【ラブライブ!】希「なんやこの雪、目がチカチカする」
- 2020.04.04
- SS

「うーん、早朝の空気やなぁ」
人の少ない町中を独り歩く。
降り注ぐ温もりと身体を撫でる風に、寒いのか暖かいのか、なんやあべこべ。
んー、でも、練習着だからっていうのもあるんやろけど、どちらかというと――。
「寒くなってきたかなぁ……」
くしゃみをひとつ。
なんでやろな。理由はわからんけど、小さい頃から秋になると無性に寂しくなって、カラカラと落ち葉が転がる様も、街の色が寒色から暖かい色に変わっていくのも――なんか嫌だったん。
それは秋に引っ越しが多かったからかも知れへんし、夏には元気いっぱいに張り切っていた命達がだんだん萎れていくのが寂しかったからかも知れへん。
でも、引っ越しなんて年中やったし、枯れていくのはまた新しく芽吹くためだっていうのも小さい頃から知ってたし、やっぱり理由は良くわからへんのよ。
とにかく、ウチは鬱々とした空気をもってくる秋の風が苦手で、さらにそれが寝足りない早朝ともあれば不快感は余計に……。
はあ。
ため息がまだ透明なことに少し安心しながら、神田明神前の石段を見上げる。
これからこれを何往復もするんやなぁ……。
そんな若い憂鬱感を吹き飛ばすように、勇気リンリンとした声が上から聞こえて。
何事やと石の階段を登り終えると、
「いいえ、全体の流れも考えると変えないほうが良いと思います」
ぴしゃりと反論と窘めの声が返る。
そこに居たのは両腕をぶんぶんと振って主張を続ける凛ちゃんと、譲る気はありませんと腰に手をあてる海未ちゃん。
他のみんなはまだみたいやねぇ。
それにしても、なんや姉妹みたいやなあ。やんちゃっ子の妹に、落ち着いたお姉さん。
あ、じゃあウチはお母さんとか?
「あ!希ちゃんにゃ! ねーねー、希ちゃんはどう思う?」
呑気に笑っていたウチの前に、そう言って凛ちゃんがズイと迫る。
でもその顔は「いきなり言われてもわからないでしょう」と海未ちゃんに襟を掴まれて、すぐににゃあと困り顔に変わってしまう。
ふふ、やっぱり姉妹みたいや。
「おはようございます希」
「おはようさん」
「もう察しがついているかもしれませんが、少し凛と振り付けについて話をしていたのです」
「はい、新曲のサビ前なのですが……」
海未ちゃんがチラと凛ちゃんに目をやると、調度指し示したように凛ちゃんが踊りだす。
凛ちゃんの踊り、ウチ好きなん。楽しい!って気持ちが全面に出てて、絵里ちのとはまた違った意味で引き込まれるんよね。
「こんな感じなのですが……希、どう思います?」
海未ちゃんの声に、瞼を重くして考える。
うーん、単体でみたら凛ちゃんの振り付けはすごくいいと思うけど、一番見せたいところを殺しちゃう気ぃもするんよね。
やけど、これを見た後だと今までのもなんかまとまりすぎてたように感じるなぁ。
「――って、ウチなんかに聞いていいの?」
ふとした疑問。だって二人も知ってるはずだから。
「何故です?」
「だって、知ってるやろ? ウチもたまに振り付けの案出したりするけど、でも、実際に採用されたことなんか……片手で収まるくらいやんか」
だから、ウチなんかに聞いたって――――。
「凛知ってるよ」
俯きかけたウチの顔を上げたのは、またも憂鬱を吹き飛ばすように響く凛ちゃんの声。
「希ちゃんが頑張ってるの、凛知ってるもん。ダンスの練習も、歌の練習も、アイドルの研究だって。今のμ’sでにこちゃんとかよちんの次にアイドルに詳しいのは希ちゃんだにゃ」
凛ちゃんは両手を頭の後ろで組みながら、既知をさも当たり前であるかのように笑った。
少しだけ、何かに心臓が跳ねる。
それでも尚後ろ向きは治らない。
目の前の元気の塊にウチのネガティブが過敏に反応してもうたのか。それとも哀愁運ぶ秋の風にあてられたせいか。
まるで何かスイッチを入れられたように、普段は表に出さないようにしてた不安が手綱を離れていく。
「そうでもしないと……みんなの役に……」
「心外ですね」
その先は言わせないとばかりに、海未ちゃんの言葉が刺さる。
その目はやっぱり刺すような視線を向けて、そのまま、何を馬鹿なことをと続ける。
「役に立つとか立たないとか、μ’sがそういうグループじゃないというのは希も良く知ってるでしょう」
そして、お母さんみたいに微笑んだ。
「……それに、採用された回数こそ僅かかもしれませんが、振り付けに関する希の意見や指摘がいつも正しいということは、もちろんみんな気づいていますよ。
ああ、先に言っておきますが、それは決して霊魂的な力などではなく、希の努力の賜物だと私は思ってます」
うっ、先に逃げ道を潰されてもうた……。
「そう、なんかな……」
でも、なんやろなこれ。
