【ラブライブ!】善子「見ているものと」 梨子「見えているもの」
- 2020.04.15
- SS

私の場合は、津島善……いえ、ヨハネちゃんと、結果的に一緒にいる事が多くなっていました。
ヨハネちゃんって呼ぶのも何か違うような気がするので、ここはいつも通りよっちゃん、って呼ぶことにします。
沼津の市街に行くと、最近はほぼ毎回どこかでよっちゃんと出会います。
善子「ねえ、こんどの連休は練習がないけれど、リリーはどうするの?」
スクールアイドル部は、実は連休になると活動が休止になります。
お家が観光関連だったりお寺だったり地元の名士だったりするメンバーの方が多いため、いつもの週末ならともかく、連休だと練習に出てこられなくなるからです。
いわゆるサラリーマン家庭なのはよっちゃん、曜ちゃん、私の三人なのですが。
曜ちゃんは、高飛び込みの強化練習に行かなければならないので、やっぱり部活はお休みです。
そういう形で最後に残る二人であるよっちゃんと私は、必然的に一緒にいる時間が増えていくのでした。
梨子「久しぶりに、家で絵を描いてみようかなって思って」
学校の下のバス停で、二人で同じバスを待ちながら、そんな話をしていました。
私はいくつか先の停留所で降りますが、よっちゃんは終点の沼津駅まで乗っていきます。
善子「それって、家から外に出ないっていうこと?」
梨子「うん、何を描くかはまだ決めてないけれど、そうなるかな」
善子「それじゃあ、どこに行ってもリリーに会えないじゃない」
よっちゃんが外出するのって、私が目当て……っていうのは、自意識過剰でしょうか。
よっっちゃんはしばらく下を向いて、リリーと会えないなら魔宮に籠もっていようかしら、とかぶつぶつ言ってから、顔を上げました
梨子「呪符って……」
いったい何が出てくるのでしょうか。
善子「あ。あのねリリー、水族館に入れる呪符が二枚あるの。新聞屋さんからもらったんだけど、お母さんが友達と使いなさい、って」
それって、新聞屋さんが配る招待(タダ)券ですよね。
よっちゃんは、私をじっと見ながら、
善子「だ、だから、リリーとなら、その力を使っちゃってもいいかなって思うの」
翻訳すると、一緒に水族館に行きたい、でいいんですよね。
よっちゃんは、いつもと違った、少し不安そうな顔で私をじっと見ています。
よっちゃん、こうやって黙ってるとハンサムな美人さんなんですけれど。
梨子「いいよ、一緒に行こう」
よっちゃんの顔が、ぱっと明るくなりました。
よっちゃんの乗っているバスは、少し遅れているみたいです。
時刻表では、到着しているはずの時間を、10分くらい過ぎています。
沼津から内浦に向かう海沿いの道は二車線なので、渋滞があったらバスが遅れます。
私は、車の列の向こうにある海を、鉛筆でスケッチしながら待っていました。
そのうちの一つ、今日よっちゃんと二人で行く水族館は、内浦の、その気になれば私の家から歩いて行ける場所です。
東京にいるときは、葛西、品川、池袋、墨田といろんな水族館に行きましたが、いつも、遠足だったり、両親につれて行ってもらったりでした。
だから、デートで水族館というのは初めてです。
……えっと、いまデートって言いました?
