【ラブライブ!】真姫「十五夜チケット」
- 2020.04.05
- SS

私一人の音楽室にピアノの音が響く
昼休み、学院生たちの喧騒から離れてただただ音楽に浸れるこの時間が私は好きだ
「ふぅ」
運動をしたわけでもないというのに、ピアノを弾いていると体が熱くなる
それだけ熱中していたということだろうか
窓を開けると中庭から学院生たちの元気な声が聞こえてきた
「秋ね、、、」
窓から優しく入ってくる風を体に受けながら私はつぶやいた
今はもう九月下旬、夏なんてものはすでに記憶のかなた
どうやって暑さをしのいでいたのかさえもう覚えていない
「まだ時間はあるわよね」
椅子に座りピアノに手をかける
軽く息を吸い、そして吐く、集中、集中だ
ガラッ
しかしせっかく高めた集中力は直後開いた扉の音のせいでなくなってしまった
そこにいたのは、とても騒がしい私の太陽だった
「あれ、もしかして集中してたかな、、、ごめんごめん」
口では謝りつつも穂乃果は悪びれもせずにちかづいてくる
なんとなく、あの時のことを思い出す
私が誰よりも孤独だった時のことだ
音楽室は私の、私だけの世界だった、当然何人たりとも招かなかった
しかし、そんな牢獄とも形容できそうな孤独の世界に、穂乃果はためらいもなく入り込んできたのだ
「はい、真姫ちゃん」
「なに、、、これ」
穂乃果が差し出した細長い紙切れに私はため息交じりにそう聞いた
“十五夜パーティ”
短冊状に切られたルーズリーフ
そこに記された手書きの文字
大きくて、丸くて、こんな人にも女の子らしさがあるんだなって思う
「日曜日、うちでパーティーやるから、よかったら来てよ」
「パーティー、ねぇ」
それを直接見ないようにして
「ま、考えとくわ」
私はぷいとそっぽを向いたままそう返した
もちろん行く、穂乃果の誘いだもの
だけどそれを素直に言えないのが私の悪いところ
「うん、待ってるよ」
そしてきっと穂乃果もそれをわかったうえで私と話をしている
希の言葉を少し借りるならば、めんどくさい関係だ
「ねぇ、このパーティーって他には誰か来るの?」
「うん、μ’sのみんなは誘ったよ」
「一つ聞いていい?」
私の問いかけに穂乃果は首をかしげる
こういう仕草がいちいち私をどきどきさせてるってこと、いい加減気付いてほしい
「知り合いしか来ないなら、チケットっていらないんじゃない?」
数秒の沈黙のあと、穂乃果は目を右へ左へと泳がせながらこう言った
「ふ、雰囲気だよ雰囲気」
「じゃあ、月の綺麗な今日という日を称えまして、乾杯!」
「ふふっ、なんですかそれは」
「穂乃果ちゃんらしいね」
「な、なんでよ、もぅ」
なんとも締まりのない穂乃果の言葉で、パーティは始まった
いや、始まりだから別に締まりがなくてもいいのか
「みんなどんどんお餅たべてね~」
コンビニで買ったであろうスナック菓子を開けながら穂乃果が呼びかける
「穂乃果ちゃんは食べないの?」
「実はさっきたくさん味見したから、もう飽きちゃって」
穂乃果らしい理由だ
お餅を一つ口に放り込む
「えへへ、穂乃果も作ったんだよ」
「、、、いまいちね」
「な、なんでよ!」
私と穂乃果のやりとりに皆が笑い出した
それにつられて私たちも顔を見合わせて笑いあう
「おふたりさん、ずいぶんと仲ええやん?」
希がにやにやしながら近づいてきた
「はぁ、なに言ってるのよ!そ、そんなんじゃ」
「そうだよ希ちゃん!、穂乃果たちはずっと前から仲良しだよ~」
そうだった、穂乃果はこういう人
真剣に言い訳しようとしていた自分がばからしく感じてくる
鈍感、とはまた違うか、、、
同性同士だ、このくらいが適切な距離感なのかもしれない
「それにしてもほんとに月がきれいね」
「うん?告白なん?」
「違うわよ馬鹿ね、十五夜の日は晴れにくいって何かで読んだから」
空はそんな言葉など知らぬがごとく、きらきらと星を瞬かせていた
「きれいな満月だね、真姫ちゃん」
「残念ね、凛、満月は明日よ」
「にゃにゃっ!?」
その明るさで、小さな星々の光をかき消してしまうからだ
しかし、こうやって仲間と楽しい時間を過ごせるならば
月というのも悪いものではないかもしれない
「ねぇ、真姫?」
柄でもないことを考えていると、絵里が恐る恐るといった様子で話しかけてきた
「何よ」
「さっき希が言ってた、告白って何のことかしら」
あぁ、なるほど
夏目漱石なんて、絵里は名前くらいしか知らないものね
「わかったわ、絵里、私がこれからハラショーなこと教えてあげる」
「は、はらしょー、、、」
早いわよ、絵里
それからも、次から次へと私のそばへみんなが来た
交わされる他愛もない会話の応酬、ただ、それ楽しかった
「、、ぇ?」
「昔からそういわれとるん」
希が得意げに言う
「オカルトじゃない、、、」
「うん、スピリチュアルやん?」
魔力、、ねぇ
ふと穂乃果を見ると、ちょうど目が合った
にこりと微笑んで手を振ってくる
「私の気も知らないで、、、」