閉じようとしている花弁を、優しく撫でるように開いていく二人の言葉と微笑みが、くすぐったいようで、どこかもどかしくて。
それは”嬉しい”っていう感情。
だけど、それと同時に、小さな燻り。バランスの狂った絵を見たときの得も言えぬ違和感のような。
何か漠然とした、名も知らぬ感情がその下に隠れているような気がして――――。
両の頬が潰れる感覚にはっとすると。
目の前に、にひひと煌めくように笑う凛ちゃん。
その後ろで海未ちゃんの、やっぱりお母さんみたいな優しい笑顔。
つられて、ウチも微笑む。
「続きはみんなが揃ってからにして、先に柔軟を始めてましょうか」
それからしばらくしてみんなが集まりだして、再び燃え上がる議論の火種。
結局、絵里ちが「練習!」と手をぱんと叩くまで、みんなでわーわー言い合って。
そんな他愛もないことだけで、卑屈なウチは何処かに隠れてもうて。
きっと大丈夫。青春って重石は、若さっていうパワーは、そんなに軽くないはずだから。
今を目一杯楽しんで、こんな違和感なんにも気にならないくらい、楽しんで。
海未ちゃんも居て、凛ちゃんも居て、何よりμ’sがウチについてる。
こんなに心強いことはあらへんよ。だから、何も怖くない。そうやね。
ウチは今――とっても幸せなんやから。
「あ!そうや海未ちゃん! お母さんの座は譲らへんからな!!」
「ぇえ? な、なんの事でしょうか……?」
『白百合の香る風景』 おわり
「……ほーい」
手をひらと返しながら教室から出ていく絵里ちを見送って、ウチも移動教室の支度をしだす。
と言っても、教科書とノート、それと筆箱だけなんやけどな。
「よし、ウチもいこかな」
教室のドアに手を掛けて、さっきの絵里ちの姿を思い浮かべた。
……振り向きざまのウインクが様になってしまう絵里ちは本当にずるいと思う。何がずるいのかは良くわからんけど。
ジャージ姿の穂乃果ちゃんとことりちゃんは仲良さそうに手を繋いで、その幸せをところ構わず振りまくように、楽しげにお喋りをしている。
次の時間は体育なのかな?
あれ、海未ちゃんはどうしたんやろ。
「お二人さん、仲良さそうやねぇ」
結局ウチがそう話しかけるまで二人はこちらに気づかず、少し驚いた表情を浮かべたあとに、おっとりと快活の二つの声がウチの名前を呼んだ。
「海未ちゃんはどうしたん?」
「海未ちゃん、今日は日直なんだー」
のほほんと、そしてどこか寂しそうに穂乃果ちゃんが言う。
「ほ~、大変やなぁ。絵里ちも今日日直当番なんよ」
だから絵里ちゃんがいなかったんだね。そう言うことりちゃんの横で、どこか訝しむ様子の穂乃果ちゃん。
少しして、おかしいよ。と口を開く。
「だって、海未ちゃんは園田で”そ”でしょ?絵里ちゃんは絢瀬の”あ”なのに、二人が同じ日に日直なんて!」
学院七不思議でも見つけたかのような穂乃果ちゃんがあまりに微笑ましくて、ウチがクスクスと笑っていると、すかさずことりちゃんが返す。
「それはね穂乃果ちゃん。希ちゃんたちのクラスと私たちのクラスの人数が違うからだよ」
するとこれまた七不思議の正体見つけたりと言わんばかりに「あ、ホ
ントだね!!」と嬉しそうに笑った。
ウチのその視線に気づいたことりちゃんは、えへへと少し照れくさそうに笑った。
「小さい頃は良く三人で手を繋いで帰ってたねって話をしてたら、穂乃果ちゃんが……」
ことりちゃんはそこまで言って、隣の穂乃果ちゃんと目を合わせて微笑む。
「…………。単純やなぁ穂乃果ちゃんは♡」
「…なんか少し馬鹿にされてるような……」
「ひっどいなー、褒めてるんやって。あ、それより、そろそろ時間大丈夫?」
「あ、本当だ、ことりちゃんいこー」
「うんっ。希ちゃんまたね」
「またねー!」
「ほななー」
チクリ――胸が痛んだ気がした。
理由はわかってる。
今だけでいいって思ってたのに。
仲睦まじい二人をみて、ほんの少し過去も欲しくなってしもうたん。
……欲張りめ。そう自分を揶揄してみる。
そもそも、ウチなんかが――――。
ああほら、こういうのも良くないねん。
今朝だって、海未ちゃんと凛ちゃんは直接口には出さへんかったけど、ウチのこういうところをそこはかとなく批難してたんやと思う。
ウチなんかが、とか、どうせ、とか。
小さい頃に培ってしまった悪い癖。
それがいつの間にか染み付いて、結局なんにもならなくて。
気が付けば、自分の悪いところを連ねるのが得意になってしもた。
素直で、真っ直ぐな穂乃果ちゃんが羨ましい。
穂乃果ちゃんは違うねん。ウチとは全然違うん。
自分を決して卑下することなく――――いいや、悪いところがあっても”構わず走ってしまう”んや。
壁を乗り越えるのではなく、壊して進んでしまうような、そんなピュアで真っ直ぐなパワー。
“やりたいからやる!”