よっちゃんと、二人きりで行くのは初めてです。
そうじゃなくって、学校へ行くバスの通り道にある、あの水族館に行くのははじめてなんです。
いつもは学校に行くために使うバス停で、よっちゃんが乗って来るバスを待ちます。
【あと5分くらいだと思う】
スマートフォンのメッセージアプリに、連絡が入りました。
いままで開いていた小ぶりのスケッチブックを閉じ、鉛筆と一緒にトートバッグに片付けます。
花柄のフレアスカート、ちょっと短かったかも。
トップスは白のニット、こっちはよし。
よっちゃん、かわいいって思ってくれるでしょうか。
バスが見えてきました。
荷物を入れたトートバッグを、肩にかけ直します。
東京では、前から乗って最初にお金を払う乗り方だったので、初めての時はずいぶん戸惑ったものです。
バスは、家族連れやお年寄りが一組、二組というところで、空いている席の方がずっと多いくらいでした。
その一番後ろの席で。
善子「りりー、こっち」
よっちゃんが、海側の窓ぎわに座っていました。
私も、その横に座ります。
梨子「よっちゃん、かっこいい」
善子「そ、そう?リリーに言われるなら悪くはないわね」
シャツと、黒いフリルの付いた、マルーンのプリーツスカート、その上に黒いジャケットを羽織っていました。
腰には飾りベルト、そして、首筋には黒いチョーカー。
パステルカラーでふんわりしたファッションの私とは、逆でした。
上から下まで見ていたのに、気づかれてしまったようです。
梨子「ごめんね、だってよっちゃん、かっこいいんだもの」
よっちゃんって鼻筋が通っているから、ハンサムな美人と言えばいいでしょうか。
スーツみたいなかちっとした格好も似合いそう。
でも、男装の麗人っていうのには当てはまらないと思うんです。
だから、ハンサムな美人さんだと思います。
善子「りりーだって、女の子っぽくて似合っててかわいいわよ」
真顔で言われると、胸の奥が、変な感じになります。
梨子「あ、ありがとうよっちゃん」
このまま乗り続ければ学校の下の停留所ですが、今日は、ここで降ります。
さっきの家族連れも、ここが目的地のようでした。降りるのを待ちます。
先によっちゃんが、料金箱に整理券を入れて、運転手さんに定期券を見せました。
私も同じようにして、出口から外へ。
善子「リリー、ちょっと段があるわ」
先に降りたよっちゃんが手を伸ばしています。その手をとりました。
梨子「あ」
学校の下のバス停とは地面の高さが違って、ついバランスを崩してしまいました。
とっさに、よっちゃんが受け止めてくれます。
よっちゃんの胸に飛び込むような形で、支えてもらいました。
善子「ほら、リリー気をつけないと」
梨子「うん、ごめんね、よっちゃん」
そのまま、見つめ合いました。
端から見たら、抱き合っているかのように見えていたのでしょう。
善子「も、もうだいじょうぶ?それなら入りましょう」
よっちゃんは、慌てたように身体を離しました。
もう少しこうして欲しいのに、そんなことを思いながら周りを見ると。
小さい子が不思議そうにこちらを見ていました。
梨子「そ、そうだね、行こうよっちゃん」
新聞の販売所の名前がスタンプで押された封筒、中に呪符、もとい、招待券が入っているのでしょう。
入場券の販売窓口を素通りして、そのまま入場口へ行きます。
善子「二人、おねがいします」
呪符と引き替えに、再入場時に使う半券をもらいました。
「この先で撮影させていただきますね」
係の人にそう言われました。
梨子「撮影ってなんだろう」
善子「さあ、ヨハネも小学校の遠足で来た以来だから」
地元の観光スポットって、実は意外と来ないものですよね。
私も、葛西の水族館に行ったのは、小学校の遠足の一度きりです。
そんなことを考えながら、館内に続くスロープを下ります。
正面にいる、カメラをかまえた係の人に声をかけられました。
床に、テープで赤い線が引いてあります。
「撮影しまーす」
善子「え?ちょっと何?」
よっちゃんは、何なのかいまいちわかっていないみたいでした。
梨子「よっちゃん、記念撮影」
よっちゃんの腕をしっかり抱きかかえます。
善子「え?あ、ちょっとリリー何を」
よっちゃんが慌てているうちに、撮影は終わりました。
「この番号のところに掲示しているので、お気に召されたらご購入くださいね」
番号を書いた紙をもらいました。慌ててるよっちゃんと二人で写った写真だから残しておきたいと思う反面。
こういうのって1000円くらいするから、高校生の身にはけっこう痛かったりします。
離してと言われていないので、よっちゃんの腕を抱いたままです。