手だけ、小さく振り返す
それだけで、穂乃果はもっと嬉しそうに手を振るのだ
こんなに近くにいるのに、おかしな人
「ほんと、難儀やね、真姫ちゃんは」
「そうみたいね」
「なんや素直やなぁ」
いいじゃない、私にだってそんな時はあるわよ
適当にそれだけを言って私は再び月を見る
魔力か、、、もしそんなものがあるのなら、穂乃果を振り向かせてよ
私に、もっと素直になれる魔法をかけてよ
ぼぉっとベランダで空を見上げる
さっきまでみんなと一緒にいたからだろうか、ややセンチメンタルな気分だ
「苦いわ、、、」
コーヒーの苦みが私を現実へと引き戻す
シンと静まり返った街に鈴虫の声が響き渡る
それを聞きながら月を見上げて、やっぱり秋なんだな、なんて
「ほんと、柄でもないわ」
それとも月の魔力のせいだろうか
「馬鹿らしわね、、、そろそろ中に入りましょ、、、」
きらり、ちょうどそのとき月が一つ瞬いた気がした
「ぇ?」
慌ててもう一度月を見る
そこにあるのは普通の月だ、なんてことないうさぎ模様の月
「疲れてるのかしら、、、」
自室に戻ると私はベッドに腰かけた
「コーヒーなんて飲むんじゃなかったわ」
ぽすんとベッドに倒れこみ、両目を腕で覆う
こうしていればじき眠くなるだろう
「ねぇ」
声が聞こえた、どうやら相当疲れているらしい
こんなにはっきりと幻聴が聞こえるのだから
「ねぇ」
その声はなおも私に呼びかける
しつこいわね、、、
「なによ、もぅ、、、」
きっとはたから見ればただの独り言だ、そんなことを考えながら腕をどける
「やっと気づいてくれた」
しかし、、、
「ほ、穂乃果、、、?」
そこにいたのは、何と穂乃果だった
「私は穂乃果じゃないよ、名前はないけどね」
「なんどそういわれても穂乃果にしか見えないわ、瓜二つよ」
私の目の前に急に現れたそいつは、髪こそおろしているものの穂乃果そっくりだった
冷静に状況を判断できるようになるまで小一時間を要したが、おかげで眠気はどこかへ行ってしまった
「で、あなたは一体何なのよ」
目の前の奇妙な何かに問いかける
「月から来たんだ」
早速意味不明だ
「月って、、、意味わかんないわ」
「私だってびっくりだよ、月からでたいでたい~!って思ってたらここに来れたんだもん」
「はぁ、わかったわ」
無理やり自分を納得させる
わからないことはいつまでたってもわからないことだ、こんなの私の分野じゃない
「あなたみたいなのに詳しそうな知り合いがいるから、今から連れてくわ」
「ちょっとまって」
「外には出られないよ、私」
「何でよ、いいから行くわよ!」
そう言いながら伸ばした私の手は、みっともなく宙をかくだけだった
「え」
「触れないよ、私には」
月から来たというこいつは、どうも月に追われているらしい
意味不明なのは百も承知、こいつに触れないなんてオカルトじみたオプションがなければ
すぐにでも家から叩き出しているところだ
『月の光に当たると見つかっちゃうから、明るいうちしか外に出られないんだよ』
そういうことらしい、おまけに私以外の人には見えないみたいだ
「なんなのよ、あなた、、、」
「なにっていわれても、ねぇ」
『月には魔力がある』
希の言葉を思い出す、その時私はこう願わなかっただろうか
―穂乃果を振り向かせて―
もしかすると、これは月の魔力が作りだしたただの幻想なのかもしれない
「こんなの望んでないわよ、、、」
「むぅ、こんなのとはなんだよ!」
本当に穂乃果そっくりだ、油断すればときめいてしまうほど
「穂乃果ちゃんってこのこと、本当に君は好きなんだね」
「君って言わないで、私は真姫よ」
「じゃあ私にもなにか名前つけてよ」
「じゃあ、ほ、、、」
穂乃果、そう言いかけて止まる
こいつは穂乃果なんかじゃない、ただの幻影だ
「月子、月から来たから月子よ」
とっさに考えたとはいえ、あまりのセンスのなさに涙が出そうになる
こいつ、、、月子はあまり気にしていなさそうだが
なおも月子は問いかける
どうせ私にしか見えない幻影だ、なにを話してしまっても広まることはないだろう
「好きよ、、、穂乃果のことは」
顔が赤くなっていくのが自分でもわかった
「ふぅん、私と似てるんだ」
「そうよ、そっくり、憎らしいほどね」
月子は急に立ち上がると腕を大きく広げて言った
「おいで!真姫」
「いやよ」
即答、あなたみたいなよくわからないヤツのところになんか行くわけないじゃない
第一触れないじゃないの
「なんでよー」
「あなただからよ」
口をとがらせた月子に私はそう吐き捨てる
でも、、、似てる、今の仕草なんて特に
「何でよ!?」
「あなたが穂乃果に似てるからよ」
我ながらよくわからない理由だ
「ドキドキしないの?」
「当たり前よ、私が好きなのは穂乃果だもの」
そうだ、私が好きなのはあの元気な穂乃果
似ているだけのあなたじゃない
「ふぅん、そんなに思われて穂乃果ちゃんもうらやましいね」
「何よ知ったみたいに」
「告白はしないの?」
・・・え?