彼女に理由や理屈はいらない。
そういうよくわからん力強さでみんなを照らして道筋を示してくれる、太陽みたいな女の子。
今はもう、しっかり離さないようにしてるみたいやしな。
ウチもちょっとは素直になる努力、してみようかな?
それに、もう過ぎた過去を未練がましく引きずってるってことは、まだまだ今を頑張る余地があるってことや。
本当に過去なんか気にしてられないくらい今に夢中になって、今が最高なんやって胸張って言えるくらい頑張らんとな!
ふふっ、ウチ、早速ポジティブいけるやん♪
「……ん! 時間ヤバッ!!」
「こら東條ー!廊下走るなー!」
「ひー!先生堪忍してやー!」
『イカロスの小鳥、燃え知らず』 おわり
さあ、お昼ご飯の時間だよ――と、まるで授業の終わりを急かすように、涼やかな秋風が教室に入り込む。
ウチはふわぁと欠伸をして、先生の朗読をぼんやりと聞きながら心の中で呟いた。
ああ、お腹空いたな――。
「さて、ここで一度考えてみましょう。Kは一体どうして――」
…………こころ……ここあ……甘い……ほむまん……。
はっ。
ウチは微睡みの中で連想ゲームなんか始めていて。
あかんあかんと頭を振る。
そうや、こういうときは寝てしまうに限る!
ちょうどいい子守唄も先生が歌ってくれてるし♡
そう思って両腕でつくった枕に頭を預け、目を瞑ったその時――
――――くうぅ。
どこかで聞いたことのあるような音が教室に響いた。
慌ててお腹を押さえたけど、どうやらウチのでもないみたい。
誰だってこの時間はお転婆腹虫さんを頑張って抑えてるんやろし。
鳴らしちゃった子はお気の毒にな。なんも恥ずかしいことやあらへんよ~。
なんてほんのついさっき、ウチのかも!?――って顔を熱くしたことはすっかり棚に上げて、呑気に欠伸を噛み殺しながらふと絵里ちの方を見た。
絵里ちはちゃーんと、先生の朗読に合わせて教科書を目で追って、真面目に授業を受けている。
けど――――くすっ♡思わず噴き出してもうた。
だって絵里ち、耳が真っ赤だったんやもん。
「そんな怒らんといてよ絵里ち~。ほら、タコさんウインナーあげるよー?」
ぶすっとした表情のまま隣に座る絵里ちの口元に、元気よく足を広げたウチ特製のタコさんを差し出す。ゴマでしっかりお目目もつくった力作や。
ウチかて頑張ってみれば、これくらいできるもんなんやで――――まあ、花陽ちゃんのお陰なんやけど♡
「ほい、あーん」
実を言うと、絵里ちがいつもみたいに『ハラショー』って言って瞳を輝かせることを期待したんやけど、絵里ちは眉と眉の距離をもっと縮めて。
――――ぱくっ。もぐもぐ。
「希がその嫌らしい笑みをやめてくれれば私も怒るのをやめるわ」
絵里ちはジトーって音が聞こえてきそうな眼差しをウチに向けながら、今度は自分のサンドイッチを頬張る。
……絵里ち、さっきからお口が全然休んでない。
よっぽどお腹空いてたんやなぁ。
そう思うとなんだか余計にからかいたくなって。
パンが詰まって、もぐもぐと可愛く膨らんだ頬を優しく――つんっ。
「しかたないやん?さっきの絵里ち、めっちゃかわいかってんもん」
カニさんウインナーを口に放おって、にししと笑う。
うん、おいし。
絵里ちはそう声を荒げてたけれど、そこにはもう怒りなんて細切れほどもないように見えて。
それでも絵里ちはそのまま少し乱暴にサンドイッチに齧り付いて、ぷいとそっぽ向く。
ポニーテールの揺れる先で、お耳からほっぺのお山が見えたり消えたり。
欲張りさんのお弁当箱からはあれよあれよとパンがなくなっていく。
ウチのお弁当箱にいるタコさんも、絵里ちの滅多に見られない食いしん坊な姿にあっけにとられてれるみたいに見えて。
そして、やっぱり絵里ちの耳は赤かった。
かーわいい♡
そんなことを思っていると、心がとっても跳ねてることに気づく。
気づいてしまうとそこからは早くて、心の浮力はぐんぐん上がる。
もう、すぐにウチの身体から出てってしまうんかと思うくらい、ふわふわ、キラキラ。
ああどうしよう。止まらないかも。
でも、ウチ知ってるん。
こういうときどうすればいいか、もう知ってるん。
それは―――ぎゅっ♡
「わっ、もうなぁに希ったら。からかってきたと思えば甘えてきて」
「えへへっ。えーりち!!」
どうしたらお返しできる?どうやったら喜んでくれる?
そしたら聞こえた声。
微かに、小さくやけど、僕にチャンスをくださいって。そんな声。
声の主探すと目についたのは、ウチのお弁当箱に残ったタコさん。
おや、きっとウチの美味しくなあれ――って想いが強すぎて、命が宿ったんやな♪
うむ、宜しい。では先に逝ったタコ二等兵の無念を晴らして参れ!
