ。ナンパ待ちじゃねーのかよ。」
そう聞こえるように呟いて、男の人は行ってしまいました。
ことり「…すみません。」
お辞儀する私におじさんは面倒くさそうに手を振って――
ことり「あ…ねこさん。逃げちゃった…」
なんだか、楽しかった気分も台無し。ラムネの泡と一緒に空に消えていったみたいです。
からん ころん
もう一度腰掛けて、なんとなくビー玉を転がしてみます。
からん ころん――
「――えい!えい!」
いつしか店先にやってきたその女の子は一生懸命にラムネの瓶を叩いていました。
ちっちゃな手でぱちん もう一回ぱちん。
ことり(ちょっと固いもんね。手伝ってあげたほうがいいのかな―でも…)
そんなことを考えあぐねていると
「何やってんだよ!帰ってこないから心配しただろ!」
野球帽をかぶった男の子の元気な声、
お兄ちゃんかな?その子はことりがそう思う暇もなく瓶をひったくると
「うりゃ!」
瓶にのしかかるようにして ポン と栓を押し込みました。
しゅわしゅわと勢い良く泡が噴き出る瓶を女の子に押し付けるとずんずんと元きた道を戻っていきます。
ことり(…あ、今の見たことある。)
慌てて追いかける女の子の後ろ姿を見ながら遠い記憶が蘇ります。
―― それは薄暮れの中、赤い提灯に照らされたお囃子の記憶。
『えい!えい!』
『も~!ことりちゃん!まだあかないの?』
『だ、だってこれ、すっごくかたくて…』
『え~?しょうがないなあ、ほのかがあけてあげるよ!…えい!…あれ?…えい!えい!』
『なにやってるのですか、ほのか。かしてごらんなさい。……はあっ!』
『わあっ!すごい!』
『さ、どうぞことり。すこしこぼれてしまいましたが…』
『ありがとう!…おれいにうみちゃんにもすこしあげる!』
『え?わたしはたんさんは…』
『…でも、なにかおれいがしたくて…』
『そ、そんなめをしないでください……ちょっとだけですよ…んっ…んっ…』
夏祭りの日は一番初めにラムネを飲む私達の決まり事。
神社の石段から ずらりと並んだ夜店を見下ろして、一気にラムネを飲み干した穂乃果ちゃんが『行くぞー!』って駈け出して。
ちびり ちびりとラムネを舐めていた海未ちゃんが慌てて『穂乃果!』って。
私?
私は――どうだったのかな。
ことり「……遠いなあ。」
からん と ビー玉を透かして空を見た。
私が困ったとき 海未ちゃんみたいにラムネを開けてくれる人はいるかな。
私が迷ったとき 穂乃果ちゃんみたいに先を走ってくれる人はいるかな。
ことり「―― 一人で 大丈夫かな。」
呟いた言葉がガラス瓶の向こうの空へ溶けていった。
――――
――――――
「…ねーちゃん!おねーちゃんってば!」
穂乃果「んん゛~…」
雪穂「そーめんできたって言ってるじゃん!伸びちゃうからさっさと来てよ!」
穂乃果「ん…わかった…すぐいく…」
参ったな、少しだけの休憩のはずだったのに…
しっかりベッドに移動していた体を起こすと目に飛び込んできたのは開きっぱなしの参考書。
『これだけは夏休みの間に繰り返しやっておくのよ』
絵里ちゃんの言葉が胸に痛い。
なるべく見ないようにしてそっとページを閉じた。
穂乃果「―うん、うん。」
雪穂「聞いてる?」
穂乃果「うん―」
なんだか頭がぼやっとしてうまく働かないなあ…熱中症ってやつかな?