この水槽の水面は、私の目の高さくらいでした。
善子「北海の凶獣(リヴァイアサン)ね」
梨子「セイウチだよ」
案内看板にはそう書いてありました。
一番最初にセイウチがいる水族館というのも、初めてです。
水族館のつかみは魚、というのは東京だけでしか通用しない常識だったのでしょうか。
セイウチは、ガラスの向こうの私達を気にしていない様子で、水の中で遊んでいます。
一匹だけなので、わりとやりたい放題という感じ。
でも、これって。
梨子「一匹だけで寂しくないのかな」
善子「一人でいても、意外と何とかなっちゃうものよ」
よっちゃんは、ガラスの向こうを見ながら言います。
横顔に、陰が見えたような気がしました。だから。
ずっと抱いていたよっちゃんの腕をぱっと離して。
梨子「これでも寂しくない?」
よっちゃんが、顔を横に向けて、私を見ます。
善子「今は、寂しいかもね」
梨子「よっちゃんがそう言うなら」
改めてよっちゃんの腕を、両腕でぎゅっと抱きました。
梨子「アカウミガメだよ」
セイウチの反対側は、ウミガメのプールです。
なんだろう、こうやって少しおかしいことを言ってるよっちゃん、楽しそうです。
さっき見た陰が気のせいのように思えます。
私がイメージしてた水族館はこんな感じです。
善子「小さき群れなすもの(レギオン)の間ね」
水槽の前で立ち止まります。
善子「あっちに一人でいる子達と、他の魚たくさんと一緒にいるこの子達、どちらが幸せなのかしら」
梨子「比べられるものじゃないと思うよ」
善子「でも、他所からここに連れてこられて毎日を送ってる」
よっちゃんは、水槽の向こうを見ながら、そう言います。
さっき見えた陰が、またその横顔を昏くしました。
善子「そういう意味では、ヨハネ達と同じね」
梨子「……うん、そうだね」
私は父の転職に伴って、二年生に編入。よっちゃんは新入生として入学です。
この内浦に住んでいるか、沼津の市街から通っているかの違いはあります。
ですが、四月までは縁のなかった場所で生活する、という点でも、私達は同じでした。
梨子「なじめなかったり、する?」
善子「どうだと思う?」
逆に聞かれました。
それに応えられないまま、時間がすぎて。
善子「まだ最初のほうしか見てないから、行きましょう」
私は、それを追うことしか出来ませんでした。
よっちゃんをつかまえられないまま、それでも離れないように、一緒に歩きます。
少しずつ、深い海に踏み入れて行くみたい。
梨子「綺麗……」
そこだけ、光を放っている大きな水槽が、目の前にありました。
その光景に、目を奪われます。
青い色に照らされる中、たくさんの海月がゆっくりと泳いでいます。
青の中に白い海月が浮かんでいたかと思うと、今度は橙色になって
水槽に手をついて、ガラスに顔をくっつけるようにして、半透明の海月が脈打つように泳いでいく様を見ました。
善子「リリー」
後ろから覆い被さるように、よっちゃんが水槽に手をついていました。
善子「ヨハネのことも、見て」
耳元で囁かれました。胸の奥が、くすぐったくなります。
よっちゃんの腕をふりほどかないようにして、振り向きました。
梨子「よっちゃんのことは、いつでも見てるよ」
さっき転びそうになった時よりも、近い距離で見つめ合ってました。
少し、不安そうな、期待するような、表情。
このまま、目を閉じた方がいいのかな。
でも、よっちゃんのこと、見ていたいな。
……やっぱり、目を閉じましょう。
「こら、走らないの」
親子連れがこっちに来る声に、我に返りました。
あわてて、ぱっと身体を離します。
善子「ほら、この先は深海魚のコーナーみたい」
この先が真っ暗なのは、深海魚がいるからのようです。
よっちゃんは、身を翻して、その先の昏い場所に進みます。
その闇の中に、よっちゃんが消えてしまうんじゃないか、そんな不安がわき上がりました。
梨子「まって」
よっちゃんが消えてしまわないように、その腕を、さっきよりもしっかりと抱きかかえました。
深海魚の水槽の中を覗き込みながら、よっちゃんはそう言いました。
かすかな光だけが、よっちゃんと、私を照らしています。
善子「周りにだれもいなくって、誰も見えなくて、静かでいいのかもね」
すぐ横にいるよっちゃんの表情が、わからないくらい、ここは昏かったです。
梨子「それだと、よっちゃんがそばにいても判らなくなっちゃうよ」
善子「見えてなくても、リリーだけは判るわ」
嬉しいけど、それではいけないような気がします。
梨子「ほら、こんな海の底でも、大きな目で周りを見ようとしている魚もいるんだよ」