そんな情熱をお箸に乗せて、タコさんを摘む。
サンドイッチの最後の一切れを食べ終えた絵里ちの口元にほいっと差し出すと、一瞬お目々をパチクリさせて。
ねね、これどうなってるの? あら?その前に今日はお弁当なのね!あ!もしかして希の手作り!?
ああ、もう――――やっぱりずるいわ絵里ちは。
こんなん、おっそろしい強面烏天狗かて頬がほころぶて。
当然、普通の(スピリチュアルパワーはたっぷりやけど)女の子のウチはほっぺたが溢れ落ちないようにするのが精一杯で。
こんなに可愛い絵里ちをウチに見せてくれた花陽ちゃんと、犠牲になったタコ二等兵。
それと――――食欲の秋ってもんに、とってもとっても感謝するのでした♡
ぱくっ。
「あ、ウチが食べてもた……」
『ハラショー!ハラペコーチカ!!』 おわり
『海未ちゃんが大変!!みんな今すぐ部室に来て!!』
それは穂乃果ちゃんからのメッセージ。
視線を戻すと、同じく携帯を手にした絵里ちと目があって――くすっ♡
同時に噴き出した。多分絵里ちの考えたこととウチの考えたことは全く同じ。
“どうせ大したことやないんやろなぁ”
だけど、部室に向かう足は妙に浮ついて。
絵里ちも隣でクスクス笑いながら、
「ね、何があったのか当てっこしましょうよ」
そう言って、足音をタンタタン♪――リズミカルに立てていた。
「当たったほうにジュース奢りね♡」
花陽ちゃんと凛ちゃんはあまり気にしていない様子で、椅子に座りながらお話しをしていた。
穂乃果ちゃんの隣では海未ちゃんが机に突っ伏してて、そのさらに隣でことりちゃんがよしよしと頭を撫でている。
ふふっ、一応は、何もない訳ではないみたいやな。
絵里ちの方に目をやると、神妙に目を瞑り、眉間に右手の人差し指を立てて何か考え事をしているようやった。
「絵里ち?」
すると絵里ちはにんまりと笑って、指をそのまま顔の左にもっていってから言った。
「作詞に行き詰まった……とか、どうかしら?」
た、楽しそうやなぁ……。
「ウチ? そやねぇ……」
言う前に、真姫ちゃんが「もうっ」と口を開く。
「歌詞が思いつかないのは一大事なのかも知れないけど、それにしたって言い方ってものがあるわよ。私なんて、折角花陽がつくってきてくれたお弁当をほっぽりだしてまできたんだから」
不機嫌を隠さずにそこまで言い切ると、ボスンと落ちるように椅子に掛けて、腕組みをした。
そして、合わせるように席を立った凛ちゃんがその肩に寄りかかるように手を乗せて「真姫ちゃん、すっごく大事そうに味わって食べてたもんねー」とピカピカ笑う。
「べ、べつに……っていうか、当たり前よ……本当に楽しみにしてたんだから」
「んー!素直な真姫ちゃんもかわいいにゃー!」
「だ、抱きつかないで!」
当の花陽ちゃんはその会話を聞いたからか、それともほおばってるおにぎりが美味しかったからか、或いはその両方なのか、とにかく幸せそうに微笑んでいた。
「花陽ちゃんのお弁当、ホンマに良く出来てるやんなぁ。ウチも大好きやで」
「かよちん家のご飯って、なんでか冷めてても美味しいんだよね~」
凛ちゃんが目を細めて、すると隣から、あら?という絵里ちの声。
「もしかして希の今日のお弁当も花陽につくってきてもらったの?」
ふふん、待ってました。
「へっへっへー、あれはちゃあんと、ウチがこの手でつくったものなのだ!!」
「ええ!お弁当つくってきたの!希ちゃんって料理得意だったっけ!?」
それを見たにこっちもやれやれといった面持ちでこちらに混ざって、
「確か、どっちかっていうと苦手なほうじゃなかった?」
ね、と真姫ちゃんに問いかけた。
「でも、前にうどんを食べさせてもらったときは、中々美味しかったわよ」
「ごめんな真姫ちゃん、あれはインスタントや」
「ゔぇぇ」
ええ~!!とみんなが驚いて、ウチと花陽ちゃんを交互に見比べる。
「かよちん!凛聞いてないよ!」
「そうよ花陽。最近寄り道しないで帰るからおかしいなとは思ってけど」
「えへへ、別に隠すつもりはなかったんだけど……」
「ちょっとした成り行きでそうなったんよ」
な、と言うウチに、花陽ちゃんがえへへと応える。
すると絵里ちが少し唇をとがらせて、
「言ってくれても良かったのに。私にも料理を教えることくらい出来るのよ?」
そう言った。
確かに、なんでウチは内緒にしてたんやろか。
それはきっと、ちょっとした意地ってやつだったんやと思う。
“料理が出来るようになる”なんて、ホンマに小さなことなんやけど、それでも、いつも絵里ちに助けられてばかりじゃないよって、甘えてばかりじゃないんよって思いたかったんやと思う。
だけど、そんなこと正直に言えなくて。
「ありがとぉな絵里ち。でもウチ、ボルシチアレルギーやから」
誤魔化してしもうた。
「し、知らなかったわ……」
「信じてどうするのよエリー……」
ちょっとした小笑いが起こったあと、穂乃果ちゃんが机に身を乗り出して叫ぶ。
“え?今更?”