思わずたじろぐ
告白なんて考えたこともなかった
でも、、、
「しないわよ、、」
私は一呼吸おいてそう答えた
「今のままの関係がお互いに幸せだからよ」
「もったいないとおもうけどなぁ」
やや残念そうに月子は首をすぼめる
もったいない、か
「私になんか不釣り合いよ、穂乃果の周りには人がたくさんいるの、私なんかとは大違い」
自分で言って悲しくなる
しかし真実だ、穂乃果と私が結ばれる未来なんてこれっぽっちも見えない
「あきらめるの、、、?」
「そ、そういうわけじゃ、、、!、いえ、そうね、あきらめるわ」
「あきらめないでずっと願っていればかなう夢だってあるよ」
月子は腕をブンブンと振り回しながらそう言った
「落ち着きなさいよ、なんのこと?」
「私がここにいるのは、ずっと月から出たい!って願ってたからだもん」
「そうだったのね、でも、私には関係ないわ」
私はベッドに横になる
叶うはずなんてありはしない
「まきー、がんばろうよ!応援するから」
なおも月子は騒ぎ続ける
しかし、その騒がしさの中、意外にも私の意識は薄れていった
混濁した意識の中私は思う、どうせ朝になればいなくなるだろう、、、
「真姫、なんで朝から無視するのさ」
「、、、」
結局朝になってもこいつはいなくならなかった
心なしか騒がしさも昨日より増している気がする
「ねぇってば~」
「うるさいわね!、家にいなくていいの?見つかっちゃうんでしょ」
「太陽が出てるうちは平気だもん」
はぁ、思わずため息がこぼれる
なんであんなこと願ってしまったんだか
「どうしたの?真姫ちゃん」
顔を上げると目の前には花陽と凛がいた
「い、今のきいてた?」
「ううん、なんのこと?」
よかった、さっきの独り言は聞かれていないみたいだ
聞かれていたとしたら黒歴史直行なわけだが、、、
「ん?どうしたの、真姫」
恨めし気に月子を見ると、ニコニコとしながら話しかけてきた
「はぁ、きょう一日なにもありませんように・・・」
「ちょっと!」
~♪
「ふぅ」
ピアノを弾く手を止める
月子は学校に着いたとたんに物珍し気にあたりを見るとどこかへ行ってしまった
「孤独っていいわね」
はて、昨日はみんながいる騒がしさに胸を躍らせていたはずだが、、、
一転、人の心はそうそう単純ではないようだ
とりあえず今のところは何も起きていない
授業中騒がれて集中できなかったり、思わず反応してしまって周りの人から引かれたり
そんなことが起こるのではないかと内心ひやひやしていたが杞憂だったみたいだ
「いや、明日からはわからないわね、、、」
~♪
ピアノを弾いている時間が唯一すべてを忘れられる時間
あの面倒な幻影も、日常の些細ないらだちも、授業のややこしさも
それこそ、穂乃果への慕情だって今だけは忘れられる
パチパチ
「やっぱり真姫ちゃん、すごいね」
だから、忘れていたことを思い出したときのあの何とも言えない感情を、幾度となく味わうことになる
「弾き始めたくらいからかな、そぉっと入ってきたんだ、へへ」
「そ、そう」
だんだんと体がほてっていく
ピアノを弾き終わった後だからか、それとも穂乃果の前だからだろうか
前はこんなことなかったのに、、、
「やっぱり、好きなのよね、、、」
小さくつぶやく
『私が好きなのは穂乃果だもの』
そういえば、相手は幻影だったとはいえ、自分の思いを口にしたのはあれが初めてだった
口にして、わかった
絶対に揺るがないものなんだって、、、
「じゃ、真姫ちゃん、穂乃果は帰るね」
だから、そう言って出ていこうとする穂乃果を
「まって!」
呼び止めてしまった
「ど、どうしたの真姫ちゃん」
「私、、、」
不意に舞い降りてきたチャンス
だけど私は、、、
「ま、また明日も来てよ」
言えなかった、告白なんてできなかった
先延ばしにすることしかできなかった
「うん、わかったよ真姫ちゃん」
穂乃果はいつものようににこにことしながらそう言う
ずきりと胸が痛んだ、ドキドキじゃない心の痛みなんて初めてだった
「私、明日、明日告白するわ・・・」
「えぇ!い、いきなりだね」
私の突然の言葉に月子は驚きの声を上げた
それもそうだ、昨日までセンチメンタルに告白しないなんて言っていたやつが
今日になったら興奮しながら告白を心に決めてる
もし私が月子なら呆れかえって言葉も出ないだろう
「人の心はそう単純じゃないのよ!」
経験談だ
「そっか、頑張ってね」
月子はそれだけ言うとベッドに腰を下ろした
そこ、私のベッドだから
「ぇ、それだけしかいわないの?」
「だって私は真姫が告白できればいいなぁって思ってたから、決心したなら何も言うことはないかなって」
「そ」
なんとも拍子抜けだ
なんでとか、どこでとかもっと聞かれるものかと思ってたけど
「、、、なんていえばいいと思う?」
同じくベッドに腰を下ろし尋ねる
しかし、この問いに月子はただ一言
「それは真姫が考えることだよ」
そう言うだけだった
重力に身を任せてベッドに背中から倒れこむ
すぐ上に月子の顔があった
やっぱり穂乃果そっくりだ、下から見上げたことはないけれど、
きっと穂乃果もこんな見た目をしてるのだろう
「、、、何も飾る必要はないんじゃない?」
「え、、?」
ぼぉっと月子を見上げていると、
優し気にこちらを見下ろしながらそうつぶやいた