身体に対して大きな目が、かすかな照明を捉え、光っていました。金目鯛の水槽です。
梨子「よく見れば、何もない場所っていうのはないの」
暗がりの力を、少しだけ借りましょう。
今度は私が、よっちゃんを抱きしめます。
視覚以外でもよっちゃんを読み取りながら。私は話を続けました。
梨子「絵はね、そこにあるものを描くんじゃないのよ」
善子「違うの?」
梨子「それだと写真と同じだもの。今時、人がわざわざ描く意味がないよ」
善子「じゃあ、何を描くの?」
梨子「見えたもの、見ようとして見たものを描くの」
梨子「そこに見たものは、そこにあるんだよ」
よっちゃんは、もどかしげに言いました。
梨子「でもね、見なかったものは、そこからなくなってしまうの」
善子「いまここにリリーがいるのは、私が見たから?」
梨子「そうよ」
梨子「私だけじゃない、ルビィちゃんやマルちゃんや、みんながよっちゃんの周りにいるのは、よっちゃんがちゃんと見たから」
善子「そうなのね……」
よっちゃんが、私の背中に腕をまわしました。
善子「そろそろ、海の底を出て地上に戻りましょう」
善子「リリーは、明るい昼の光が似合うから」
この先に、スクリーンか何かで光を弱めているものの、外の光が透けて見える扉がありました。
そこが、この建物の出口なのでしょう。
善子「ここは外の方が広いぐらいだから、まだまだ見るものはあるわよ」
よっちゃんが、手を伸ばします。私の手をとって。そして、私の手を引いて。
梨子「うん、せっかくだから、全部見ていこうね」
内浦の海と繋がっているイルカプール、そして、その先にある駿河湾に繋がっています。
この水族館は、駿河湾を借景としていて、まるで海の上にあるようでした。
善子「イルカショーはしばらく先みたいだから、あっちまで行ってみましょうか」
よっちゃんに手を引かれて、海が正面にみえるところまで歩いて行きます。
梨子「近くに、こんな場所があったんだ……」
善子「リリーはこの水族館、はじめてだったかしら」
梨子「うん、ここは、よっちゃんと来たのが初めて」
よっちゃんが、柵にもたれるようにして、海の先を見ます。
善子「この海のずっと先まで、飛んで行っちゃいたいわね」
海からこちらに吹き付ける風です。
思わず、髪とスカートをおさえます。
でも、よっちゃんは平然としていて。
その長い髪が、風で舞います。
そのとき、私は見ました。
よっちゃんの背中で風をとらえる、大きな翼を。
でも、私は、風を正面から受けるよっちゃんの背中に、翼を見ていました。
だから。
梨子「よっちゃん」
よっちゃんが、こちらに振り向きます。
善子「なに?リリー」
そのときは、絵として残さなければならないと思いました。
梨子「そのまま動かないで」
構図は、よっちゃんと、その背中の大きな翼を一枚に。
スケッチなので、こちらに振り向いたそのままで止まっているよっちゃんを。
その流れる髪を描くことで、風を。
そして、その背にある翼を。
描こうとして、手が止まりました。
ばかげた想像に過ぎないのは判っています。
でも、私はよっちゃんの翼を見てしまったから。
それを自分の心の中にしまって、筆を置きました。
私の手が止まったのを見てか、よっちゃんがスケッチブックを覗き込みました。
善子「リリーにしては、バランスが悪い構図ね」
スケッチの主題であるよっちゃんは、本当なら真ん中に描いておかなければなりません。
人物画なのにスケッチブックを横に使って、そして、よっちゃんの背中に大きな空白が残っていました。
善子「翼でも、描いてくれるのかと思ったわ」
梨子「描いたら、よっちゃんが遠くに飛んで行っちゃいそうな気がしたの」
よっちゃんは、ふっと微笑みました。
善子「リリーを置いてどこかに行ったりしない」
そして、もう一度海を見ながら、言います。
善子「その時は、ちゃんとリリーをさらっていく。そして、リリーを抱えて、飛べる限りどこまでも飛ぶわ」
そう思われるのは嬉しいけれど、やっぱりそれはダメです。
よっちゃんは、手段があれば自分からどこかに行ってしまおうとします。
だから、よっちゃんの横で、よっちゃんが見ている先を一緒に見ながら言いました。
梨子「まずここで、みんなのいるところで、幸せになろう」
(おしまい)
ここ最近で1番の文才を感じた
可能性感じる
梨子ちゃんと善…もといヨハネの切ない関係が素晴らしかったです!
次回作も楽しみに待ってます
ポンコツヨハネもかわいいけど
かっこいい厨二病なヨハネも最高であることに気付けた
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