そうやって皆の心を一つにさせたあと、穂乃果ちゃんはこの上ない笑顔で続きを言い放つ。
「みんなで料理教室やろうよ!!絶対楽しいよ!!ね!ね!」
ああ、また突拍子もないことを言い出したでこの子は。
きっと何処でやるとか、何をやるとか、そんな先のことは一切考え無しに口にしたんやろなぁ。
それなのに、ウチの頭の中はもう”やる”ということを前提に働いていて。
それは皆もおんなじのようで、見渡せば嬉しそうな、困ったような、ワクワクしたような――色んな種類の笑顔がそこにあった。
……海未ちゃんは未だに突っ伏したまんまやったけど。
「あのね、ことり、みんなで考えた創作ケーキが作りたいな♡」
「む、それは一からレシピを考えるということですか?」
あ、起きた。
「うんっ。みーんなの好きなものを沢山いれて、ひとつの大っきなケーキをつくるの♪」
「いいねえ素敵だねぇ!ことりちゃん!!それ採用!!」
「やったぁ!」
「それなら凛はラーメ…」
「ありえないわよ!」
「チョコレートは外せないわね」
「花陽、ケーキって何を入れても合うの?」
「何でもってほどじゃないけど、大体美味しくなるんじゃないかなぁ」
だけど、そういうウチも人のことなんて言えなくて。もう想像してもうてるんや。
穂乃果ちゃんがクリームをつまみ食いして海未ちゃんに叱られて。
ことりちゃんは楽しそうに、にこっちはしたり顔で腕を振るって。
凛ちゃんと真姫ちゃんが料理の楽しさを知って、それを見て花陽ちゃんが微笑んで。
絵里ちは最初は見守るようだったのに、その内一緒になってはしゃぎ倒して。
そして、みんなで頑張ってつくった美味しいケーキをみんなで頬張る。そんな光景を。
そんなん――楽しくない訳ないやん?
何よりも、”みんなでひとつの”ということがウチをたまらなくワクワクさせた。
わからんけど、絶対に素敵なもんになるっていうのはカードに聞かなくたってわかりきってた。
「じゃあ今度の休みに真姫ちゃんの家ね!!」
穂乃果ちゃんの白羽の矢が真姫ちゃんに向けられて、それを薄々わかってたであろう真姫ちゃんが渋々頷く。
ふふっ、そしたら「わーい」って、海未ちゃんも含めてみんなで喜んで。そうして、白紙だった計画は徐々に形を成していく。
本当に楽しみやなぁ♡
……あれ、そういえば、なんでウチら部室に集まってるんやったっけ。
まあ、ええか。
『トマトケーキの可能性、白米ケーキのポテンシャル』 おわり
部室の扉を開けると、ガタガタと騒々しく音を立てて、にこっちが何かを隠すように上半身を机にのしかけた。
「何よ、ノックくらいしなさいよ」
そういうにこっちの頬は仄かに赤みがかってて。
「にこっちかて、ノックなんかしたことないやん」
クスリと笑って、隣に座る。
「うるさいわね。……それよりちょっとあっち向いてなさいよ」
「どうして?」
「……これ、仕舞うから」
「どれ?」
わかってて、問いかける。
にこっちの小ちゃな腕では隠しきれないで肘の辺りからチラと見えるそれは、思い出を沢山貯め込んで、もうすっかり厚くなったμ’sのアルバム。
「……浸ってたん?」
「……悪い?」
大当たり。
わざとらしく目線を逸らして、ぶすっとするにこっちが無性に愛おしく思えて。
それを誤魔化すように、にこっちの脇の下から”壁”に手を伸ばす。
――――わしっ。
「ウチも混ぜてよ~!!」
わしわしわし。
「どぅわああ!!ちょ…!! わかった!わかったからぁ!!」
「やっぱこれsomeの衣装かわええなぁ~。いいな~にこっち~」
「私と一年生にとっては初ライブだから、思い入れもあるわね」
「あー、そういえばそうやんな」
「でも、一番思い入れがあるのはぼらららの衣装ね。本当のμ’sの初ライブだし」
「……ウチ、にこっちのそうやってたまにかっこいいこと言うところ嫌いや」
「ぬぁんでよ!」
「えへへ」
ライブのシーンもそうやけど、今みたいななんともない日常を切り取った一枚すらウチには眩しくて。