「そのままを伝えればきっと伝わるよ」
そのまま、か
「、、、好き」
ふとそうつぶやいただけで自分が赤くなるのを感じて
私は枕で顔を覆った
「うん、素直が一番だよ」
「、、、ありがと」
目だけちらりと出して答える
今夜は満月
昨日よりもやや丸みを増した月が天球の一部を陣取っていた
~♪
手が震える
今日まで何度も弾いてきた曲、それがまるで初めて聞くもののように感じた
嫌なことをすべて忘れさせてくれた音楽が手のひらを返したかのように、緊張感を煽る
「、、、っ」
途中で演奏をやめて私は天井を仰ぎ見た
天井のシミと、外からうっすらと聞こえてくる学院生たちの声がわずかばかり緊張を減らしてくれた
静かさを求めて音楽室にこもったのに、喧騒に助けられるだなんて情けない話だ
「あれ、真姫ちゃん休憩~」
「ぇ、穂乃果!って、きゃあ!」
昨日の気づかいはどこに行ったのか、扉を豪快に開けて穂乃果が入ってきた
ぼぉっとしていたせいで椅子から転がり落ちる
「、、、///!」
驚きやみっともなさや色々なものに苛まれ、私は赤面しながら床で硬直するという器用な真似をやってのけた
「ま、真姫ちゃん!?」
遅れて穂乃果が声を上げ、バタバタと近づいてきた
「大丈夫?」
「う、うん、、、」
「ご、ごめんね、穂乃果がいきなり入ってきたから」
そんなことない、悪いのは私だ
「私こそ、ぼーっとしてたから、、、」
そう言いながら穂乃果の顔を見上げる
その姿が昨日の月子のものと重なった
『好き、、、』
記憶というものは不思議なものでほんの些細なことからいろんなものを引っ張り出してくる、例えばそう、昨日のつぶやきとか
「、、、///」
途端に顔に灯がともる
私はなんとか穂乃果の顔を見ないように目を泳がせた
「ど、どうしたの真姫ちゃん、もしかして熱でもある?顔も赤いし、、、」
顔が赤いのは誰のせいだ
「だ、大丈、、、」
ピト
言い終わらないうちに穂乃果は手を伸ばし、おでこに頬にと手のひらをあてる
きれいな顔、息遣いまでもはっきりと伝わってくる
「ほの、、か、、、」
すっかり私は穂乃果にくぎ付けになってしまった
「ん、なぁに」
私の声に穂乃果はなおも私の顔から手を離さずに返事をした
すぐ目の前から声が聞こえる、今まで近づいたことのないほど近くから
その小さなピンクの唇から漏れる言葉のすべてが、私の心を締め付けた
ドキドキ、ドキドキ
鼓動が早くなっていくのが分かる
「よかった、熱はないみたいだね」
ほっと息を吐きながら穂乃果は私の顔から手を離した
そのとき
ズキリ
再び胸に痛みを感じた
「椅子から落ちるんだもん、びっくりしたよ」
ズキリ
穂乃果が離れていくとともにその痛みはどんどんと大きくなる
「・・・っ!」
「へ?」
ギュ
私は、こらえきれずに穂乃果を抱き寄せた
やっぱり、自分を偽ることなんてできない
「ど、どうしたの、真姫ちゃん」
穂乃果の慌てる声をすぐそばで聞きながら、それでも離すまいと一層抱く腕を強くする
「ま、真姫ちゃん、、、?」
私の不自然な行動に穂乃果は不安げな声を上げた
困惑、そういった類の感情が触れ合う肌を通して伝わってきた
なにか、なにか言わなきゃ、、、!なにか、、、!
「、、、いかないで、、、!」
私がやっとの思いで絞り出したのはそんな言葉だった
「やだ、いっちゃやだ、、、!」
「ま、真姫ちゃん?」
初めの言葉を皮切りに、心のダムが決壊した
言えずに秘めていた言葉が次々と出てくる
「もっと声が聴きたい、もっと笑顔が見たい、もっと一緒に笑いあいたい」
初めは小さく抵抗していた穂乃果も
今はただ黙って私に体を預けていた
「もっと私の声を聴いて、私を見て、私と一緒にいて!」
もうとまらない、とまれない
最後に一呼吸おいて、私は――
「穂乃果が好き、誰よりも好き、私と付き合って」
「おかえりー、真姫」
部屋に入るといつの間に帰ったのか月子に出迎えられた
「、、、どこにもいなかったから月にでも見つかって帰ったかと思ったわ」
「あ、あんまりだよ」
大げさに文句を言いながら近づいてくる月子
私はなるべく顔を見ないようにしてベッドに飛び込んだ
「告白、どうだった?」
「平気で聞くのね、一応聞きにくい質問ってやつじゃないの?」
悪態をつきながら仰向けになる
結論から言うならば、失敗した
『穂乃果、そう言うのとかよくわかんなくて、その、、、ごめんっ!』
それだけ、本当にそれだけを言うと穂乃果はその場から立ち去った
それから私が何をしていたかなんてわかんない、午後の授業なんてこれっぽっちも覚えちゃいない、練習だって休んでしまった
「ダメだった、みたい」
「そっか、残念、だったね」
月子は私の返事を聞くなりしょんぼりと肩を落とした
「ま、わかってたことだし、落ち込むんじゃないわよ、月子」
精一杯の元気を演じて、私はそう言い捨てた
「ねぇ、真姫、大丈夫?」
しかし、月子はなおも心配げに私の顔を覗き込んでくる
『大丈夫?』
その顔が穂乃果のものと重なった
ほんと、そっくり、人のことをまるで自分のことのように悲しめるところなんて特に
「な、なに言ってるのよ、ダイジョブだって」
無理やり笑顔を作って私はそう返した
穂乃果のものには及ばないけど、きっと私はいい顔をしてる、そうでしょ?