雪穂「もー…あっ!赤いの食べた!」
穂乃果「え?」
雪穂「…いや、別にいいんだけどさ…何さ、まったく…」
穂乃果「…?」
もう何度目かな、素麺…
夏の風物詩って言うけどさ…定番を通り越してマンネリ化だよね。
せめてもの変化を、と思い冷蔵庫から梅干しを出して汁に入れてみる。
雪穂「あ、お姉ちゃん私にもちょうだい。」
甘えん坊の妹が猪口を突き出してきた。
穂乃果(食休み 食休み)
ベッドにゴロゴロしながらそんな言い訳をする。
穂乃果(どうせ食べたあとは眠くなっちゃうんだもん。今やったってどうしようもないよ。)
穂乃果(…海未ちゃんがいたら怒られちゃうかな。)
なんとなくそんなことを考える。
穂乃果(あー…今からしっかりしないとな…今から…)
来年、私の隣に海未ちゃんはいないかもしれない。
海未ちゃんだけじゃない、ことりちゃんだって――
穂乃果「まだはっきりと聞いたわけじゃないけどさ…」
ごろん、と寝返りをうつ。
穂乃果(わかるよ。お互いの考えてることぐらい。)
ことりちゃんはもう一度あの時の夢を追いかけていく。
永遠の別れではないかもしれないけど――今までのようには―
穂乃果「…っ」
やだな。今すごく胸が痛かった。
穂乃果(私はどうするの?あの二人がいなくても今までみたいに進めるの?)
どこに行くにも、何をするのも一緒だった二人―
誰かのやりたいことは三人のやりたいことで、誰かの夢は三人の夢で――
それが、これからはひとりひとり歩かないといけなくて―
穂乃果「…まぶし。」
窓からそっと見上げた夏の空は
大きくて 重くて 私はどこにも行けない気がした。
――――
――――――
海未「…ことり。」
ことり「海未ちゃん?」
海未「どうしてここに、今日は確か博物館に行くと言っていたはずですが―」
ことり「海未ちゃんこそ!お母さんのお使いだから一日留守にするって―」
海未「…ふふっ」
ことり「…えへへっ」
海未「どうやら、考えることは同じみたいですね。」
ことり「うんっ!」
海未「まあ、今日一日、本当におとなしく勉強していたかどうか、確認しなければいけませんしね。」
ことり「あはは…お手柔らかにね?」
海未「ええ、それは勿論…それでは。」
ことり「…うん!」
「「穂乃果(ちゃん)ーっ!!」」
穂乃果「あ、あはは…」
海未「笑い事ではありません!あなたは本当に進学する気があるのですか!」
ことり「まあまあ海未ちゃん…そのくらいにしてあげて?ほら、スイカ食べよ?」
穂乃果「いや~っ、なんか懐かしいねえ~!ほら、こうやって3人で縁側に腰掛けてスイカ食べてるとさ、小さな頃みたいじゃない?」
海未「ああ、確かに―」
穂乃果「ふふっ、海未ちゃんは相変わらずスイカの種が苦手なんだね?」
海未「しょうがないじゃないですか!口の中で出せないんですから…」
ことり「海未ちゃんは昔からそうやって種を抜いてたよね。」
穂乃果「う~ん、まあ、スイカって苦労して食べる割にはすっごくおいしい!て程のものでもないからね。」
海未「まあ、夏の味、ですよね。」
ことり「うん!夏が来た、って感じがするからことりは好きだよ♪」
穂乃果「夏、か…」
海未「?」
穂乃果「来年の夏もさ、再来年の夏もさそれから先の―もっと、ずっと、うーんと先の夏もさ!また3人でこうやって並んでスイカを食べようよ!」
海未「穂乃果…?」
ことり「穂乃果ちゃん?」
穂乃果「それでね?今年もまたこの3人だね、子供の頃みたいだね、って今日みたいに、ううん、今日と同じ会話をするの―」
海未「…」
ことり「…」
穂乃果「ね?いい考えだと思わない?勿論、そんな約束なんてしなくても穂乃果達はきっとずっと―」
海未「…そう、ですね…また来年も。」
ことり「…うん…そのまた来年も…」
穂乃果「夏が来る度、こうしていられれば、いいよね―」
~ おしまい ~
乙
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