目を閉じればその写真がどういう経緯で撮られたものなのか、声や、音や、匂いから、そのときのウチの気持ちまで何からなにまで、一枚一枚全部思い出せる。
ページをめくるたびに幸せが蘇る、それはまるで魔法のアルバム。
全部が宝物のように大切で、全部が宝石のように輝いてる。
ほんの数ヶ月のことなのに、ウチの全てがそこに詰まってるみたいで――。
嬉しくて胸が締め付けられるなんて、ホンマにあるんやなぁ。
「あ……ふふっ、確かこの日のにこっちって……」
「ん? あ、ああ!過ぎたこと掘り起こさないでよ!!」
「にしし♡」
だから、にこっちにその言葉を言ってほしくなかった。
「ねえ、希」
「んー? あ、ねえねえ、実はそれんときな――」
「……悔い、残さないようにしないとね」
ひしと決意を感じるその言葉が、愛おしそうに思い出を撫でるその仕草が、すうっとウチの中に入り込んで、重石を退け、鍵を壊し、閉じ込めていた”それ”をいとも容易く取り出してしまった。
にこっちはウチと違って、きちんと見据えていた。
その瞳は、強く、気丈で。
ウチには恐ろしいものに見えた。
そう。今朝感じたものの正体は――恐怖だった。
こんな幸せ、今まで感じたことがなくて、だからその裏で燻ぶる何かも当然未経験で。
だけど、今はっきりとわかった。
夢にまでみたもの。こうなったらって望んだもの。それが嘘みたいに構築されていった。ほんまに、奇跡やった。
ウチは、この幸せが終わるのが――怖い。
どうしようもなく、怖いんや。
悲しくも、現実とはそういうもの。
その砂時計に残された砂は、あとどれくらいなんやろか。
噛み締めた唇が震える。
無くしたくない。離れたくない。手放したくない。いつまでも、いつまでも、抱きしめていたい。
サラサラと落ちてゆく砂を見守ることしかできないのが悔しい。そのガラスをぶち破ってせき止めてやれたら、どれだけ――――。
ねえ、砂が落ちきったときに待ってるのはなに?
零れる。
「どうして、ウチら、ずっと一緒にいられないの……?」
零れる。
視界は歪んで、膝の上の拳は固く。そして一筋、大きな雫が頬を伝う。
心に溢れているのは愛しさのはずなのに、その想いが強くなればなるほど、哀しみは増していく。
そんな感情の相反を理解するには、ウチは多分、若すぎた。
「いやや!!終わりたくない……!!ウチは…!ウチはもっと沢山……!!みんなとっ……!!」
子供みたいに駄々をこねて、にこっちは何も悪くないのに、にこっちのせいだ、なんて思ってしもうて。
「もっとっ……みんなと……っ!!」
ぎゅっと、にこっちの柔らかさに頭を抱きすくめられる。
鼻先をくすぐるいつものにこっちの匂いに安らぎを覚えながら、それが逆に涙を助長させて。
ウチは不格好に、にこっちの背中に手を回し返して、ブレザーを固く握りしめることしかできなかった。
「なんにだって、終わりはくるものよ」
ウチの頭を撫でるにこっちの手は、悔しいくらいに優しい。
やめてと言いたかった。その暖かさで、苦しめないで欲しかった。
なのに、心も、身体も、もっともっとって欲しがってて。訳わからんくて。
「ほら、顔あげなさい」
にこっちはウチの目元をハンカチで優しく拭う。そのハンカチは、やっぱりにこっちの匂いがした。
「終わりはどうしてもやってくる。だから……」
「…だから……みんな、一生懸命頑張るのよ」
その瞳は、強く、気丈で。
お姉さんみたいな暖かさを宿していた。
だからこそもがきぬいてやるの。一生懸命に生き抜いてやるの。残りの時間が丸々三年あったって、例え数日しかなくたって、同じことよ。
一瞬……だけど……閃光のように。
眩しく燃えて生き抜いてやるの。
それが私達スクールアイドルの生き方よ」
「もちろん、宇宙№1アイドル矢澤にこにーの輝きは永遠だけどね♡にこっ♡」
一瞬なんか永遠なんか、めちゃくちゃやん。
それに正直言って、その言葉はなんの解決にもなっておらへんし。
「……ずひっ」
せやけど、にこっち。
“構わず走れ”って、そう言いたいんやろ?