「ねぇ真姫、じゃあなんで泣いてるの」
月子の言葉と同時にぽたり、と小さな感触をもものあたりに感じた
見るといくつもの小さなシミができていた、シミはどんどんと新しく落ちてくる滴に上書きされるように大きくなっていく
「なによ、、、これ、、、」
途端に視界がぐにゃりとゆがんだ
ぽたぽた、ぽたぽたと次から次へと滴がしたたり落ちる
「わら、おうと、してるのに、、わらえないわよ、、、こんなの」
無理やりにでも微笑もうと細めた目からはたまらず涙があふれてきた
「真姫、無理しなくていいんだよ、泣きたいときは、泣けばいいんだ」
もうここらが我慢の限界だった
こらえていた思いが嗚咽となって出てきた
「なんでよっ、なんで、、、わかんないわよぉ!」
「ごめん、私が真姫にあんなことを言わなければ」
「違うっ、違うの!、私が、、、穂乃果が好きだからぁ!」
私は泣き続けた
もう死ぬまで涙を流さなくてもいいんじゃないかと思えるほど
その間月子は私を静かに見守ってくれていた
ポーン
これはドのおと
ポーン
これはラのおと
「これは、、、」
なんとなくピアノを弾く気にはなれなかった
ただ、毎日の習慣がそうさせているのだろう、惰性で音楽室にきて、ただ椅子に座り、気が向いたら鍵盤を一回だけたたく、そんなことをしていた
「ねぇ真姫、元気出していつもみたいにピアノ弾こうよ」
「そんな気分じゃないのよ今は、、、それに昨日も一昨日も聞いてないじゃない」
「ううん、聞いてたよ、音楽室の近くにいると聞こえるもん、真姫のピアノの音」
ポーン
返事の代わりに鍵盤をたたく
“そ”
「そっけない返事だね」
月子の言葉が終わらんというところでちょうど音楽室の扉が開いた
とっさに私は叫ぶ
「穂乃果!?」
しかしそこにいたのは海未だった
「なんだ、、海未が音楽室に来るなんて珍しいわね」
「なんだ、とは聞き捨てなりませんが、まぁ今回ばかりはいいでしょう、そんなことより真姫」
ずいと体を近づけながら海未は話しかけてきた
「穂乃果のこと、何か知りませんか?」
ズキリ、心が痛む
「実は今日、穂乃果は学校を休んでいまして、、、」
ズキリ、痛みは増す
「昨日の昼休みから少し様子がおかしかったのですが、真姫、何か知りませんか?」
「、、、別に、知らないわよ」
ズキリ、痛みは引かない
「そう、ですか、音楽室へ行くといっていたのでてっきり真姫と何かあったのかと思いましたが、、、、そうではないようですね」
「、、、そうね」
「すみませんでした、それでは私は失礼します」
音楽室から出ていく海未の姿を何もせずに私はただ見送った
再び音楽室に混じりけのない音が響いた
「穂乃果、休んでるのね」
なんとなくつぶやく、ただ何となく
別に休んでいるから何かをしようというわけではない
ただ、、、私のせいだろうな、なんて
そんな思いだけがぐるぐると頭の上を回り続けていた
「真姫、お見舞いいこうよ」
「やだ」
鍵盤をたたくよりも少しだけ長い返事を返す
絶対に嫌よ、そんなのみじめじゃない
ガラッ
扉が再び開いた
「言い忘れていました真姫」
どうやら海未が戻ってきたらしい
海未は一呼吸置くとこう続けた
「今日は練習休みにする予定なので、穂乃果のお見舞いよろしくお願いします」
「、、、、え」
扉に手をかけ、いやいやと離れ、もう一度手をかけ
そばで見ている月子が呆れるほど私は迷い続けていた
「なんで練習休みなのよ、、、」
「絵里ちゃんって子も休んだんだよね?」
そう、休んだのは穂乃果だけでなく絵里もだったみたいだ
どうにも夜風に当たりすぎて風邪をひいたとか
おおかた日曜日のパーティで興味深い月の話を聞いたから、気になって毎晩月を見ていたってところでしょうけど
そのおかげでここ穂むらに来なければいけなくなったのだから迷惑な話だ
「それになんで私がお見舞いなんか、、、」
ため息をつきながら再び扉に手をかける
当然また離れる
第一どんな顔して合えば
「いい加減迷ってないで入りなよ」
「何よ私の気持ちも、、、」
ガラ
私の抗議が終わらないうちに、突然扉が開いた
「だ、誰ですか、、、って真姫さん」
そこにいたのは穂乃果の出来る妹、雪穂だった
雪穂はしばらく目をぱちくりと瞬かせると、はっと我に返った
「と、とりあえず中に入ってください」
「お、お邪魔します」
私は黙ってついていくだけ
悪いが年下の子がそばにいるからと言って気の利く話題を提供できるほど私は達者ではない、むしろ穂乃果の家にいるという緊張に押しつぶされてしまいそうなくらいだ
雪穂も雪穂であまり話したことのない先輩がたった一人で来たのだから内心パニックだろう
「ぁ、どうぞ中へ」
「し、失礼します」
「なんか二人とも初々しいなぁ、、、」
隣で月子がやれやれと肩を落としながらつぶやいた
しょうがないじゃない、好きな人の妹との二人きりなんて大体こんなもんよ
私はそのまま売り場を通り過ぎ、生活感のある一室へ通された
「いま、お茶とお菓子もってきますから!」
それだけ言ってそそくさと立ち去る雪穂を見送ると
適当な場所に腰を下ろす
一人になったとたんにずっしりと背中が重くなった
もう後戻りはできない、心を決めて、せめて無難にお見舞いをするしかないだろう
「はぁ」
「いらっしゃい、真姫ちゃん」
「ひゃう!?」
すっかり気を抜いていた私は、穂乃果の母親の声にみっともない声を上げてしまった
しどろもどろにそう言う
手土産くらい持ってくるべきだっただろうか、緊張のせいで気が回らなかった自分を恨む
「そう、ありがとうね真姫ちゃん」
穂乃果の母親は気にすることなくにこりと微笑んだ
しかしその顔はすぐに曇ってしまう
そして申し訳なさそうにこうつづけた
「でも、来てもらって悪いんだけれど、穂乃果には会わせられないの」
私の顔を見るなり、いやいやと手を振りながらこうも続けた
「ぁ、真姫ちゃんが悪いわけじゃないの、そうじゃなくてね、、、」