「……グスッ……やっぱりウチ、かっこいいにこっち嫌いや……」
「だからぬぁんでよ!!」
そして、突然扉の開く音。その音に二人して身体を小さく跳ねさせる。
ひょっこり顔を出したのは凛ちゃん。
かと思えば凛ちゃんは一瞬きょとんとした表情を見せたあと、慌てて目を擦ったウチの顔と、狼狽えたにこっちの顔とを何度か往復して、
「あー!にこちゃんが希ちゃんのこと泣かせてるにゃー!!」
大きな声で大きな爆弾を放った。
ウチらはすぐに弁明しようとしたけど、
「ちょっとにこちゃん!なにしたのよ!!」
凛ちゃんの後ろにいた真姫ちゃんの声を皮切りに、みんな何処にいたのか雪崩れるように部室に入ってきて、あれよあれよという間にウチらは囲まれてしもうた。
鼻息を荒くするみんなをことりちゃんがまぁまぁとなだめて、何があったの?とウチに尋ねる。
正直に卒業するのが寂しくて泣いてましたーなんて言うのは、流石に恥ずかしいやん……。
――――にこっち、ごめん。
ウチは心の中でにこっちにめちゃくちゃ謝ったあと、意を決して言った。
「に、にこっちのとっておきのトークがあんまり面白くてな!ウチ、笑い泣きしてもうたん!! な!」
パチンとウインク。引きつるにこっち。疑るみんな。
「ほら!披露したってにこっち!!」
ダメ押しウインク。
にこっちは観念したように項垂れたあと、しょーがないわねーと、いつもの口上を続けた。
あ、ホンマにあるんや……。
そしてしばらくの間のあと、部室はドッと笑い声に包まれて。
ウチだけやなく、みんな笑い泣きしてもうた。
何より、ウチのあの感情はもうすっかり蓋をせんでも良くなってて。
やっぱりにこっちはかっこええなぁ。
そう思い知らされた、部活前の一時でした。
『大魔道士にこ』 おわり
ウチが秋色の絨毯を意味もなくクシャクシャいわせていると、絵里ちが言った。
「ねえ希、今日家に行ってもいい?」
「ん、ええけど、なんかあったん?」
「あら、理由がなくちゃ行っちゃいけないのかしら」
最近の絵里ちの言葉は、一々くすぐったい。
「ええよ。おうどんさんつくったげる」
「くすっ、インスタントはやめてよね」
「そのヤカン、かわいいわね……」
お茶の用意をしてるウチの肩口から、ひょっこり絵里ちが顔を出す。
「やろ? この間買ったん。見ててな。もうすぐ沸騰するから」
「うん」
「……」
「……」
こうこうと火がヤカンの底にぶつかる音と、肩に置かれた手の温もりと、心地よい沈黙。
ほっと胸の奥が暖まるのがわかる。
しばらくして、豚ヤカンさんがお鼻から蒸気を吐き出した。
それを見た絵里ちの、聞き慣れた感嘆の声が耳元で囁かれる。
「かわいいやろ?」
「うん、ほしい」
「あげへんよ」
「……」
そして、ほんの少しだけ躊躇ってから、砂時計をひっくり返した。
――――こんなに簡単なんにな。
胸の痛みはもうないけれど、そんな考えが頭をよぎって――心の中で小さく笑った。
それを聞いた絵里ちはシュッと鋭く目を細めて。
「ふうん、色んなことを教わってるのね」
「なんや、意味深やね」
「別になにも?」
そのままポニーテールをふわんと揺らして翻ると、キッチンを抜けて椅子に掛けた。
絵里ちにはたまにこういうところがある。
絵里ちに内緒にしてたことがそんなに嫌やったんやろか。
……わからん。
絵里ちは頬杖をつきながら紺色に染まり始めた窓の外を眺めていて、紅茶が目の前に置かれたことに気づくと、ちょっぴりぶっきらぼうに「ありがと」と口にした。
ウチも「ん」と返すと対面に座って、ティーカップに温もりを求めた。
空調を効かせるほどやないけど、秋の夜はぼちぼち冷える。
「……」
「……」
居心地が悪いとまではいかへんけど、二人の間の沈黙はさっきよりもぎこちなくて。
なんだか妙にバツが悪くなって、とりあえず紅茶を啜る。
ピリとした感覚が舌を撫でて。
「あちっ」
舌を出してひーひーしてると、絵里ちから声がかかる。
「どしたん?」
ティーカップに手のひらを当て、仄かに揺れる水面を見る絵里ちは妙に色っぽく、どこか寂しげに見えた。
「私たちは、大丈夫よ」
伏し目のまま、呟いた。
絵里ちには、こういうところもある。
ウチが欲しいものを、欲しい言葉を、なんともないようにホイとくれてしまう。
敵わんねん。
「大丈夫よ」
二度目は確かめるように。そして自分にも言い聞かせているようにも聞こえて。
はっと気付かされる。
「え」
顔が熱くなるのがわかる。さっきから色んなところが熱くなって、ウチの身体は忙しない。
あれはアカンて。いくら絵里ちかてあれはアカンよ。恥ずかしいよ。
「クスっ、安心して。何があったのかは聞いてないから」
流石にこっち。素敵やん。
でも、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。嫌らしく少しだけ瞼を落とした絵里ちの目がウチの顔を覗き込む。
「何があったのか当ててあげましょうか?」
「……ウチもうジュース奢るのいややで」
「な、なにがや」
ウチが狼狽え気味にそう言うと、絵里ちはひとつため息を吐いて。
「あなた、自分が思ってるよりもずっとみんなに愛されてるのよ?」
希がみんなのことを想っているのと同じくらいにね。絵里ちはウインクと一緒にそう付け加えた。