沈黙
母親の言葉は途中で切れてしまった
言おうか言うまいか逡巡している様子だ
「どうか、したんですか、、、?」
沈黙に耐え切れず、というよりは反射的に私は聞き返した
聞かなければならない気がした
「熱とかはないのだけれど、朝から体が動かないって言っててね、、、お医者さんにも見てもらったんだけど原因がわからないって」
「そうですか、、、」
「きっとすぐに治ると思うんだけど、悪い病気だったら怖いから、、、」
「おじゃましました」
「ごめんね真姫ちゃん、またおいで」
結局何もすることなく、私は穂むらを後にした
手には雪穂が持たせてくれた穂むら特製おはぎが紙袋に入ったままぶらりと揺れている
「お見舞いに来て、何もせず手土産までもらって、、、なにしてるのかしら」
ひときわ大きなため息をつく
思えばきょう一日ため息ばかりだ
『このおはぎ、青じそ入りなんです、香りでも癒してくれるんですよ』
このおはぎを渡しながら雪穂は目をらんらんと輝かせながら言った
どうにも数年前まで商品の一つだったとか、、、
そしてその商品名は―
「穂乃果、、、」
おはぎと穂乃果、どちらが先に生まれたかはおいておいて、
実際の穂乃果とは似ても似つかない商品だ、なんて
癒しなんてとんでもない、穂乃果にはいつも振り回されて、ううん、
出会った時からずっと、気が休まるときなんてなかったかもしれない
だけど、それを楽しいと感じる自分もいて、、、
「はぁ、、、」
再びため息をつきながら、空を見上げた
そろそろ日も暮れる、月子の嫌いな月が空を支配する前に帰らなければ
ガラ
そんなことを考えていると、穂むらの二階の窓が不意に開いた
「おーい、真姫ちゃーん」
音につられてそちらをみると、そこには手をゆったりと振る穂乃果の姿があった
「お見舞いありがとうー、けほっ、会えなくてごめんねー」
突然の出来事に声を出せないでいる私に、なおも穂乃果は話しかける
でもその動きはなんとなく不自然で、乱暴で、動かない体を無理して動かしているように見えた
「、、、な、なにやってるのよ、穂乃果」
「せっかく真姫ちゃんがお見舞いに来てくれたんだもん、けほっ、会わないのは寂しいしー」
私の問いかけにも穂乃果はニコニコと笑いながら、でもどこかゆったりと答える
いつもと同じ笑顔、私の背中を押した笑顔、私を引っ張る笑顔、そして私を虜にした笑顔
なんでこんな時にも笑っていられるんだろう
「病人は寝てなさい!」
「はいはーい」
穂乃果は雑な返事をして自らの部屋に引っ込んだ
しかしそのあとも外の私へ手を振り続けるのだ
私はただ黙って、自らの家へ歩き始める
ふわりと香るしその香りも、今は心を乱すものでしかなかった
「ねぇ、真姫、、、」
帰り道の途中、月子が恐る恐るといった具合に話しかけてきた
「なによ、今は話しかけないで」
それをぴしゃりとはねのける
それから月子は家に帰るまで全くしゃべらなかった
普段なら私の拒否なんて何のそので話しかけてくるくせに、今日にいたっては日が暮れそうになっても騒ぐことさえしなかった
いや、穂むらからでてから、だったか
「今日はもう一人にして、休みたいから」
家に帰ってからもなんとなく誰とも喋りたくなくて、一人になりたくて
私は月子を部屋から追い出した
「ぁ、真姫、、、」
月子の呼びかけを聞こえないふりで無視する
今は休ませて頂戴、疲れが取れたらいくらでも聞いてあげるから
「おやすみ、月子」
声が届いたかはわからない、私はそれを確かめることもなくベッドに体を預けた
ぽーん
今日もひとつ、独りの音楽室にピアノの音が響く
どうやら今日も穂乃果は学校を休んでいるらしい
ぽーん
そういえば朝凛にこんなことを言われた
『真姫ちゃん元気なくない?』
そんなことはない・・・とは言えなかった
適当に言葉を濁して、今だって二人のお昼の誘いを断ってまでここに来ている
ぽーん
どうしてこうも私の日常は悪いほうへ悪いほうへ転がっていくのだろうか
花陽や凛からはよく角が取れたなんていわれるけど、こうも簡単に転がってしまうなら
つんけんしていたあの頃のほうがまだよかったかもしれない
「・・・それは、ないか」
ピアノを適当に叩きながら、自問自答
つい昨日までなら会話の相手がいたのだけれど・・・
「どこに行ったのよあなたは・・・」
朝起きると、月子の姿はなかった
学校にいるのではと思い、こうして音楽室でピアノを叩いていても現れる気配はない
本当に、いなくなってしまったんだ
月にでも見つかったのかしら
ふとそんな考えが頭をよぎる
どこを探してもいないんだ、きっとそうだ
「ドジね・・・」
あそこまで私に意見しておいて、いなくなる時は急なのね
思えば2,3日の出来事だ、月子と一緒にいた時間なんて
もとよりうるさいと思ってた、いなくなってせいせいした
でも・・・
「文句くらい、言わせなさいよ・・・」
『今日はもう一人にして、休みたいの』
「文句の一つくらい、言いなさいよ・・・!」
ぽたり、スカートにひとつ、ふたつとシミが広がる
あの夜流しつくしたはずの涙が、静かにあふれてくる
確かに一緒にいた時間はほんの少しだったかもしれない
だけど、私が変わるきっかけをくれた、私の涙を受け止めてくれた
「あんなのでお別れなんて・・・!意味わかんないわよっ!」
だけど、下り坂はまだまだ終わらないようだった
バァン
勢いよく音楽室の扉が開け放たれる
そこには・・・
海未「はぁ・・・!、はぁ・・・!」
いつもの品行方正な姿とは似ても似つかぬ海未がいた
涙でいっぱいの顔を向けた私に、海未は・・・
海未「真姫・・・!穂乃果が、穂乃果がいなくなりました・・・!」
消えた
混乱する頭の中、唯一理解できた単語
いや、混乱しているのは私だけではなく、μ’sのメンバー全員
私を囲むみんなからは、悲鳴や怒声に似た声が飛び交っていた
穂乃果がいきなり消えた
何処に?なぜ?どうやって?
そんな質問はもはや無意味、穂乃果の母親曰く
気が付いたら部屋にいなかった
「とにかく!、連絡を取りながら付近を捜しましょう、きっとどこかに入るはずです!」
海未の言葉でみんながちりじりになる、その場には私だけが残されてしまった
「なん・・・で・・・」
追いつかない理解と、混乱に支配された私の体が
やっとの思いで絞り出したのは、疑問
純粋な、疑問
「・・・なんなのよ・・・」
次第に混乱が怒りに置き換わる
「・・・いみ、わかんない・・・!」
何で、月子も、穂乃果もいなくなるのよ
そんなの・・・
「いみわかんないわよっ!」
震える手足を怒りで無理やり動かし、私は不格好に走り出した
公園、駅前、神社、学校、思いつく場所は手当たり次第に探した
海未は聞きこみなんてこともしてくれたみたい
だけど・・・
海未<今日は、もう打ち切りましょう、続きは明日です・・・
携帯の画面に表示される海未の言葉
画面の端を見ると時刻はすでに9時を回っていた
言葉が、出ない
歩く力だってもうわかない
この数時間、自分は何をしていたんだろう
覚えてない
ただがむしゃらに走って、がむしゃらに叫んで
でも、結局何もわからなかった
希<みんな心配なのもわかるけど、絶対に一人で探そうとしたらだめだよ
私だけじゃない、誰も、なにもわからなかったらしい
あんなふらふらの状態で外に出ていれば誰かしら見ていそうなものだけど
そんな話すら聞けなかったみたいだ
「ほんと・・・どこ行っちゃったのよ」
まさか、と何度もあらぬ考えが浮かんで、そして消えた
「帰り道、わかんないや・・・」
適当に、走っていたせいか、どこまで自分が来たかなんてわからなかった
いまはただ、見覚えのある知らない道をとぼとぼと歩く
「あれ・・・」
しばらく歩いていると、道の先に見覚えのある建物が見えた
穂むら
無意識のうちに穂むらへの道を選んでいたのだろうか
「・・はは・・」
穂むらを見上げて・・・
わけもなく笑えて来る
わけもなく涙が流れる
もう、見えているもの、感じているもの
何がほんとで何が嘘か、それさえもわからない
だから・・・
「真姫ちゃん」
穂むらから立ち去ろうとしたときに聞こえた声に
私の頭は真っ白になった
「穂乃果・・・?」
振り返る、しかしそこには誰もいない
なおも声がきこえる、違う、この声は、上から・・・?
「・・・!」
穂むら二階、その窓の奥に、私はぼんやりと穂乃果の姿をとらえた
こちらの思いなど知らず笑顔でこちらに手を振る穂乃果は、昨日よりもつらそうに見える
でも、それよりも・・・
穂乃果の姿は何ともおぼろげで、今にも消えてしまいそうで、そう、まるで・・・
「・・・月子、みたい・・・?」
カチリ
頭の中で何かがはまる音がした
その音を皮切りに、今までのもやもやが一気に一つの形となる
その子は月から来たと言う
その子は私の好きな人にそっくりで
なんと月に追われているらしい
月は自らの光でその子を探す
その子はずっと月の光から逃げつづけた
じゃあ、もしも
もしも・・・
――月が間違いを犯したら・・・?――
月が“穂乃果”をみつけたら?
その場からとびだし、私は穂むらの扉を勢いよく叩いた
「あけて!開けてください!」
返事は・・・ない
「なんで!なんで誰も出ないのよ!」
もしかすると、家族総出でどこか探しにでも行っているのかもしれない
一人くらい残っていてもいいはずだが・・・
家の中から返事はなかった
「開けて!お願い!お願いよ!」
扉をたたく、たたく、たたく
その音は夜の静寂に包まれて消える
「だれでもいいから・・!お願い!」
どうにかして中に入る方法はないの?
必死に考える、頭の中の引き出しを乱暴にかき回した
何かあるはず!なにか、なにか!
『月には魔力がある』
しかし、そんなときに思い浮かんできたのは
いつしかの希の言葉、それだけだった
頭を振ってイメージを振り払う
だけど、そうやって意識すればするほど、出てくるのはしょうもない記憶ばかりだった
「なによ・・・!だったら開けてみなさいよ・・・!」
いらだちに声を荒らげる
「月の魔力?結局何も起きなかったじゃない!悪いことばっかで・・・」
何に怒っているのかすら自分でもわからない
「一回、たった一回でもいいから・・・!奇跡を起こしなさいよ!」
ただただ、私はーー
「・・・扉の一枚くらいっ!開けてみなさいよっ!!」
ガチャリ
「・・・・・・へ?」
叫ぶと同時に背後で響いた小さな音に、私は耳を疑った
穂乃果は、とても降りてこられそうな状態じゃない、じゃあどうして・・・?
月を見上げる
「まさか・・・ほんとに・・・?」
返事はない
私は鍵の開いた扉に手をかけ、勢いよくとびこんだ
「穂乃果・・・」
おそるおそる呼びかけながら穂乃果の部屋へ足を踏み入れる
私をほんのりと甘い匂いがつつみこんだ
「まき、ちゃん」
明かりのついていない部屋で
月明かりに照らされるように穂乃果は座っていた
「穂乃果!一体どこ行ってたのよ・・・!」
思わず駆け寄って、気づいた
「穂乃果・・・、その体」
「えへへ・・・なんか穂乃果のことみんな見えなくなっちゃったみたい・・・」
弱々しくそうつぶやく
手を取ろうと伸ばした腕が、宙をかいた
「さわれない・・・」
「みたい、だね・・・ははは、どうなっちゃうんだろう、穂乃果」
もしわたしのさっきの考えが正しいなら・・・
穂乃果は・・・
「消えちゃうの・・・かな」
穂乃果のつぶやきに思わず叫ぶ
そんなことさせない、そんなこと絶対・・・!