爆発したのかと思った。むしろドカーンと爆発してしまいたかった。
恥ずかしいとか嬉しいとかは勿論なんやけど、なんか頭ん中がバチバチってショートしたみたいになってしもて。
もうウチじゃどうしようもないくらい顔も身体も火照ってしもうて。
「希、顔真っ赤♡かわいい♡」
そんな絵里ちのからかいにもまともに返せなかった。
「し、しししししし知らんし!!」
「みんな言ってたのよ? 今日の希はなんだか元気がないって」
追い討ちをかけてきよった。
「今日、みんな部室に行くのが遅かったでしょう?実を言うとね、そのことで集まってたのよ。
にこだけは携帯に気付かなかったのか来なかったけれど……ふふっ、逆に良かったみたいね」
見せてないのに。あからさまに暗かったのなんて、朝練のときだけやったんに。
なんでみんな――――。
目の奥がじんとなったのは、今しがたぐっと飲み干した紅茶がまだ熱かったからで。
今頬を伝っているのは涙なんかじゃなくて、急に熱いものを飲んだから出てきた汗で。
でも、声が震えてたのは――紛れもなく涙のせいやった。
椅子を引く音が聞こえて、次に絵里ちの足音。そして、
「私だって、希のことが大好きなのよ」
大好きな優しい声と、背中からぎゅっと回された暖かい腕。
「だから、少しは恩返しさせてよね。私のことをいつもいつも助けてくれる……女神さまに」
ドクン――と、身体の中で木霊するくらい心臓が大きく跳ねる。
「そ、そんなことないよ!」
ガタンと立ち上がって絵里ちに向き直る。
鼻を啜って、雫を目に溜めながらも、これでもかというくらい大きく力強く絵里ちの姿を瞳に写して。
どうして涙が出るんやろ。もう、単に大好きってだけやのに。もう、濁った心なんか何処にもないはずやのに。
心はとっくにウチの身体から浮かび出ていってしもうた。
ぎゅううってどれだけ強く抱きしめても、まだ満たされない。
好きが止まらない。止められない。 なんで?
「もうっ」
耳元で絵里ちの声。
名残惜しく離れると、絵里ちの目尻にキラリと光るもの。
「泣かせないでよね……っ」
嗚呼。
“好き”って――――こんなに恐ろしいもんやったんか。
「……ぐすっ……このあと……?」
絵里ちはすんと鼻を啜って、ハンカチで目元を拭いながら「あ、言ってなかったかしら」といつものポカをした時の顔をして。
「希のことで集まったって言ったでしょう。それで、美味しいものでも食べにいこうということになったの。
穂乃果曰く『希ちゃんを元気づける会』らしいわ」
ざわざわ。もうとっくに心は秩序を忘れて。
ぷわんぷわんと、浮かんでは消え浮かんでは消えていく♡(ステキ)。
みんながどういう話し合いを経てそうなったのか、手に取るようにわかることが嬉しくて。
「えっへへへへへへへ」
無敵なパワーをもらったみたいや。
「うふふ、幸せそうね」
「にしし、幸せやもん♡」
空はすっかり暗くなって、涼しかった秋風は少し厳しさを見せつける。
ぶるると身震いさせてから、左手をさり気なく外側に開いて、それとなく絵里ちの名を呼ぶ。
「どうしたの?」
「ん!」
絵里ちは差し出された手のひらの意図に気づくと、一瞬驚いて、次に困ったように笑って、そして恥ずかしそうに、右手をそっとウチの左手に乗せた。
カラカラ――落ち葉が目の前を転がっていく。
「あら、初耳だわ」
「なんでやと思う? 外したらジュースな」
「えぇ!? そ、そうね……」
ウチが秋の苦手な理由。
それは、予感させるから。
ウチの大嫌いな”お終い”を予感させるから。
直接それを持ってくる冬よりも、素知らぬ顔でポンと漠然とした不安だけ置いていって、自分悪くないですよ~って逃げていく秋が嫌いやった。
まるっと全部思い出せた訳やないし、なんで忘れてたのかもわからんくらい些細なもんやけど、多分そんな理由なん。
でも、もうそんなんどうでもええねん。
――――ホンマに。
敵わんなあ、絵里ちには。
「……ブブー!!」
でも、今はウチのほうが一枚上手やで。
「絵里ち知らんの? 嫌いに理由なんかないんやで♡」
「あっ、ズルいわ希」
「へへ~!」
―――ぺし。
頭に何かが落ちた感触
絵里ちが笑って。
なんや、落ち葉かいな。ふざけたこと言うてんなって秋さんに怒られちゃったかな?
「あ」
――そしてそれは、本当に空から降ってきたみたいに、ポッと湧いた。
ウチのだけでこんなにすごいのに、それが9人分集まったら。
それはもしかしたら――――愛と呼べるものになるんやないやろか。
ほんの小さな、思いつきのようなもんやけど。
きっと、”哀しいから”って仕舞い込んでた秋が嫌いな理由を引っ張り出すときに、多分”私”も一緒にくっついてきたんやと思う。
だから、これは”ウチ”の望みである前に――”私”の望みでもある。
だからせめて――――”私”にも贈り物を。
「希?どうしたの、ぼーっと歩いてたら転んじゃうわよ?」
まずは言おう。
このとっておきの思いつきを、ウチの大好きな人に聞いてもらおう。
まずは、それからや。
「あんな絵里ち、ウチな――――」
『希「snow halation」』 おわり
情緒不安定な中年親父と思われたらどうすんねんありがとうございました
とても良かったよ、乙です
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