「真姫ちゃん、そんな怖い顔しないでよ、せっかく穂乃果のことが見えるんだもん、お喋りしようよ」
「そ、そんなこと今は・・」
「あの日の返事、とかどうかな」
「・・・あの・・・ひ?」
「音楽室、でさ、えっと、真姫ちゃんが・・・その、ね?」
「・・・!」
「あ、赤くならないでよ!、穂乃果だって、言うの恥ずかしいんだから・・・」
「そ、そんなこと、今度ゆっくり・・・」
「今度がないかも、しれないじゃん・・・」
「そんなことない!そんなこと・・・!」
「ねぇ、真姫ちゃん」
「いや、やめてよ!」
「もう一回、言ってほしいな」
「ねぇ真姫ちゃん、お願い」
「いや、だってそんなの・・・」
「お別れみたい・・・だから?」
「あ・・・・」
「お願い真姫ちゃん、このまま穂乃果が消えちゃうんだとしたら、返事をしないままお別れなんて嫌だから・・・」
「・・・」
「そんなの、ぜったい・・・いや、だからっ・・!」
ポタ・・・
「お願い・・・真姫ちゃん・・・!」
ポタ…ポタ・・・
「・・・好き、よ・・・」
「・・・ぇ?」
「穂乃果の声が好き・・・笑顔だって好き・・・一緒にいたい」
「・・・うん」
「私の声を聴いて・・・私をもっと見て・・・ずっと、一緒にいて」
「うん・・・うん・・・・」
「穂乃果が・・・あなたが誰よりも好き、私と付き合って・・・!」
私が勇気を出したあの日のやり直し
だけど、私の心は、今この瞬間は、驚くほど穏やかで・・・
穂乃果は私の言葉を、うなづきながら聞いていた
しばらくの沈黙、そして・・・
「私でよければ、喜んで・・・!」
にっこりと、涙を流しながらそう言った
「・・・ほ、本当に・・・!?」
「本当だよー!」
「で、でも私なんか・・・」
「なんで告白した側が縮こまるかなぁ・・・」
「で、でも・・・
チュ
「これで、いいでしょ・・・?」
「ほ、穂乃果・・・?」
「な、なに?穂乃果だって恥ずかしいんだから」
「そうじゃなくて、体・・・」
穂乃果の手を取る
そこには、さっきまでとは異なる、しっかりとしたぬくもりがあった
「なん・・・で?」
穂乃果が・・・消えることはなかった
ガチャリ
扉の鍵を開ける
ガラス越しに、あの特徴的な赤い髪が透けて見えていた
その少女はしばらく逡巡したのち、扉を開けて勢いよく飛び込んできた
「ま、真姫・・・」
しかし、その少女は私のことなど気づかず中へ入って行ってしまった
その様子が私の思いを確たるものに変える
―私は、とんでもないことをしてしまった―
月から逃げて、逃げて、逃げた結果がこれだ
真姫がお見舞いに行った日、二階から手を振るあの子
“穂乃果ちゃん”の姿を見て、嫌な予感がしたんだ
『今日はひとりにして』
だからあの日、私は夜家を出た
月明かりに照らされた道に飛び出す
月に照らされた自分の手を見て、なにも変わらない自分の体を見て
やっと私は気が付いた
記憶をたどって穂乃果ちゃんの家に走っていった
もしかしたらまだ大丈夫かもしれない
そんな気持ちで、ずっと穂乃果ちゃんを見ていた
真姫の弱々しい声が奥から聞こえてきた
私は何をしてしまったんだろう
「こんなことになるなんて・・・」
なぜか月から出てこられて、それがうれしくて
このままここにいたくて、それを願って・・・
真姫の恋を、応援して・・・
『違うっ、違うの!、私が、、、穂乃果が好きだからぁ!』
真姫の涙がよみがえってくる
なんで真姫は泣いていたんだっけ、告白が失敗しちゃったからだ・・・
このまま私がここにいたらどうなるんだろう
きっと、穂乃果ちゃんがいなくなっちゃう
ぽーん
孤独なピアノの音が聞こえた気がした
穂乃果ちゃんがいなくなったら、真姫はどうなっちゃうんだろう
思うや否や、私は全力で家を飛び出した
「そんなの、ぜったいにだめ!」
ほんの少しだったけど、真姫と過ごしてわかった
人には居場所があって、それはかけがえのないものだ
そんな大切なものを、私が奪っていいはずがない
「聞いて!」
私は空へあらん限りの声を上げる
「私はここにいる!」
目にはしっかりと月を見据えて
「あなたが探しているのは私!あの子じゃない!」
だから・・・
深く息を吸い込んで、私は言った
「真姫から!あの子を奪わないでっ!!」
月が瞬いた
私を白い光が包む
「・・・まに、あった・・・」
これで私はここから消える
でもこれでいい
これでいいんだ
体の力が抜けていくのを感じる
「月子!」
突然、私を呼ぶ声が響き渡った
「・・・真姫」
見上げると、窓から私を見下ろす真姫と目が合った
薄れつつある意識の中、私はつぶやいた
「ありがとう」
コンコン
扉をたたく
はーい、なんて気が抜けた返事が中から聞こえてきた
ガラ
「どちらさまで・・・って真姫ちゃん!?」
「おはよう、穂乃果」
翌日はすごく大変だった
みんなは怒りなのか悲しみなのかうれしさなのかわからないような声色で質問してくるし、穂乃果に至っては泣きじゃくる海未に抱き着かれながら怒られてた
凛なんかは囃し立ててくるし、本当に騒がしいったらありゃしないわよ
でも、騒がしいくらいがちょうどいいかしらね
「ちょっとまってて、いま準備するから」
穂乃果はそれだけ言うと家の中に引っ込んでいった
中から雪穂ちゃんのからかう声が聞こえる
「あなたも大変ね・・・」
ため息をつきながら、ふと鞄を覗く
「ぁ、これ・・・」
―十五夜パーティ―
そう言えば結局当日集めなかったのよね、これ
「まったく、何のためのチケットなんだか」
やれやれと肩をすくめながら
鞄の中へチケットを戻す
「・・・いや」
しかしまたすぐに取り出すと、私は空へ勢いよく突き上げた
「また、十五夜の夜にでも来なさいよ、チケットがあればお月様も許してくれるでしょ?」
ぱっと離されたチケットは、風に吹かれて舞い上がっていった
おしまい
おつです
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